The Quest of Means∞
‐サークルの世界‐
二章 堕ちた遺跡‐asassin‐(15)
この言葉にもまた、アシュレイは吃驚し、今度こそ弾かれるようにしてターヤを見た。
それに気付かないターヤは、アクセルの言葉に不思議に思う点はあるものの、彼同様にリチャードを見つめた。
「それは――」
躊躇うように彼が言葉を紡ごうとした瞬間だった。
「「!」」
ターヤ以外の皆が、一斉に頭上を見上げる。
何かあったのかと彼女もまた顔を上げて、その視界で〈結界〉が大きく揺らいでいる事を知り、戦慄を覚えた。
リチャードの足元に魔法陣が浮かび上がった瞬間、揺らぎは収まったものの、これ以上話している余地が無い事は、誰の目にも明らかだった。
「どうやら、ここまでのようです。全員、即急にそこの避難通路を使って脱出してください」
「ちっ、また聞けねぇのかよ」
「仕方ないわ、とりあえず行くわよ! エマ様も、彼女を連れて御速く!」
不機嫌を隠そうともせず舌打ちしたアクセルを、押すようにしてアシュレイが促す。無論、エマに声をかける事も忘れない。
「ターヤ、貴女も速く!」
その後に続いたエマは、ターヤへと手を差し出した。
しかし、彼女はどうしたものかとリチャードを見ている。
「でも、リチャードは!?」
「心配してくださるのは嬉しいですが、私は問題ありません。先日のように、貴方方が通路に入ったところで、私も魔術を使って脱出しますから」
「けど、一緒に――」
「残念ながら、〈結界〉を貼っている間、術者はその場から動けないんですよ。少しでも足をずらすと、すぐに〈結界〉は消えてしまいますからね」
ですからお速く、と付け足す。
それでも尚、彼を見つめたまま動けずに居る少女だったが、エマに手を掴まれると、ようやく引かれるようにして駆け出した。名残惜しそうに、心配そうに、不安そうに、顔だけは彼に向けながら、その姿が穴の中へと消える。
(全く、ああいうところは『姫君』にそっくりですね)
昔懐かしい顔を思い起こしながら、リチャードは苦笑する。そして〈結界〉を解くと同時にすばやく〈気化移動〉を発動し、頭上から瓦礫に襲われる前にその場を脱出した。
「リチャード、本当に大丈夫かなぁ?」
通路に飛び込んで少し経った時、後方から凄まじい崩落音が聞こえてきた為、ターヤは先程から何度も背後を振り返っていた。
その様子を見たエマは、安心させるようにゆっくりと言葉を紡ぐ。
「あの男ならば大丈夫だ、ターヤ。それに、貴女は彼を信用しているのだろう?」
「うん、そうだね」
エマの言う通り、ターヤはリチャードを信用できると言ったのだから、それならば『問題無い』という本人の言葉を信じず、心配し続けるというのも失礼な話だ。それに、さまざまな〈魔術〉を使いこなす彼ならば、何だかどのような状況でも大丈夫に思えてきた。
不安を取り払ったターヤを見て、アシュレイは溜め息を吐く。
「あんたって、訳の解らない奴ね。ところであんた、あのリチャードっていう男と、どういう関係なの?」
それだけで終わるかと思いきや、続けて話題を振ってきたアシュレイに、思わずターヤは目を丸くする。まさか、彼女の方から事務的な事以外で話しかけられるとは、思ってもいなかったからだ。
その思考が顔に現れていたのか、アシュレイの眉根が寄せられる。
「何、あたしがエマ様意外に話しかけるのは、変とでも言いたい訳?」
自分が取った反応で相手の気を悪くさせてしまった事に、慌ててターヤは両手を振って否定した。
「あ、ううん! えっと、そういう訳じゃなくて……何か、信用されてないな、って思ってたから……」
確信めいたものは無くとも感じていた事を口にしてしまい、そこで失言だったと気付くターヤだったが、アシュレイは特に気にしたふうも無かった。寧ろ、少しばかりの感心を表したくらいだ。
「何だ、思ったより鈍くはないのね。ええ、そうよ。悪いけど、この面子だと、あたしは基本的にエマ様以外は信用してないもの」
「つー事は、俺のこともまだ信用してねぇのかよ」
呆れたように割って入ってきたアクセルに、そういえば彼は以前からアシュレイを知っていたのだとターヤは思い出す。自分よりも付き合いが長い筈のアクセルでさえも信用されていないという事は、いつになれば自分は彼女に名前を呼んでもらえるまでになるのだろうか。
彼に対し、アシュレイは鼻を鳴らす。
「あんたは何か信用できないのよ。彼女の方がまだましね」
ちらりと向けられた視線に、ターヤは少しだけ嬉しくなる。
一方、ばっさりと切られたアクセルはといえば、唇を尖らせて拗ね、後頭部で腕を組んでいた。
「あいっかわらず、ツンデレっつーよりはエマデレだよな、おまえって。あーあ、何で俺にはツンツンなんだろーなー」
「あんたと話してると、頭がおかしくなりそうね」
「何だとこら!」
「黙れ、ここは音が反響しやすい」
溜め息交じりに言われて怒りを露わにするアクセルだったが、後ろからエマに手刀を頭上に落とされ、その痛みで黙らざるを得なかった。
またも鼻を鳴らすと、アシュレイは再びターヤに視線を向ける。
「それで、さっきの質問の答えはまだ聞いてないけど?」
リチャードと自分はどのような関係か、と問われた事を思い出す。
しかし、ターヤは彼と会ったのは昨日が初めてであり、なぜか信用できるとは感じたし、彼は自分のことを気にかけてくれてはいるようだが、その理由は実際のところ全く持って解らないのである。
「ごめん、解らないの」
申し訳無い気持ちを込めて謝るが、アシュレイもさほど期待してはいなかったようで、予想通りとの顔をしていた。
「それも、あんたが記憶喪失な事に関係ある訳?」
「あれ、何で知ってるの?」
話した覚えのないアシュレイが知っている事に驚いたターヤだったが、彼女はアクセルを一瞥すると呆れたように答えた。
「さっき、あの馬鹿が言ってたじゃない」
そう言われて思い浮かんだのは、先のロヴィン遺跡にてアクセルがリチャードに投げかけた問いだった。確かに、その中で彼は自分が記憶喪失だと言ってたような気がする。
「それにしても、記憶喪失って事は、この世界の事も自分の事も、何も解らないの?」
「あ、うん。世界の事はいろんな人から教えてもらったんだけど、自分の事はまだよく解らなくて。今名乗ってる『ターヤ』って名前も、アクセルから貰ったの」
「あいつが、ねぇ」
信じられないとでも言いたげに視線を後方へと流したアシュレイに、思わずターヤは苦笑した。
「ま、良いわ。訊きたい事は聞けたし」
そう言うと、アシュレイはそこで会話を打ち切った。
その事を残念に感じたターヤだったが、今は知りたい事があったので、忘れないうちに訊いておこうと思い、アクセルに近寄る。
「ん? 何だよ?」
気楽に言う彼だったが、真剣さと不安とが入り乱れた表情で見上げると、途端にそれを引っ込めた。