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二章 堕ちた遺跡‐asassin‐(9)

 先の様子とは打って変わった彼女の反応が面白くて、エマは微笑ましく思う。しかし、自分達には先に進まなくてはならないと思い出し、真剣な表情に戻った。
「二人とも、急ごう。アシュレイも件のモンスターも、この先に居る筈だ」
「っと、そうだったな」
 奥へと進む理由を思い出し、アクセルとターヤの表情も再び引き締まる。
「ターヤ、後は乗るだけで良いのか?」
「あ、うん。それで、自動的に空間移動できる筈だよ」
「なら、とっとと行こーぜ?」
 調子の良いアクセルの発言に今回ばかりは頷くと、エマは装置に乗り込んだ。
 そうして感じた、一瞬だけ身体が上昇するような浮遊感――それが消える頃には、三人は見知らぬ新たな場所に立っていた。
「……ここは?」
 エマはターヤに尋ねたが、彼女は首を左右に振った。
「ごめん、解らないの。わたし、適当に操作してただけだから、画面の文字は読めなくてで……」
「だよな。あ~、これでターヤの奴にも読めてたら、どうしよーかと思ったぜ!」
「それ、どういう意味なの?」
 嬉しそうに後頭部で腕を組んだアクセルに、ターヤは唇を尖らせて訊くが、彼はにやにやと笑うだけで答えてはくれなかった。
 ただし、そうなる事はターヤも少しは予想できていたので、むぅと両方の頬を膨らませ抗議したのだが、アクセルがますます笑うので、彼女は憮然とした表情で彼を睨み付けた。
 それに見たエマは溜め息を吐くと、二人を促す。
「それよりも、アシュレイを追うのだろう?」
「解ってるっての。とっと行こーぜ、エマ、ターヤ!」
 そう言って走り出したアクセルを、慌ててターヤは追った。その後ろからは、少々呆れ気味のエマもついてくる。
「待て、アクセル」
「何だよ!」
 制止の声に返ってきたのは不機嫌そうな声だった。無論、足は止まらない。
 しかし、エマはそこで何か言い返す程、子供染みた性格をしてはいなかった。
「貴様はアシュレイがどこに行ったか、解っているのか?」
「どこって、音のする方だよ!」
「!」
 ターヤにとっては理解不能な回答であったが、それはエマを黙らせ、納得させるには充分すぎる理由であった。故に、以降のエマは沈黙を決め込み、横道から飛び出てきたり、ターヤや自分に飛びかかってきたりしたモンスターの撃退に専念する。
 アクセルはひたすら耳に届いてくる音を頼りに、道を特定しながら走っていた。時おり、自身に向かって飛びかってきたモンスターを剣で薙ぎ払うのも忘れない。
 そしてターヤはといえば、詠唱は立ち止まっていないとできないので行えず、精神安定剤の代わりに杖を握り締めながら、偶に見かけた仕掛けを解く役目を担っていた。
 そうして進行する事、数分。
「!」
 唐突にアクセルが立ち止まった。
 しかし、その行動に対して文句を言う者は居ない。何せターヤの身体中には疲労が蓄積されており、だからこそ、これを好機として彼女はすぐさま休憩体勢に入った。
 その中で武器を仕舞わず、アクセルは音を聴く事に集中していた。
「音がでかくなりやがった。ちけぇな」
「左側の道だな」
 同じく武器を手にしながら、エマが左右に分かれている分岐点の左側を見て、一度深呼吸をする。

 結局のところ、疲れているのは三人とも同様だったのだ。幾ら他二人には経験値でも体力でも劣るとしても、仕掛けを解いていただけのターヤはまだ楽な方であり、アクセルとエマは襲いくるモンスターから、己どころか彼女の身までをも護っていたのだから。
(こういう時って、本当にわたしは役立たずなんだなぁ)
 二人に治癒魔術をかけながら、ターヤは苦々しく感じた。
 しかもそれに加えて、彼女は攻撃魔術が使えなかった。既にエンペサル図書館で痛感した事実ではあったが、何度試してみても、やはり攻撃魔術だけは成功した事例が一度たりとも無かったのだ。 
 それがまた、彼女を『役立たず』たらしめている原因でもあった。
(そういえば、ここのダンジョンって、遺跡、なのかな?)
 回復を続けながら違う事を考えようとして、ふと思う。
 先のインヘニエロラ研究所跡から繋がっていた謎のダンジョンは、遺跡のような場所であった。施されている仕掛け自体に大した事は無いのだが、内部は幾つも分かれ道がある上、無駄に広い。
 更に、出現するモンスターのレベルは研究所跡同様、大して高くはないのだが、その数も同様に多い。一度に蝙蝠型モンスター《バット》が四十匹程も現れた時は、流石のエマも目を丸くしていた程だ。
 アクセルが音に気付いていなければ、この迷宮のようなダンジョン内を彷徨いながら、無数のモンスターと戦わなければならなくなっていたのかもしれない。そう考えると、背筋を冷たい感覚が走り、ターヤは再度深く呼吸をした。
 そこで、二人の回復は終了する。
「ん、さんきゅ」
「すまない、助かった」
「ううん、わたしには、これぐらいしかできないから」
「いや、そのような事は無いよ」
 苦笑いに苦笑いで返されてしまい、今度は失笑すれば、二人は立ち上がった。どうやら、もう休憩時間は終わりのようだ。
「後少しだ。行こうぜ」
 アクセルの言葉に頷いて、三人は再び狭い通路を進み出す。
 走り出してから、ターヤは件のモンスターについて、あれこれと想像してみていた。かなりの得物の使い手という事は、体型も筋力も人とは桁違いなモンスターなのだろうと、そう確信めいたものがあった。
 だから、その部屋に入った時、彼女は思わず唖然としてしまった。


 そこに居たのは、二つの人影だった。
 片や、ターヤやアシュレイよりもかなり年下に見える、小柄な少女。
 片や、アクセルと同年代か、或いは少し年上に見える、背の高めな青年。
 両者とも、ターヤが想像していた人物像とは正反対だ。しかも、モンスターではなく人間で、一人ではなく二人も居て、その片方は年端もいかないように見える少女だとは。
 そして、その二人の前には、荒く呼吸を繰り返しながら、細剣を手に持って構えるアシュレイが居た。彼女の頬には幾つかの切り傷ができており、そこからは鮮血が顔を覗かせている。
「……また」
 長い前髪に隠された鋭い瞳で三人を一瞥してから、少女はぼそりと呟いた。
 そんな彼女らを警戒して睨み付けながら、アクセルはアシュレイに近寄って問う。
「あいつらは?」
「……あいつらは、ギルド〔月夜騎士団〕の連中よ」
 その名を口にするのも嫌だとばかりに、アシュレイは忌々しそうに吐き捨てる。

 彼女のその態度にではなく、告げられた名の方にアクセルは驚愕を覚えた。そうして、先程とはまた異なる警戒の意味で、眼前の青年と少女を見る。
「〔月夜騎士団〕だと――?」
 そして、隣でエマが眉を顰めて小声で呟いたのを、ターヤは見逃しも聞き逃しもしなかった。

ナイツ・オブ・ムーン

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