The Quest of Means∞
‐サークルの世界‐
二章 堕ちた遺跡‐asassin‐(6)
しかし、先程から幾度か行ってきた戦闘のおかげか、ようやくターヤは『後衛』としての戦闘感覚を掴み始めていた。その為、今では戦闘中に支援魔術や治癒魔術、防御魔術を少しはタイミング良く発動できるようになっている。
(これで、少しは足手纏い脱却、かな?)
「どーだっ!」
「こんなものだろう」
戦闘を終えた前衛二人はそれぞれの武器を仕舞わず、歩き出した。
ターヤもその後に続く。
「それにしても、ターヤも戦闘に慣れてきたようだな」
エマの隣まで行くと、そう言われたので頷いた。
「うん。少しはタイミングが掴めてきたみたい」
「それは良かった」
「これで俺らも、攻撃だけに集中できるもんな」
攻撃一筋でいけることがそれ程に嬉しいのか、アクセルは嬉々とした表情だった。
彼につられてターヤも笑みを見せるが、その表情は一瞬で仕舞われた。
「……それにしても、その……」
先程の光景を思い返す度、どうしても言葉に詰まってしまう。
「ターヤ?」
何かを言いかけてすぐに押し黙ってしまった彼女を不振に思ってか、わざわざ隣まで回ってきたアクセルとエマは、顔を覗き込んでこようとした。
「その……あの、軍人さん達……」
途端に二人が表情を引き締める。
「どうして、あんな……」
「犯人と動機は解らない。だが、アシュレイは心当たりがあるようだな」
「だから、一人で行っちまったんだろ?」
「そ、そうじゃなくて!」
思わず声を荒らげてしまう。とはいっても、自分がそうしたところで迫力など微塵も無いのだが。
再び、二人の視線が集中した。
「その……はっきりと、見ちゃって……みんな、切り口が凄く、綺麗だったから……」
申し訳なさそうなターヤの言葉に、エマは顎に左手を当てた。
「となると、かなり切れ味の良い得物を使うモンスターか、もしくは相当の手練のどちらかと予測できるな。これは、非常に大変な事態になっているようだ」
「つー事は、この奥に、そんなすげぇ奴が居るのかよ」
緊張した面持ちになりながら、けれどもどこか嬉しそうな色をも浮かべたアクセルに対し、エマは何とも冷ややかで侮蔑の入り混じった視線を投げかけた。
「貴様、人が何人も殺害されている事を知っていながら、そう言っているのか?」
しかし、アクセルは臆すること無く返答する。
「解ってるっての。けど、俺はこういう奴なんだよ」
その言葉に対してエマは更に何事を紡ぐかと思われたが、ターヤの予想に反し、彼はそれ以上は何も言わなかった。多分、何か思うところがあるのだろう。
とりあえず今は、アシュレイに追い付くことが先決だった。
「ごめん、変なこと言って」
「いや、敵の姿が少し見えてきた。それに、謝るのは私の方だ。すまないな、思い出させてしまって」
「ううん、大丈夫。けど、アシュレイはどこに行っちゃったんだろ」
奥を見ようと目を凝らしても、見えるのは暗闇に覆われた通路だけだ。
しかし、アクセルとエマには僅かに人の気配が感じられるらしく、彼ら二人の鋭敏な感覚を頼りにして、三人は道を特定していた。
「こっちみてぇだな」
アクセルが、二手に分かれた通路の右側を指差した時だった。
微かに唸る、鋭い音。
「「!」」
それは、ターヤの耳には『何か聞こえた小さな音』としてしか認識されなかったが、ベテランである二人の耳には『微かに聞こえた鋭利な刃物らしき音』として認識されたらしい。反射的に、アクセルとエマは右側の道へと駆け出していた。
「あ、待って!」
遅れて気付いたターヤも、その後を危なっかしい足取りで追う。
しかし、接近戦向きの《職業》である二人の足はアシュレイ程ではないが、彼女にしてみればかなり速かった。全速力で走っても、すぐに距離を開けられ離されていく。
「あっ……!」
とうとう、足が縺れて転倒してしまった。
「いたたたた……」
頭に手を当てながら起き上がり、地面につけた右手の横に鈍く光る何かを見つける。
薄汚れた床に不釣合いな、それ。
「何これ……?」
拾い上げたそれは、一昔前の物と思しき、ぼろぼろになって薄汚れた指輪だった。けれども布に包まれているところを見ると、大事にされている物なのだろう。
「ターヤ! 大丈夫か?」
見上げると、エマが引き返してきてくれていた。
アクセルはあのまま、音源へと向かって走っていってしまったらしい。
「あ、ごめん、大丈夫」
立ち上がった後にふと思い出し、この場に置いたままにしておくのも躊躇われたので、件の指輪はポケットに忍ばせた。
「どうやら、あの小部屋から聞こえてきたらしい」
エマが示したのは、少し進んだ先にある曲がり角だった。あの先は小部屋になっているらしく、あの場所に『犯人』が居るのだろう。
「おい、おせーぞ」
だが、部屋に入ると、そこに居たのはアクセル一人だった。
驚いて周囲をきょろきょろと見回すターヤから離れ、エマはアクセルに早足で歩み寄る。
「アクセル、アシュレイはどこに居るんだ?」
「知らねーよ。俺が入った時には、もう誰も居なかったぜ?」
「しかし、確かに音は、この部屋から聞こえた筈なのだが……」
「だよな。けど、誰も居ねーんだよ」
二人の話し声を背景に、ターヤは未だに周囲に視線を走らせていた。確か、以前エマから聴いた話によれば、普通、ダンジョンにはさまざまな仕掛けが施されているらしい。それは先に進む為のものであり、侵入者を阻む罠でもあるとの事だった。
それは二人も重々承知のようで、話し終えると、辺りの壁に触れてみたり軽く攻撃を加えてみたりと、仕掛けを探していろいろ試しているようだった。
しかし、結局は何の反応も起こらなかった。
「おいおい、嘘だろ? じゃあ、アシュレイの奴はどこ行きやがったんだよ」
痺れを切らしたアクセルが壁を背に腰を下ろすと、行き詰まってしまったらしいエマも、同様に壁に背を預けて考え込み始めた。
そんな二人には気付かず、ターヤは先程から、部屋の出入り口から真正面の壁に描かれている、謎の紋章らしき壁画に目を奪われていた。なぜか、以前にも似たような紋章を見た事があるような気がするのだ。
けれども、彼女にはここを訪れた記憶が無いので、その真偽も定かではなかった。
(でも、どこか懐かしいような――)
妙な親近感に襲われて、彼女はふらりと無意識のうちに歩み出していた。