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十九章 星を司る者‐pueritia amicus‐(9)

「そう言えば、ターヤは《世界樹の神子》だと判って攻撃魔術も使えるようになったもんな」
「う……」
 どこか刺のある言い方に、しかし本当の事なのでターヤは何も言い返せそうになかった。内心ではあるが《精霊使い》を対等な立場から非難しておいて、そのくせ自分は彼らが望んでも到達できない位置まで軽々と登ってしまったのだから。
 一気に落ち込んでしまった少女を見て、やりすぎたかと青年は内心で反省する。
「けど、おまえは望むものが得られようが得られまいが、他人を傷付けるような思考には走らないだろ? だから偉そうにしてても良いと思うぜ?」
 付け足した言葉に、再び少女の顔が持ち上げられる。
 隣に立つ青年は、刺の無い年上の笑みを彼女へと向けていた。
「アクセル……」
「ま、ターヤに上から目線で見られるのは、ぶっちゃけごめんだけどな」
「しないから!」
 案の定上げて落としてきた彼に対して叫んだところで、アシュレイやエマ、レオンスといった面々が警戒を見せた。
 遅れてアクセルも反応した事で、モンスターか〔教会〕などの敵対関係にある者か、と視線を動かしたターヤの視界に入ってきたのは、山吹色の髪と目を持つ一人の女性だった。ターヤは見た事の無い人物だったが、その服装で〔騎士団〕の者だと直感する。
 無論アシュレイは即座に気付いていたようで口を開こうとする。
「セレス! セレスじゃねぇか!」
 だが、それよりも速くアクセルがどことなく驚いたような、嬉しそうな声を上げていた。
「おっ、アクセルくん! おっひさ~」
 このようにアクセルが声をかければ、セレスと呼ばれた女性からは実に陽気な応答が返ってきた。久しぶりに友人に会ったかのような表情になり、片手を大きくひらひらと振ってすらいる。これでは敵なんだかどうかすらも判らない。
 当然、アシュレイからは何か言いたげな地味に痛い眼差しが向けられる事となった。
 鋭い視線に気づいたアクセルは慌てて咳払いを一つすると、修正した表情と声色を向ける。
「あー、おまえ、何しに来たんだよ? アシュレイ辺りにでも何か用があるのか?」
「ううん、用があるのはその人じゃないよ。でも、まずは挨拶をしとかないとね!」
 一拍置くとセレスは一行全員を見回し、主にアシュレイから向けられる目線をものともしないで名乗り始めた。
「初めまして、あたしはセレステ・アスロウム。もう気付いてるとは思うけど〔騎士団〕のメンバーだよー」
 そこでようやく、ターヤは『セレス』という名に聞き覚えがある事を思い出す。自分の記憶が正しければ、以前〔騎士団〕本部に潜入した時にアクセルが世話になった人物の名ではなかっただろうか。
 そのような思考を回していると、セレスがターヤに視線を向けてきた。
「で、君がターヤさんだよね?」
「え、あ、うん」
 いきなり話題を向けられたターヤは驚くも、思わず頷く。
「用があるのは彼女?」
 それを目にしたスラヴィが察したように問えば、セレスは大きく頷いて見せた。
「そーそー、今回はその子に用があるんだよー」
 あくまでも彼女の言葉は軽めであり、アクセルの話ではフローラン達とは違い普通に良い人なようだが、かの〔騎士団〕の一員に名指しで用があると言われては自然と身構えてしまうターヤである。
 そして、そうと聞けばアシュレイが堂々とターヤの前に移動するのも当然の事だった。
「で、彼女にどんな用がある訳?」
「君が本当に《エスペリオ》なのかどうか、確かめに来たの」
 元より隠す気も無いのか、セレスはギルドの命による重要なものかもしれない目的をさらりと公開する。

「あ……」
 その発言で、ターヤは脳内に思い浮かぶものがあった。

『そうか、やっぱり君だったのか……《エスペリオ》!』

『貴様……まさか《エスペリオ》か!?』

『《エスペリオ》を見つけた、と言えば良いか?』

 騎士団本部にてフローランが自身に向けた言葉、採掘所前にてブレーズが口にした言葉。そして更に以前、エンペサルの路地裏でも耳にした事のある言葉だ。
 それはターヤを指していたのだと、今になってようやく当の本人は確信した。


「えすぺりお?」
「エスペリオ。古代セインティア語で『光』という意味だよ」
 一方、聞きなれない言葉に首を傾げたマンスには、スラヴィが持ち得る知識から探し出してきた要素を提示する。ターヤ自身も何を意味するのかは知らなかったので、彼のこの発言は有り難かった。
 いつの間にか斜め後ろに居たエマがターヤに問うてくる。
「聞き覚えがあるのか?」
「あ、うん。ちょっと、ね」
 エマはそれ以上の追及はしてこなかったが、ターヤは何だか気まずくなった。
「で、その呼び方にはどんな意味があるのよ? そもそも誰の命令で来た訳? あんたは確かアンティガ派だから、パウル・アンティガ?」
 アシュレイは相手が〔騎士団〕の一員だからなのか、明らかに答えないであろう質問をも遠慮なく口にする。
 けれどセレスは予想通り答えようともしなかった。
「流石にそこは企業秘密だよ~」
「解ってて訊いてるのよ」
 堂々と返したアシュレイにはセレスが軽く脱力してみせる。
「君って本当に、あたし達には容赦無いんだねー。とにかく、今回あたしが用があるのはターヤさんだけだから。他の人、というか特に君は遠慮しててほしいな」
 暗に邪魔だと言われたアシュレイの眉根が寄るが、それよりも速く彼女を制するようにリクが先頭に進み出ていた。
「何や、さっきから出てくるんは女の子ばかりやないか。あんさん、そっちにモテるんか?」
 茶化すようにリクが向けてきた言葉に、けれどもターヤは苦笑いを浮かべるしかなかった。別に彼の言うような意味合いがある訳では無いが、エルシリアのことを思い出してしまったからである。
 寧ろこの言には、セレスの方が反応を顕にしたくらいだ。
「ちょっとちょっとー、あたしは昔っからエディちゃん一筋だってばー」
 唇を尖らせて腰に手を当てた彼女は、異議ありと言わんばかりの顔でリクを見る。
 そういう問題ではないのだが、と思わず脱力しかけたのは何もアシュレイだけではないだろう。
 だが、その至って真面目な言葉には、リクもまた真面目に応じたのだった。
「そうなんか、それはすまんかったな。せやけど、わいはその『エディチャン』を知らんのやから、しゃーないやん」
「はっ! それもそうだね……」
 言われて初めてその可能性に至ったらしく、セレスがそれまでの陽気な調子を下げた。しかし、すぐに元に戻ってくる。
「じゃあ、今は無理だけど、今度エディちゃんについて熱く語ってあげるよ!」
「おっ、それはえぇな。せやけど、その『エディチャン』だけやなくて、あんさんについてもわいは知りたいわ」
 だからなぜそうなるんだと突っ込みたい一行であったが、それよりも速くリクもまた地味に問題のある発言をしていた。

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