The Quest of Means∞
‐サークルの世界‐
二章 堕ちた遺跡‐asassin‐(3)
「いーや、目的を持って旅をしてる奴らも居るぜ。俺とエマは無いっつーか……まぁ、あるっちゃあるんだけどよ、何も手掛かりのねぇ捜し物だからなぁ」
自分達の個所になった途端、どこか遠くを見るような目になり、アクセルは独り言のように呟く。
その話題にはあまり触れない方が良いように感じ、慌ててターヤは話題を変えた。
「えっと、じゃあアクセルとエマって、どれくらい一緒に旅してるの?」
「そーだなぁ、かれこれ五年くらいになるな」
「へー、結構長い付き合いなんだね」
「まーな」
アクセルがそう言ったところで、アシュレイの視線が飛んできた。
「あんた達、黙って歩けない訳? 緊張感に欠けるわね」
そうは言われても、これでも結構緊張しているターヤだった。それを少しでも解す意図も含めて、アクセルに話を振っていた訳である。
そして、それに気付いていた彼は、あからさまに肩を竦めてみせた。
「解ってねぇなぁ、アシュレイは」
「はぁ? 何が――っ!」
瞬間、唐突にアシュレイが弾かれるように顔を上げ、腰の細剣の柄を握り締めながら前方を睨み付けた。
アクセルもまた、彼女と同時に表情を引き締めて武器に触れており、それはエマも同じ事だ。
驚いて三人を見比べてしまったのは、ターヤぐらいだった。
「ターヤ、下がってろ」
言うと同時にアクセルは彼女を制すように左手を挙げ、一歩前へと進み出ていた。
「エマ、アシュレイ、やるぞ」
「言われなくとも」
「解ってるわよ」
三人はそれぞれの武器を取り出して構えた。
それを見計らっていたかのように、見通しの悪くなっている暗い通路の先から、十匹程のモンスターが次々と姿を現してくる。確認できるだけでも蝙蝠や蛇に巨大な昆虫、果ては直立歩行の蜥蜴と、その種類は様々だった。
特に昆虫はその大きさからか気持ち悪く感じられ、ターヤは反射的に杖を抱き締めた。
三人とも、これらの気配に反応したらしい。熟練した《旅人》や軍人は初心者とは異なり、何とも便利な技術を持っているようだ。
「見ていてください、エマ様」
巨大な昆虫は見慣れているのか、アシュレイは気にせずエマに向かって笑いかけた。それから敵に向き直ると構える。
「さあ、行くわよ!」
そう言った瞬間、既に彼女の姿はその場には無かった。
「え――」
ターヤが驚きの声を上げている間に。
「はっ!」
剣特有の音と共に、最前列に居た一匹のモンスターが袈裟斬りにされていた。
その攻撃を繰り出したのがアシュレイだと気付いた時には、その蜥蜴を直立歩行させたようなモンスターは、断末魔の叫びも無く切り裂かれて地に伏す直前だった。
しかし、それよりも速く、アシュレイは次の獲物に狙いを定めている。
今度は数も多いからが、先程は動かなかったアクセルとエマも加勢した。
「そこの赤いの、援護お願い!」
「俺の名前はそんなんじゃ――ねぇっ!」
アシュレイを背後から攻撃しようとしていた蝙蝠の姿をしたモンスターが、アクセルの大剣に吹き飛ばされて壁にぶつかる。
その間、エマは盾を展開させては、飛んでくる攻撃を防いだり、その隙を縫って攻撃を繰り出したりしていた。
「良いわよ赤いの、その調子!」
「だから、そんな名前じゃねぇっての!」
前線をエマとアクセルに任して、なぜか一旦アシュレイは後方に下がる。
しかし、そこには何も言わず、彼女にモンスターを近付けないようにする為、前衛の二人は休む事無く動き回っていた。主に、アクセルが大剣を振り回して攻撃を行い、無防備になったところでエマが盾を展開して防御に移る。そして、また攻撃という作戦のようだ。
これだけでも既に、全体の三分の一が消滅していた。
「そろそろ行くわ!」
戦況を確認してから、しばらくは二人に任せきりだったアシュレイが、ようやく動き出す。
それと同時、入れ替わるようにして二人は見事なまでの手際で後方へと下がった。
彼女は二、三回程その場でステップを踏んだかと思うと、やはり次の瞬間には視界から掻き消えていた。僅かな残像さえも残らない程、高速に達した速度だ。
当然、モンスターも戸惑ってしまう。
「――喰らいなさい!」
そこに、残像のようなアシュレイの姿が見えたかと思えば、気付いた時には数知れぬ斬撃の嵐がモンスター達を襲っていた。
その華麗な戦闘を目にしながら、ターヤはただ息を呑むだけだった。
速い、とにかく速いのだ。相手の攻撃を受け付けず、それ以前に行動する隙さえ与えようとしない。そして、自身の攻撃だけは確実に当てているのだから、これ程意地悪な戦闘スタイルも無いだろう。更には、その見た目も華麗ときた。
これは最早、比の打ちようがない。
そして何よりも、その戦闘スタイルを決定付けているのは、彼女の武器レイピアだ。攻撃力の面では他の剣に劣るが、その軽量性と空気や風の抵抗を受けにくいフォルムから、敏捷ではトップクラスを誇る代物だ、とメイジェルからターヤは聞いていた。
「次っ!」
高速で動いては、的確にモンスターの急所を狙うアシュレイ。
ターヤが知る限りでは、最初の戦闘でエマが見せた連続の突きもかなりの速度だったが、アシュレイはそれどころか明らかに一線を越していた。
そのスピードに翻弄されて、モンスターはなす術も無く散って行く。残ったのは、たった一匹のみ。
「――これで、終わりよっ!」
気迫の叫びを上げた瞬間、彼女は消えた。先程までのように掻き消えたのではなく、本当の意味で『消えた』のだ。
刹那。
風を斬るような微かな音が聞こえた次の瞬間には、次々に倒れ伏して動かなくなっていくモンスターと、いつの間にか元の位置で細剣を鞘に収めて立つアシュレイが居るだけだった。ふん、とその鼻が鳴らされる。
「細剣中級技〈翻弄する刺突〉の味はどう?」
それが、合図だった。
そうしてモンスターが全て消失すると、アシュレイはエマを振り向く。
「どうでしたか、エマ様?」
「更に速度を増しているようで驚いた。流石は《細剣士》だな」
「そう言っていただけるなんて……感激です!」
憧れの年上に褒めてもらえた年相応の少女のように眼を輝かせると、アシュレイはエマの腕に飛びついて抱きついた。
眼前で展開された光景にターヤは両目を瞬かせ、アクセルは口元を引きつらせる。
しかし当のエマはと言えば、いつもの事なのか全く動じていないようだった。
「さて、先に進もうか」
そう言って歩き出せば、流れで自然とアシュレイも離れ、まるでモンスターの大群など現れなかったかのように最初の位置関係に戻る。
マーシーステップ