top of page

二章 堕ちた遺跡‐asassin‐(4)

 気になる事が幾つかできたターヤは、憮然とした顔で隣を行くアクセルの服を、躊躇い気味に引っ張った。
「ね、ねぇ、アクセル」
「何だよ?」
 彼女を向いた顔はやはり不機嫌そのもので、すぐには言葉を紡げなかった。
「えっと、その、アシュレイがエマに抱きつくのって、よくある事なの?」
 瞬間、アクセルの表情が更に歪んだ為、ターヤはそれが肯定だと知る。そして、これ以上この話題に踏み込むべきではないと直感し、二つ目の質問に移行した。
「えっと、じゃあ、さっき、何でアシュレイは一旦休んだの?」
 問いを変えると、少しだけアクセルの顔が和らいだ気がした――あくまでも、ターヤの感覚によると、だが。
「ああ、あれな。さっき見てたから解ると思うけどよ、あいつ、すばしっこいだろ? あいつはこの世界で一番つっても良いくらい、はえぇんだよ」
「それって、凄いね……」
 さもどうでもいい事のように言うアクセルだったが、その内容は驚嘆に値するものだった。故に、ターヤは前方を行くアシュレイの背中に視線を向けた。
 だが、アクセルは溜め息を吐くだけだった。
「けどな、その代わり、あいつは体力が人一倍ねぇんだ。だから、あんまり長くは高速で動いてられねぇんだ。だいだい、あの年でそれだけ速くて戦闘経験もあるとか、どんな天才だよ。だから、今の体力の無いあいつの方が、逆に人間味があると俺は思うけどな」
「ふぅん、それで?」
 アクセルの意見にターヤが答えるよりも早く、いつの間にかアシュレイの視線が二人に向けられている。
 それを知ったターヤは跳び上がりそうになるが、アクセルは至って普通だった。
「何だ、聞いてたのかよ」
「聞こえてたのよ。それで、何、あんた、彼女にあたしのことでも話してた訳?」
「べっつにー」
「相変わらず腹の立つ男ね、あんたって」
「褒めたって何も出ねぇぜ?」
 元々細められていた眼が更に鋭さを増した事で、ターヤは慌ててアクセルを見るも、彼は挑発的な声色と発言をした為、口論の当事者でもないというのに彼女は焦燥を覚えた。
 だが、その空気はエマが足を止め、二人もまた視線を彼と同じ方向に定めた事で、一応は転機を迎える。
「いいかげんにしろ、二人とも。モンスターの気配には気付いているのだろう?」
 呆れたと言うより怒っているようなエマの言葉よりも、その内容に、ターヤは思わず気を引き締めた。
「了解しました、エマ様」
「ちぇっ、楽しくなってきたところだったのによ」
 アシュレイはすぐに表情と態度を変えて戦闘態勢へと移行したが、アクセルは不満そうに舌打ちしたのでエマから一睨みされた。
 そして、先程の戦闘ではアシュレイの華麗な戦闘スタイルについつい見惚れてしまい、全く何もできなかったターヤはといえば、今回は気持ちを改めて望んでおり、既に彼女なりの戦闘態勢を取っていた。
 その間にも三人、もといエマが察知した気配の主達が、通路の奥に広がる暗闇から次々と現れる。
「……うそ」
 その光景を目にした時、唇は静かに震える声を紡いでいた。
 ターヤの視界に映っている数だけでも、モンスターはゆうに十匹を越えており、更にその後ろにも幾つもの姿が窺える。実際には何匹居るのかも解らなかった。

 無論、よくある事ではないらしく、アシュレイとエマもまた驚きを隠せていなかった。
「多いとは聞いてたけど、まさか一度に、これ程の数が出てくるなんて……」
「確かに不思議だな。通常、出現するモンスターは、最大でも十匹前後の筈だ。しかし、これは――」
「倒しちまえば、どれも同じだろ?」
 ただ一人気楽なアクセルは、抜刀した大剣を肩に担いでいた。幾らモンスターの数が多くとも、彼にとっては些事でしかないようだ。
 それに倣うことにしたのか、二人も考えるのは一旦止め、それぞれの武器を構える。
「ターヤは下がってろ。援護宜しくな」
 アクセルは彼女に視線をくれてから、顔を元の向きに戻すと不適に笑う。
「それじゃ、とっと始めよーぜ?」
 彼は先陣を切り、一人で駆け出していた。
 その後ろから、渋々と言った表情のアシュレイと、僅かに呆れ顔のエマが続く。
「『漲れ、力よ』――」
 そしてターヤは、自身の安全と仲間の援護の為、その場を離れずに詠唱を開始する。
 このダンジョンのように通路が狭い場所では、多人数での戦闘は難しく、少人数ならば動きやすくなるが、入り乱れた戦闘となるのがお決まりだ。それだからこそ、術を担当する後衛系《職業》は、敵どころか味方の攻撃にも巻き込まれないよう、できる限り後方から戦わなくてはならない。
 ただし、前衛三人は敵に突っ込むようにして前進してくれたので、その点にはおいて今回は問題無かった。
 ともかく、ターヤが最初に唱え始めたのは、味方全員の全ステータスを一定時間ではあるが上昇させる支援魔術〈能力上昇〉である。そこまで極端にパラメータが上がる訳でもないが、無いよりはましだろうと思い、これを選んだのだ。
「――『我らを』――っ!」
 しかし詠唱の途中で、蝙蝠のようなモンスターが一匹、乱戦状態の戦場を越え、今にもターヤ目がけて飛びかかろうとしていた。
「! ターヤ!」
「エマ様!?」
 それに気付いたエマと、アシュレイの叫び声。
 だが、咄嗟の出来事に、戦闘慣れしていないターヤは対応できない。どうすれば良いのかも解らず、詠唱の途中で硬直したまま、彼女はなす術も無く立ち尽くすしかない。
「っ……!」
 気付いた時には、ターヤと蝙蝠の間には盾を展開したエマが割り込んでいたが、盾が間に合わなかったのか、モンスターの牙は明らかに彼の右肩を掠っており、そこから少量ではあるが鮮血が飛び散る。

 それを目にしたターヤは、思わず声にならない悲鳴を上げた。
 エマはすぐに反撃に移ろうとする。
「っ!」
 けれども、立ち上がろうとした膝が勢い良く崩れ落ちた。
「《バット》の毒だ! ターヤ、エマを回復しろ!」
 アクセルの叫び声。
 それで我に返る事のできたターヤは、慌てて毒や麻痺などの『異常状態』を回復させる治癒魔術〈回復〉をエマにかけようとして、
「……!」
 視線の先にあったものに、固まった。
「ターヤ!」
 再度アクセルが叫ぶ。
 けれど、彼女の視線に先にある『もの』が、彼女の全身から力を奪い取っていた。それは思考力さえも例外ではなく、エマの異常状態を直す為に詠唱をしなければ、という意思はあるものの、脳が命令を出さないので実行に移れない状態となる。
(解ってる、解ってるよ、解ってるの……けどっ……!) 
「――ああ、もうっ!」
 苛立たしげに悪態をついて、アシュレイは踵を返す。

​ライズアビリティ

リカバリー

ページ下部
bottom of page