The Quest of Means∞
‐サークルの世界‐
二章 堕ちた遺跡‐asassin‐(8)
そうしてターヤを見れば、視線に気付いたのか、彼女もまた二人を見た。
「二人とも、何の話?」
「何でもねーよ」
「いや、何でもない」
きょとんと首を傾げたターヤが、不思議そうにこちらを見ている事に気付き、アクセルとエマは声を揃えた。今は急いでいる状況なので、下手に先程の事を口にして話題が拡大するのは憚られる上、先程の『ターヤ』は本人とは思えず、彼女自身に話すと混乱を招きそうに思えたからである。
「?」
当の本人には何の事なのか全く理解できていないようだったが、そこにはもう触れず、二人もまた〈空間転移装置〉の許に行く。
「もしやアシュレイは、これを通ったのだろうか?」
「けど、何で扉が閉められてたんだよ。ターヤが歌わなきゃ――」
「わたしが、歌う?」
アクセルの言葉に反応したターヤが見上げてきた事に気付き、彼は慌てて口を閉ざすが、若干遅かった。
自らの名を上げられたターヤはといえば、怪訝そうな表情でアクセルを見つめてくる。
直後に彼が犯した失敗に呆れつつ、エマはさりげなく助け船を出す事にした。
「何はともあれ、扉は開いたのだから、深く考える必要は無いだろう」
「あ、あぁ、そうだな」
穴が開きそうな程見つめられているのがよく解り、逃げるようにして話題を断ち切れば、ターヤは納得できないような顔をしながらも、渋々といったふうに諦めた。
内心でエマに感謝と安堵を覚えながら、アクセルは話題を切り替える。
「それじゃ、これに乗れば行けんだな?」
「そうだろうな。だが……」
エマは頷いて、しかしすぐに顔を背けた。
「だが、なんだよ」
「操作方法が解らなければ意味が無い」
「はぁ!?」
アクセルの叫び声は部屋中に響き渡った。
そのあまりの煩さにターヤが顔を歪ませて、両耳を手で塞ぐ。
しかし、それに気付いていないのか、アクセルは勢いはそのままにエマに詰め寄った。
「おまえでも解んねぇのかよ!?」
「ああ。悪いが、私は機械も魔導機械も上手く扱えなくてな。どうも、必ず故障させてしまうんだ」
恥らうことも誤魔化すことも無く、堂々とありのままを伝えたエマには、ターヤだけではなく、彼ならば何とかできるのではないかと予測していたアクセルも言葉を失った。
「そう言や、おまえ、極力機械には触れないようにしてたもんなぁ。どーすんだよ、これ。俺も機械は苦手だし……」
「おまえが無理な事ぐらい、最初から知っている」
溜め息を吐きかけたアクセルだったが、エマにばっさりと切り捨てられた為、噛み付きにかかる。
「何だよそれ! 俺だって、もしかしたらできるかもしんねぇだろーが!」
「貴様、以前私が貸した通信機を、使い物にならなくしただろうが」
「……あー、あれかぁ」
ぎろりとエマが睨みを利かせれば、少し時間をかけて思い出したらしきアクセルは、ばつが悪そうに顔を背け、ぽりぽりと右手の人指し指で頬を掻き始めた。
アクセルもよほどの機械音痴なのか、とターヤは目を瞬かせる。
「あれ? じゃあ、エマは機械が使えるんじゃないの?」
ふと思い浮かんだ疑問を口にしてみたのだが、やはりエマはすまなさそうに首を振るだけだった。
「いや、通信機のような簡単な代物であれば使えるが……〈空間転移装置〉のような高度な代物は、流石に無理だ」
「そうなんだ」
ターヤの声があまり深刻そうではないからか、それを見ていたアクセルが仕返しとばかりに唇を尖らせた。
「そう言うターヤは、どーなんだよ?」
「え、わたし?」
「そーだよ。おまえ、何か気楽に考えてるだろ? その根拠はどこから来るんだよ?」
言われて初めて、どうなのだろうと考えてみるのだが、やはり根拠と言えるような要素は何一つ無かった。しかも、機械を扱った事があるかと思い出そうにも、やはり記憶喪失なので全く解らず、なぜ自分が楽観視できているのかも解らない。
ただ、一つだけ言える事はあった。
「え、えっと……解んない、けど、多分、大丈夫だと思う」
「「は?」」
唐突にターヤが発した一言に、アクセルとエマの声が重なった。
どうしてか、彼女は眼前の機械を扱えるような気がしていた。それを目にした瞬間から、どこか既視感を覚えていたのだ。整合性など何一つ無い、感覚的な何かで、そう感じていた。
「多分、あれなら扱えると思うから。わたし、挑戦してみるね」
「それは良いが……壊すなよ?」
「大丈夫だよ」
驚き顔のままエマがそう言えば、ターヤは満面の笑みで答えた。そして〈空間転移装置〉の前まで小走りで向かっていく。
「まさか、ターヤがあのような発言をするとはな」
「ま、お手並み拝見といこうぜ?」
驚きつつも、とりあえずは見守る事にした二人の目線の先で、ターヤはどことなく楽しそうに指を動かしている。彼女の指が動く度、明らかに警告音でも間違いを示唆する音でもない機械音が、空間内に鳴り響いた。
唖然として少女を見つめる青年の隣では、相棒もまた同様の顔をしていた。
「これならば、問題は無さそうだな」
「……まじかよ。ターヤの奴、こんな特技を持ってたのかよ……。あいつ、実はペリフェーリカの出身なんじゃねぇのか?」
もう一度、まじかよ、と呟いてアクセルは驚嘆する。
確かに、ターヤが機械操作に関しては天才的だと言われても、彼女のその姿や性格から素直に理解できる人物も、予測できた人物も決して多くはないだろう。
(だが、これは凄いな)
エマが思わず感嘆してしまう程に、彼女の姿は専門家と言っても過言ではなかった。機械の上で動かされる指は自然な滑走を見せており、何より、彼女の前に浮かぶ画面に次々と羅列されていく文字が、その信憑性を語っている。
(古代セインティア語、か。あの文字を理解できると言う事は、まさか彼女は――)
「――できたっ!」
「まじかよ!?」
ターヤが上げた嬉しそうな声とアクセルの驚きの声に、エマの思考は止められた。
見れば〈空間転移装置〉が淡い光を放っており、一目で起動に成功したのだと言う事が理解できる。
「これは……凄いとしか言い表せないな」
「起動させたのかよ! すげぇな、ターヤ!」
駆け寄って背中を叩きながらアクセルがそう言えば、彼女は恥じらいから頬を紅く染めて、視線を下方に彷徨わせた。
「そ、そんなこと無いよ。ただ、適当に動かしただけだから」
「適当? ……まじで?」
「ほ、本当だよ?」
アクセルが彼にしては珍しい表情を見せれば、ターヤが両腕を何度も振って主張した。