The Quest of Means∞
‐サークルの世界‐
二章 堕ちた遺跡‐asassin‐(2)
しかも、アシュレイはエマ以外眼中に無いらしく、勿論アクセルのことなど視界に入ってさえもいないようだった。
これもまた、ターヤの苦笑を深める結果となったのだが、そうとは知らない本人は続ける。
「この討伐の責任者は私なんです。今回は司令塔なので、仕事も入り口の見張りと指示連絡だけなんですけど。それに、不思議に思いませんでしたか?」
「あぁ、入り口におまえしか居ねぇ事だろ? 普通〔軍〕は、遠目からも解りやすく見張りを二人くらいは立ててるのにな」
「あんたには訊いてないわよ」
「仲間外れはごめんなんでな」
即刻向けられた鋭い視線を軽く受け流し、アクセルは今にも口笛を吹き出しそうなくらい軽いノリで答える。しかも腕は後頭部で組まれており、それがますますアシュレイの怒りを誘うが、彼女はそれどころではないと自制する事で、何とか抑え込んだ。
「なら、あんたはこの状況をどう考える? 討伐に向かわせた第一班との連絡が途切れたから、第二班を増援に寄越したところ、彼らとも連絡が途絶した。仕方なく見張りに立てていたメンバー全員をも向かわせたけど、その彼らからも全く音沙汰が無いのよ」
告げられた状況を、アクセルは先程のアシュレイ同様に考え始める。
そして問われてはいなかったが、エマもまた各々の思考を巡らせていた。
残念ながら、未だ完全にはこの世界の事を知らないターヤには、アシュレイの話から思い至る予測は無かったのだが、それが尋常あらざる事態な事だけは感付いていた。
アクセルは比較的すぐに思い至る可能性があったようで、少しもしないうちに視線の高さをアシュレイに戻してきた。ただし、その表情はどこか硬い。
「実は、得体の知れねぇ強いモンスターが奥に巣食ってて、そいつに追い出されるように大量のモンスターが出てきた、ってのが一番可能性としちゃありえそうだよな。それが大量発生の原因で、中に入ってった軍の奴らは、その得体の知れねぇモンスターに全員やられたと」
「ええ、あたしもそう考えたわ。大量発生したモンスターを順調に討伐してるって定期連絡が来た後、突然連絡が途切れたから」
僅かに視線を逸らしたアシュレイに、アクセルもまた苦々しげな顔になる。
「あたし一人になったところで本部に連絡しようと思ったんだけど、ちょうどそこにエマ様達が来たのよ。聞けば、ここでのクエストを受けてるそうだし、ちょうど良いと思って」
アシュレイの言葉に、予想される状況の事は一時忘れてターヤは目を丸くした。先程は〔軍〕と〔PSG〕の間に珍しく連絡不備があり、それはあまり好ましくないというような雰囲気だったのだが、今の彼女の発言では、その状況自体が良い事であるように取れるからだ。
そんな思考を顔から読み取ったのか、すかさずエマが説明してくれる。
「〔PSG〕で受諾したクエストは、モンスター討伐の場合、完了報告が出されるまで、その指定場所には受諾者以外が行かないよう、最大限に配慮されているんだ。受諾者以外が討伐してしまっては、クエストの意味が無いからな」
「って事は、わたし達が今ここで討伐依頼を受けてるから、他の人は入ってこなくて、入り口に見張りを立てなくても大丈夫って事?」
「その通りだ。元々モンスター討伐のクエストを行う者が極端に少ないからこそ可能な事だが、実際は知らずにその場所に来てしまう者も居る。盗賊や〔PSG〕で登録していない一般人などが良い例だな」
頷いたものの、更に付け加えたエマに、ターヤはなるほどと思った。
幾ら〔PSG〕のような大きなギルドが、そのように配慮したとしても、結局は完全ではないようだ。
それで説明に区切りが付いたと見たのか、再びアシュレイが躊躇いがちに口を開く。
「ですから、エマ様。このような事を頼むのは〔軍〕としては良くないので、個人としてお願いしますが、私に協力していただけないでしょうか? 件のモンスターが強いという事以外、何の情報も解らないので、戦闘能力の高いエマ様に手助けしていただけると助かります」
「頭は下げなくて良い、アシュレイ。寧ろ頼ってくれて嬉しいよ」
お願いします、と一礼したアシュレイに顔を上げさせると、あっさりとエマは引き受けた。それから後方の二人を振り向く。
「二人とも、それで構わないだろうか?」
「あ、うん。寧ろ、足手纏いにならないように気を付けるね」
断る理由も無かったので頷いたターヤだったが、自分の力量を思い出して苦笑いをした。支援と防御と治癒魔術は扱えるようになったものの、発動するタイミングは未だ掴みかけている途中だったからだ。
不安そうな顔をしたターヤの背中を何度か叩き、アクセルは言う。
「心配すんなって! ターヤは俺の後ろにでも隠れとけよ!」
「まぁ、あんたはまだ使い物になるとして、彼女は大丈夫なの? 旅人にも戦闘の熟練者にも見えないけど」
心の中まで見透かすような突き刺さる視線に、思わずターヤは一歩後退した。
その反応に、アシュレイはやっぱりねとでも言いたげに鼻を鳴らすが、その前にアクセルが彼女達の間に割って入っていた。
「確かに戦闘経験は少ねぇけど、こいつの本職は回復と支援だ。だから問題ねぇよ」
「まぁ良いわ、邪魔さえしなければ。それと、言っとくけど、あたしが頼ってるのはエマ様の力だけだから。あんたの事は別に頼りにもしてないわよ」
ターヤどころか自分さえもアシュレイによってばっさりと切り捨てられ、アクセルは今度こそ苦そうに眉根を寄せたのだった
そのような経緯の末、アシュレイを加えた一行はインへニエロラ研究所跡の内部へと入っていった。ダンジョン内部は暗めな為、眼が利くというアシュレイがエマと共に先頭を行きながら案内を務め、その後ろをアクセルとターヤはついていく。
(それにしても、何だかアシュレイには嫌われてるみたいだなぁ)
いつ敵が出てきても良いようにと、既に杖を手にして歩きながらも、ターヤは先程の事を思い出しては苦笑せざるを得なかった。戦闘経験が少ない事を見抜かれた時は肝を冷やしたが、それは事実なので反論はできない。
ただ、それだけが理由ではないような気がした。
思い返せば、アシュレイはエマ以外――ターヤとアクセルが一緒に来る事に、あまり良い顔はしていなかったが、二人がエマと同じパーティに属しているからか、渋々ながらも認めたようだった。
ちなみに〔パーティ〕とは、ギルドの条件を満たしてはいないが、似たような目的を持った少数人数の人々の集まりである。つまりは、身分証明効果の無い簡略版ギルドだ。
これもまた、エマからの受け売りだった。
(何か、アシュレイってエマ以外を信用してないみたい)
それは少女の直感でしかなく、どこにも信憑性は無かったが、どうしてか脳内からは振り払えなかった。その思考を脇に追いやるべく、ターヤは気になっていた事を隣のアクセルに尋ねてみる事にした。
「ねぇ、アクセル」
「ん? 何だ?」
反応が返ってきた上に問い返されたという事は、会話に応じる気はあるらしい。
「昨日、アクセルは『特にこれといった目的は無い』って言ってたけど、《旅人》って、みんなそうなの?」