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二章 堕ちた遺跡‐asassin‐(12)

「僕的にはまだ、話し足りなかったんだけどね。けど、仕方が無いか。――エディ」
 彼は少女を見なかった。
「仕事だよ」
 まるで、彼女を従える主人のように、彼女を統べる上司のように、彼女を支える兄のように――フローランは冷徹に嗤いながら、淡々とエディットに告げた。
「僕らにとっての『障害』を消し去れ」
「……承諾」
 迷わず応じ、ギルド〔月夜騎士団〕が誇る《殺し屋》エディット・アズナブールは、音も無く両腕を横に広げた。
 途端に、一瞬で空気が反転した事がターヤにも解った。素肌が焼け付くように、痛いくらいに感じ取れる。これが、彼女から発せられている『殺気』であり、他ならぬ彼女自身の『気配』なのだという事を。
「おもしれぇじゃねぇかよ……!」
 その空気の中に居ても、やはりアクセルは笑っていた。これ以上が無いという程に、壮絶な笑みで。
 その、どこか危なげ且つ儚げで脆そうな表情に、ターヤは背筋を駆け抜ける嫌な感覚を感じた。今までに感じて来た恐怖や悪寒などとは違う、けれど、それらと同じくらいには深い『何か』を知る程に。
「さて、と。そんじゃ、始めますか」
 またしても、肩口で叩かれる大剣。
 そんな彼に呆れ顔でアシュレイから忠告が入った。
「ちゃんと注意しなさいよ?」
「はん、俺を誰だと思ってんだよ」
「ただの単細胞馬鹿」
 その言葉で、アクセルの変なスイッチが入ってしまったようだ。
「……よーし。勝負しようぜ、エマバカ」
「何の勝負なのかしら、ナルシスト?」
 アクセルがこめかみに青筋を立てながら不敵に笑えば、アシュレイは小馬鹿にしたような笑みと共に彼を見た。
 それを承諾と解釈し、アクセルは提案する。
「どっちが先に、あいつらを倒せるかをな」
「それ、どちらかといえば、あんたの方が断然有利じゃないの」
「ちげぇよ。どっちが先に、あいつらの戦意を削ぐかっつー意味でだ」
「!」
 意図が読めたらしいアシュレイは、彼同様不敵に笑う。 
「それってつまり、何でもあり、ってこと?」
「その通り」
「へぇ、良いじゃない」
 その言葉に、アシュレイは笑みを深めた。アクセルのように、何か悪戯を考え付いた時のような、そんな顔だ。
 それに対抗するかのように、彼も同様に笑う。そして、改めて大剣を担ぎ直した。
 精一杯の気合を入れて杖を持ち直し、ターヤはいつでも可能なように詠唱の構えを取った。
 エマも右手に槍を、左手に展開した盾を装備している。
 戦闘が、始まる。
「それじゃあ、先手は僕らからにしようかな? ――エディ」
 たった一言。
 彼が言ったのは、ただそれだけ。
 それでも、少女は。
「……了承」
 はっきりとそう答えていた。まるで、彼の言いたいことが手に取るように解っているかの如く。
 否、理解できているのだろう。彼女は答えると同時、年相応とは思えない瞬発力を持って、四人の方へと動き出していたのだから。

「来るぞ!」
「おぉっ!」
「行くわよ!」
 エマの叫びと、それに応えるアクセルとアシュレイの叫び。
 ターヤは彼らの邪魔にならないよう、できるだけ後方に下がって援護するしかない。
「うぉりゃぁっ!」
 走ってきた少女を正面から迎え打ち、アクセルは大剣を上から振り下ろした。
 しかし、鋭利な凶器は鋭利な凶器によって止められた。端から見ると、彼の剣が何も無い空中で止められているように見える。
「このっ……!」
 眉を顰めたアクセルとは正反対に、エディットは無言だった。
 しかも、徐々にアクセルの大剣は下へと落ちていた――否、エディットの『糸』が、彼の『大剣』の刃を少しずつ削り取り、ゆっくりとした速さで上へと昇っているのだ。
「くそっ!」
 悪態をついて、彼は剣を肩まで戻した。
 攻撃手は代わって、アシュレイ。彼女はアクセルの引きと同時に最前線へと飛び出し、前者を追おうとしていた糸をすばやく斬り飛ばす。
「――速ければ、あんたの糸だって切れるのよ?」
「……憤怒」
 余裕と嘲りとが入り混じった笑みを浮かべたアシュレイに、エディットは前髪の間から憎悪の籠った瞳を向けた。
「次の相手はあたしよ、オレンジの《糸使い》さん?」
「……消却」
「できるものなら――やってみなさい!」
 瞬間、アシュレイの姿が掻き消えた。
 次いで、視界に入ったと思えば次々に消えていく残像に、途切れ途切れに聞こえてくる鋭利な凶器の音と切断音。最早速すぎて、何をしているのかさえも解らなくなってくる。
 元々アシュレイが高速の領域に居る事は知っていても、相変わらず彼女には驚かされる。

 何より、それに負け劣らない動きで糸を操っているエディットも大したものだ。
 これが二大ギルドの実力なのか、とターヤは意識を持っていかれてしまう。
 一行は誰もが、ついその攻防に見惚れてしまい、すっかりと援護する事を忘れていた。


「これは、なかなかに厳しいかもね」
 ターヤ達とは反対方向の後方で、フローラン・ヴェルヌはどこか焦りを交えて呟いた。
 眼前では、ギルドの頂点たる二大ギルドの片割れ〔月夜騎士団〕の《最終兵器》と、同じく二代ギルドの一角〔モンド・ヴェンディタ治安維持軍〕の《暴走豹》が、神がかった速度での苛烈な戦闘を繰り広げている。
 ただし、やはりスピード戦では暴走豹に分があるようだ。
「エディットが押される、か」
 苦々しげに彼は呟いた。
 フローランに実質的な戦闘能力は皆無だ。一応、短剣も一本だけ隠し持ってはいるが、それも念には念をの護身用でしかない。基礎体力向上の為の訓練も受けてはいるが、それも戦闘用の技術ではない。あくまで、エディットを支援する為のものでしかなかった。
 しかし、戦闘能力無くして《死神》として恐れられるだけの理由を、ギルドきっての《殺戮兵器》であるエディットの隣に居られるだけの理由を、やはりフローラン・ヴェルヌは持ち合わせていた。

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