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二章 堕ちた遺跡‐asassin‐(5)

「おい、アシュレイ!」
「数秒任せたわ!」
 アクセルの声になど振り向かず、彼女は一瞬で二人の下まで行くと、今度はエマに襲いかかろうとしていた《バット》目がけて、連続で高速の突きを放った。そのモンスターが消滅すると同時、再び彼女は前線へと駆け戻り、アクセルに体力の大半を削られたモンスターを優先して狙い、的確に消滅させていく。
 元々レベルはさほど高くはなかったようで、モンスターはすぐに一匹も居なくなった。
「――アシュレイ!?」
 しかし、背中の鞘に大剣を戻したアクセルが二人に駆け寄るよりも速く、鬼神の如き形相となったアシュレイが、細剣を鞘に納めながら早足で近寄っていったかと思えば、ターヤの胸倉を掴み上げていた。
「おまえ、何やってんのよ……」
 ターヤは何も言えず、蒼白な表情で彼女を見上げているだけだ。
「何やってんのか、訊いてんのよ!」
「おい!」
 再び割り込むアクセルの叱責。
 しかし、頭に血の上りきった彼女にその声は届かない。
「回復役のくせに、何で突っ立ってんのよ!」
「……ぁ」
 ターヤは上手く声を出せないでいた。激情を向けられているからではなく、別の理由からだ。
「はっきり言いなさいよ!」
「やめろ!」
 流石に見かねたのか、アクセルが無理矢理間に割って入ろうとした。
「止めないで!」
 だが、ターヤを締め付ける彼女の力は寧ろ、強まっていくだけだ。
 エマは何事かを口にしようとしているが、既に身体中にはモンスターの毒が回ってしまっているらしく、言葉らしきものは空気のような音としてしか出てきていない。
「……ぁ……あ、れ……」
 ようやくターヤは震える指でそれを指して、恐怖に染まった声を絞り出した。
 皆が指し示された方向に視線を向けて、
「「!」」
 同時に、絶句した。
 ターヤの人指し指と視線の先にあった『もの』は――それは、鮮やかなまでに紅い海の中に生気の無い顔で溺れている、見事なまでに細切れになった軍服達。
 誰一人として軍人が戻ってこなかったのは、やはりこれが理由だったのだ。
「……!」
 最も衝撃を受けたのは、他ならぬアシュレイだった。彼女の目は見開かれて、その全身からはいっさいの力が抜け、それにより離されたターヤは、崩れ落ちるようにして床に座り込んでしまう。
「何だよ、あれ……」
 呟いたアクセルも無言のエマも、ターヤと同じで蒼ざめた表情をしている。
 すると、ふらふらと覚束ない足取りで、アシュレイがその海に近付いた。そして、その前に跪く。
「……そう、そういう事だったのね」
 それから何事かを呟いたかと思うと、すばやく立ち上がり、次の瞬間には、更なる暗闇に包まれた奥へと向かって走り出していた。
 あまりにも突然の出来事すぎて、ターヤもアクセルもエマも、誰もが反応できなかった。
 とはいっても、彼女の行動を予期していたところで、この場に追いつける者が居る筈も無かった。何せ、持久力は無いに等しいが、敏捷はトップクラスのアシュレイだ。あっという間に離されて見えなくなるのが、彼らにとっての現実でしかない。
「アシュレイ!」
 アクセルが叫ぶが、足音は遠ざかったかと思えば、すぐに消えた。
「あー、くそっ!」

「……アクセル」
 エマが掠れた声を絞り出す。
「解ってるっての」
 焦りを滲ませながらもそう言って、彼は懐から液体の入った小瓶を取り出した。
 治癒魔術〈回復〉と同等の効果を持つ、治癒薬の一つ〈回復薬〉だ。
「ほらよ」
 投げて寄越されたそれを、何とかエマは受け取る。中身を飲み終えて立ち上がった時には、彼は既に『正常状態』に戻っていた。
「……すまない」
「借りにしとくぜ?」
 こんな状況下にも拘らず、にやけ顔でいられるアクセルに、やはりエマは呆れたのだった。
「……あの、エマ……」
 激怒されているかと思ったが、立ち上がったターヤが恐る恐るかけた声に振り向いた彼は、至って普通の表情だった。その事に、少しだけ安堵する。
「その……ごめん、なさい……」
「いや、気にしなくても良い。常人ならば、ましてや見慣れていないのならば、あの反応は当然の事だ」
 エマはターヤの頭に手を置くと、軽く優しく撫でてくれる。
「よく頑張ったな、ターヤ」
「……!」
 どうしよう、と内心で呟く。罪悪感は残っているのに、安堵から泣きそうになる自分が居る裏側で、エマを『お兄ちゃん』と呼んでしまいたくて堪らない自分――妹にするみたいに、頭を撫でながら慰めてくれる事が、堪らなく嬉しい自分も、居る。
 彼の手が離れて、二重の感情は収束するも、ターヤは訳が解らない。エマに対する胸の高鳴りの正体は解ったものの、どうしてそう感じてしまうのかは、依然として不明なままだった。
「――おい、ターヤ?」
 気が付けば、アクセルが怪訝そうに眉を顰めて彼女を見ていたので、我に返る。
「ご、ごめん……な、何でもないから!」
「なら良いんだけどよ。それより、アシュレイを追おうぜ。あいつ、何か変だった」
 確かに、あれを見た時のアシュレイはおかしかった。同じギルドの仲間が惨殺された事へのショックも受けているだろうが、ただ落ち込んでいるだけではなかったように思う。

 それに、先刻ターヤに対してあそこまで激昂したという事は、それだけ彼女はエマが大切だという証明だ。故に、例え何があろうと、あまつさえ『異常状態』のエマを放ってはおかないと予測できる。
 しかし、現に彼女はエマを置いて奥へと進んでしまい、加えて、あの反応は犯人を知っているかのようでもあった。
 それは皆重々承知のようで、反対する者は一人も居なかった。
「行こうぜ」
 先陣を切ったアクセルに続いて、三人はインヘニエロラ研究所跡の奥地へと歩を進めていく。


「どりゃぁっ!」
「はっ!」
「〈防御〉!」
 アクセルとエマの攻撃後に生まれる隙を狙ったモンスター達を、ターヤは防御魔術で阻んだ。
「ナイス!」
「すまない!」
 再び、二人はその群れへと切り込んで行く。
 一人先行したアシュレイを追い、奥へと進んでいく一行の前に出現するモンスターは、やはり階層を増すごとに数の増加、レベルやステータスの上昇が見受けられた。

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