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二章 堕ちた遺跡‐asassin‐(11)

 反射的に杖を抱えたターヤの前方では、既にアクセルもエマも戦闘体勢へと移行していた。
「おい、アシュレイ。いつまでも落ち込んでねぇで戦うぞ」
「言われなくても、解ってるわよ」
 本調子ではないのだろうが、アクセルに言われて彼女もまた構える。
 対して、フローランはあたりまえのように後方へと下がった。
 その代わり、前方にちょこちょこと進み出てきたのはエディットだ。どうやら、戦闘においての相手は彼女らしい。
(けど、あんな小さな子が戦えるの…?)
「惑わされないで」
 ターヤの心中を読んでいたかのように、アシュレイが呼びかける。
「あいつは……《殺し屋》エディット・アズナブールは、あの容姿とは正反対で、〔月夜騎士団〕の中なら一位の残虐性と二位の実力を併せ持った、奴らが誇る《殺戮兵器》よ」
「『兵器』って……!」
 再び口元に手を当てたターヤを一瞥もせず、アシュレイも苦々しい声で眉を顰めた。
「確かに、聞いてて気持ちの良い言葉じゃないわね。でも、周囲だって……本人だって認めてる。だから、それが事実なのよ」
 思わず言葉を失う。
 兵器。その大量殺戮を目的として開発された武器の『銘』を課された幼き少女は、どのような思いでそれを名乗る事を容認したのか。押し付けだったのかもしれない、決まった事だったのかもしれない、自分から名乗り出たのかもしれない。
 いずれにせよ、その真実を知るなどという事は、とてもではないが、ターヤにはできそうになかった。 
「とにかく、あいつとは一定の距離を取りなさい」
 敬語でないという事は、アクセルとターヤに向けて言っているという事だ。
「容易に近付くと、一瞬で死ぬわよ」
 ただの注意ではない、事実を知るからこそ出せる声だった。明らかな対立関係にあるからこそ、今までにも何度か相対してきているのだろう。
 アクセルもまた、彼女の事は知っているのか、珍しく神妙な面持ちである。
「あのガキが〔騎士団〕の《殺戮兵器》とはな……かなりわけぇとは聞いてたけどよ、あいつ、どー見ても十歳くらいだろ?」
「何なら、試してみる?」
 唐突なアシュレイの言葉を聞き返そうとしたアクセルは気にせず、彼女は足元から何かを拾い上げると、そのまま左手に握っていたそれを、前方へと――投げ付けた。
 それがエディットに衝突する瞬間、
「「!」」
 アクセルだけでなく、ターヤとエマも驚きの表情になる。
 彼女に当たる筈であった『何か』は、その寸前で一瞬にして細切れにされ、地面に落ちていた。その残骸を眺めるに、あれは小石だったのだろうか。
「なっ……!?」
 蒼白な表情で目を見開くアクセル、そしてターヤ、エマ。
 アシュレイは二人から視線を動かさず、僅かにその頬に冷や汗を流す。
「これで実感した? あれが《殺し屋》の手口。何なら、あいつの手元をよく見てみると良いわ」
 エディットの腕は横に垂れ下がっていたが、言われた通りに目を凝らしてみると、そこに何かが握れられている事が解る。
「糸……?」
 疑問形で呟いたターヤに、アシュレイは無言で頷いた。
 それは、確かに細い『糸』だった。手芸や裁縫などで使用される、ごくごく一般的な糸だ。

「あんな物で石が切れんのかよ?」
「あんた、どんだけ無知なの?」
 アクセルの発言に、アシュレイは一瞬だけ心の平穏を取り戻したように、しかし心の底から馬鹿にしたような声で返した。
「あれは〈守殺糸〉といって、糸とかワイヤーを自由自在に操る『技』なの。確か、ある一族しか使えない、凄く特殊なものね。使い手によっては、鋼鉄をも切断できるそうよ」
「それじゃあ、あのガキは……」
「そうよ。あいつはどうも、その一族の血縁みたいね」
 アクセルが嫌そうに顔を顰めたのは言うまでもない。
「そんなサーカスみてぇなのを相手にしろってのかよ」
 それに対して、アクセルとのやり取りを経てか、アシュレイは徐々に調子を取り戻しつつあった。
「何気落ちしてんのよ。相手のからくりは解ったんだし、それを踏まえていくわよ。あんたも手伝いなさい」
「無茶言うな、あんなのどう相手にしろってんだよ」
 珍しく逃げ腰の台詞を吐いた青年を、少女は鼻で笑った。
「あら、アクセル・トリフォノフともあろう者が、そんな弱気で良いのかしら?」
「ほんと、言ってくれるよな、おまえって。良いぜ、貸し一つな」
「それはお断りね。あんたに貸しを作るなんて真っ平だし」
 軽口に返された軽口はスルーして、唐突に彼女は目を細めた。
「それと、あいつ――《死神》」
 今話していたのはエディットの話題だったのだから、アシュレイの言う《死神》とは、隣に居るフローランのことを指しているのだろう。
 だが、あの青年が『死神』などと称され、恐れられている事が、アクセルには俄かに信じ難かった。見たところ、あの青年は戦闘における気配が玄人ではない。寧ろ、素人であるターヤに近いものを感じ取れるくらいだ。
「もしかしたら……《殺し屋》よりも、手強いかもしれないわ」
 自身の領域内では無敵と評しても過言でもなさそうな強さを誇る《殺し屋》エディット・アズナブールよりも、明らかに戦闘では無力と思わしき《死神》フローラン・ヴェルヌが手強いと言うアシュレイに、アクセルは不審を抱いてしまう。 
「……まじかよ?」
「まじだから、そう言ってんでしょうが」
 アシュレイは真剣な表情だった。その頬には、うっすらと少量の汗さえも滲んでいる。
 エマに視線を向ければ、彼もまた緊張の漂う顔で頷いたので、そこから事実だと直感し、アクセルは一つ息を吐いた。
「めんどくせぇな。ま、せいぜい気を付けますよ、っと」
 大剣を構え直し、再び戦闘体勢を取る。そして、前方に立つ人物――エディットではなくフローラン――と目を合わせた。
 彼は戦う事に関しては異存は無いのか、こちらの決定が決まるをの待っていたようだった。
「話は纏まった? 戦うのなら、ちゃんとエディの相手になってほしいな」
「わりぃな、待たせちまって。けど、おまえは戦わねぇのかよ?」
 皮肉に憎まれ口を返すと、相手は自嘲気味に苦笑した。
「生憎と、僕には戦闘能力が無いんだ。だから、エディに護ってもらうしかないんだよ」
「はっ、軟弱な奴だな」
「否定はしないよ。けど、エディに殺されても、その台詞は言えるのかな?」
「死んだら何も言えねぇよ」
「そうだね」
 外面では二人して友好的そうに笑い合っているが、内面では二人して互いを互いに嗤い合っていた。
 厭きたのか、アクセルはとんとんと肩口で大剣を叩いた。
「喋るのは止めて、とっと戦ろうぜぇ?」

アサシン

ニズポーカァ

​や

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