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二章 堕ちた遺跡‐asassin‐(1)

「止まりなさい! ここから先は立ち入り禁止区域よ!」
 突如として声が聞こえたかと思いきや、眼前に現れた人物に、ターヤは目を丸くした。
 その人影はターヤよりも少々小柄で、若干幼く見える少女だったが、その表情は彼女よりも大人びていた。少女は暗色系を主体とした軍服に身を包み、背筋をまっすぐ伸ばしてその場に屹立している。両眼は猛獣のように鋭く吊り上がっており、腰のベルトには細身の剣が収められていた。その茶髪は後頭部で一纏めにされている。
「アシュレイじゃねぇか! 久しぶりだな!」
 その顔を見たアクセルが嬉しそうに声を上げれば、逆に彼女は嫌そうに眉を潜めた。
「げっ……エクセル・トリュフ」
「誰だよそいつ! 俺はアクセル・トリフォノフだ!」
「冗談よ。それより、あんたが居るって事は――」
 しれっとして言い返した少女には、途端にアクセルが複雑そうな顔になった。
 それには構わず、彼女は彼の後ろへと視線を寄越す。
「やっぱり! エマ様!」
 途端に年相応の表情になると、瞬間的に駆け出した。目にも止まらぬその速さにターヤが息を呑んでいる間に、彼女はエマの下に辿り着くと一礼する。
「お久しぶりです、エマ様! お変わりないようで」
「ああ、アシュレイも息災のようで何よりだ」
 先程までとは一変した態度の少女と、彼女に微笑みかけるエマを見比べてから、ターヤはこちらに戻ってきたアクセルに問う。
「どちら様?」
「あいつはアシュレイ・スタントンつってな、〔軍〕の人間だから、何か旅先でちょくちょく会うんだよ。けど、見て解る通り、エマにベタ惚れでな。しかも基本的にあいつのことしか見えてねぇ、真正のエマバカだ」
 呆れ顔で言うアクセルの言葉、その後半部分に、ターヤは若干の感心を覚えながらも、大半は唖然としていた。一途すぎる故に、彼以外が視界に入ってこないという事なのだろうか。
「そ、そうなんだ。それにしても、わたしと同じくらいにしか見えないのに、そんな年の女の子が軍人だなんて凄いね」
 しかし、思考はすぐにそちらへと移り変わる。ターヤの中では、軍人とは体型が良く、恐い顔をした男性というイメージがあった。また、若くとも二十代くらいとのイメージもあったので、自分と同じくらい――つまりは十代に見える、しかも少女が軍人を生業にしている事に、大きな驚きを感じた訳である。
 その発言から、何となく彼女が勘違いをしているのではないかと考え、アクセルは説明を付け加える。
「あ、〔軍〕っつーのは〔モンド=ヴェンディタ治安維持軍〕のことな。ギルドだぜ?」
「え、そうなの?」
 彼女の目が更に見開かれた為、アクセルは自身の予感が的中していた事を知る。これについて彼女はまだ知らなかったのだと気付き、説明してやることにした。
「〔モンド=ヴェンディタ治安維持軍〕ってのはな、世界各地で起こる争い事の解決とか仲裁が主な仕事なんだ。あとは危険な場所の封鎖とかもやってんな」
「へー、そんなギルドもあるんだね」
 ふむふむとターヤが頷いたところで、アクセルはアシュレイに視線を移すが、彼女はまだエマと会話に興じていた。だが彼女に訊きたい事のあった彼は、いいかげんに痺れを切らして声をかける。
「おい、アシュレイ。さっき、ここから先は立ち入り禁止だとか言ってたよな?」
 問われた方の彼女はといえば、エマとの会話を邪魔された事に苛立ちを覚え、それでも一応は鬱陶しそうにアクセルに視線を寄越した。
「そうだけど、それが何か?」
「どういう事だよ、それ。俺らは〔PSG〕で、ここでモンスターが大量発生したから討伐してくれっつークエストを、昨日受けたんだぜ? 〔軍〕が居るなんて聞いてねぇよ。なぁ、エマ?」

「ああ、アクセルの言う通り、私は『モンスターの討伐をしてくれ』としか聴いていない。アシュレイ、これはいったいどういう事なのだ?」
 アクセルの言を肯定したエマに、アシュレイは面食らったような顔になった。
「そのようなクエストが〔PSG〕に? ですが現在、ここインへニエロラ研究所跡では、私達〔軍〕が大量発生したモンスターの討伐を行っています。そのように取り決められた時点で、前もって〔PSG〕には伝えていた筈なのですが……」
 アクセルに対する態度とでは明らかに高低差があったが、今はそれどころではない為、本人は敢えてそこは指摘しなかった。
 エマもまた訝しげな顔をしていたが、ただ一人、ターヤには事情が呑み込めない。
「あの……」
 そっと手を挙げれば、そこでようやくアシュレイは彼女の存在に気が付いたようだった。数秒ではあったが、穴が開きそうな程凝視すると、次にエマを見た。
「エマ様、彼女は?」
「ああ、紹介がまだだったな。彼女はターヤといい、訳あって私達と共に行動している」
「ふぅん」
 瞬間、突き刺さるような視線が向けられ、思わずターヤは硬直した。
 それに気付いたのか、話を逸らそうとするかのようにエマが口を開く。
「それで、ターヤ、何か聞きたい事があったのではないか?」
「あ、うん」
 慌てて頷くと、ターヤは彼の思惑に便乗した。
「えっと、事情が呑み込めなくて……」
「ああ、すまない。まず〔PSG〕が、モンスターの討伐や素材、アイテムなどの納品といったクエストを掲示し、一般から受諾者を募っている事は知っているだろう」
 確認するような問いに頷く。
「そして、彼女――アシュレイの属するギルド〔モンド=ヴェンディタ治安維持軍〕もまた、モンスターの討伐を行っているんだ。ただし、彼女達〔軍〕と一般人では、力量に差が出る事がある。故に、あまりにモンスターの数が多い時、個体値が強力な時は〔軍〕が討伐を担当すると、これら二つのギルドの間で取り決められているのだ」
「けど、今回は〔PSG〕で依頼を受けた俺らと、先に討伐に来てた〔軍〕のアシュレイが鉢合わせちまった、っつー訳だ」
 途中からアクセルが説明を横取りしたものの、最終的にターヤは理解まで至る。
「それって、二つのギルドの間で連絡不備があったって事?」
「多分そうでしょうね。けれど、こんな事、今まで一度も無かったのに……」
 彼女の言を肯定すると、アシュレイは顎に手を当てて考え込んだ。
 その間に、エマはターヤとアクセルを見た。
「聞いた通りだ、二人とも。既に〔軍〕が来ている以上、このクエストは諦めた方が良いだろう。他を当たるとしよう」
「まじかよ……ったく、どうしたんだよ〔PSG〕の奴ら」
 エマの決定に不満を露わにするアクセルだったが、状況が状況で相手が相手だけに、渋々といった面持ちで了承した。
 ターヤも異論は無かったので頷く。
 瞬間、即座にアシュレイが顔を上げてエマを見た。
「いえ、別に帰らなくて大丈夫ですよ、エマ様」
 驚いたようにアシュレイが発した言葉には、寧ろエマ達の方が目を瞬かせる。
「だが、軍属ではない者がうろついているのは良くないだろう」
「それでしたら問題ありません。私が一緒に行きますから」
 途端に誇らしげに胸を張るアシュレイ。その瞳は、確実にエマだけを見ていた。
 隣でアクセルが何とも言えない表情になったのは言うまでもなく、それを見たターヤは困り顔を浮かべる。

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