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十九章 星を司る者‐pueritia amicus‐(8)

「そうか。けど、あまり気にし過ぎない方が良い」
 瞬間、弾かれたように驚愕の表情が向けられる。
「っ……何で!? だって、プルーマはぼくのせいで――」
「確かに、それはおまえのせいかもしれない。けれど、最初に引き金を引いたのは《精霊使い》の方だ。それに《羽精霊》を救えなかった事を《鋼精霊》に責められた事も気にするな。全てを救える奴なんて居ないんだ。それが例え神であろうとな」
 マンスの言葉を遮って、レオンスは彼を諭すように柔らかな口調で言葉を紡いだ。
 それを聞いたマンスは何か言い返そうとして、けれども出てこなかったのか一言だけ零す。
「ぼくは、神様も大嫌いだよ」
「そうか」
 どこまでも優しげな声を発すると、レオンスはマンスの頭を撫でた。
 撫でられた方のマンスは驚くものの、少しこそばゆそうにするだけで拒否はしない。
 少年の反応に内心安堵しつつ、レオンスは話題を変える。
「ところで、マンスールはどうして旅をしているんだ? やっぱり精霊関係か?」
「うん、それもあるんだけど……もう一つ、大事な目的もあるんだ」
 背筋を緊張が走った。表には出ていないだろうが、頬を汗が伝ったかのように錯覚した。
「大事な目的、と言うのは?」
 問えば、相手の顔にも緊張が現れる。彼はしばらく逡巡していたようだったが、やがて決心したようにレオンスを見上げ、手で耳を近づけるように指示してきた。
 彼の言う通り足は止めずに身体を屈め気味にすれば、同じく歩きながらも背伸びをした少年が答えを寄こす。
「見つけたい奴が居るんだ」
「そうか」
 声色にも表情にも出さないように気を付けながら、ゆっくりと、体勢を元に戻す。マンスが自分を信頼して打ち明けてくれた事は嬉しかったが、その声色から推察できた内容はレオンスの心に暗い陰を落としていた。
 一方、その声からレオンスの様子がどこか変だと気付くマンスだったが、理由までは至れずに首を傾げるしかない。
 そんな二人の様子を、その後方を歩くターヤは時おりちらちらと窺っていた。間にエマが居て少し距離があるからか会話の内容までは聞こえてこなかったが、レオンスがマンスを慰めているのだという事は解った。
(でも、何だか今はレオンの方が落ち込んでるような……)
 うーん、と考え込んだところでキャスケットを取られた上、頭に手を乗せられる。それどころかその手が左右に動かされ、櫛を通しておいた髪の毛がぐちゃぐちゃにされた。しかも、なかなか離れてはくれない。
「アクセル?」
 突然このような事をしてくる人物は一人しか思い当らなかったので、名前を呼びつつ振り向いてみれば、案の定当たりだった。
「おっ、何だ、判っちまったか」
 若干残念そうに彼がそう言ったところで、ようやく手が離れた。
 自分には判別できないだろうと思っていたという事を暗に示されて、ターヤは両方の頬を膨らませた。
「だって、わたしにこんな事してくるのはアクセルしか居ないもん。エマはいきなり撫でたりしないし、ぐちゃぐちゃにもしないし」
「それもそうだな。あーあ、賭けは俺の負けかよ」
 途端に残念そうに息を吐いたアクセルに、ターヤは目を瞬かせた。彼の言が理解できない。
 そんな彼女から視線を動かしたアクセルが次に見たのは、その隣を歩いているスラヴィだった。
 今更ながら、スラヴィがそこに居た事にようやくターヤは気付いた。
「そうだね、俺の勝ちだ」
「ちぇっ、ターヤは鈍いと思ってたのによぉ……読みが外れたな」
「彼女は君が思ってるほど愚鈍じゃない」
「まぁ確かに、意外と勘は良かったりするからな」

 話を聞いているとどうやら彼ら二人は、ターヤが先程の行動をされた際に誰なのか見分けられるか否か、という賭けをしていたようだ。
 知らぬところで賭けに使われていた上、その後の会話では地味に貶されているように感じられて、ターヤは全く持って良い気がしなかった。再び頬が餅の如く膨れ上がる。
 目に見えて不機嫌になった少女の頭にキャスケットを戻すと、アクセルは苦笑した。
「わりぃわりぃ、そんなに怒るなって」
「怒らないと思う?」
「俺が君の立場だったら怒るな」
 反省の色が見えないアクセルを睨みつければ、スラヴィから答えが返ってきた。彼もまた同じように改悛している様子は窺えない。そのような二人を見ていると、何だか拗ねている自分が馬鹿らしく思えてきた。ふぅ、と頬を元に戻すついでに息を吐き出す。
「それにしても、スラヴィも賭けなんてやるんだね」
「話してみて解ったんだけどよ、こいつ結構茶目っ気たっぷりだぜ?」
「そうなの?」
 驚きで瞼の開閉を繰り返して、再度スラヴィを見る。
 彼は前よりは豊かになったものの、相変わらず動きの少ない表情のまま首を軽く傾けた。
「言われた程かどうかは解らないけど、これが俺の素だよ?」
 そうなんだ、と返そうとしたターヤは、ふと視界にマンスとレオンスを捉えた。相変わらず声は聞こえてこないが、おそらくはまだ二人で話しているのではないだろうか。意識すると途端に気になってくる。
(何かレオンの様子もまだどこかぎこちないし、二人とも大丈夫かな?)
「前が気になるの?」
「え、あ、うん」
 アクセルの向こう側から声をかけられて、ターヤは軽く跳び上がりかけた。
 スラヴィは無言で数秒程ターヤを見つめてから、小走りに前方へと駆けていった。
「え、スラ――」
「うわぁっ!?」
 思わず名前を呼びかけたところでスラヴィが背後からマンスへと跳び付き、その衝撃に意表を突かれた少年が驚きの声を上げた。
 この行動にはエマがぎょっとし、レオンスが顔全体を驚きに染め、アシュレイが反射的に振り返った程だ。無論、ターヤとアクセルも例外ではなかった。
「そういうところが茶目っ気たっぷりなんだよ」
 呆れたように息を吐いたところで、アクセルはターヤの異変に気付いた。スラヴィの突飛な行動に驚いてはいたようだったが、それよりも強い感情で表情は占められている。視線はマンスとレオンスの方に向けられていた。
「マンスのことを心配してるのか?」
 声をかければ、そのままの面がアクセルを見上げてくる。
「え、えっと、そうなんだけどそうじゃなくて……」
 煮え切らない答えに眉根が寄せられるのが自分でも手に取るように解った。
「そうじゃないんだったら何なんだよ?」
 詰問するかのような鋭さと険しさの混じった声で問えば、ターヤがアクセルの顔を見る目が更に遠慮がちなものになる。
「えっと、マンスを見てたら《精霊使い》のことを思い出して……。その、あの人のことを非難しちゃったけど、でも、わたしも偉そうなことは言えなくなっちゃったなぁ、と思って……」
 そこで言葉は小さくなり空気に溶けていったが、アクセルは彼女の言いたいことが察せた。ターヤは今まで自分には使用不可能だった攻撃魔術があっさりと使えるようになった事で、それまでは似たような境遇であった《精霊使い》を責める資格は自分には無くなったと思っているのだ。そしてアクセルもそのような境遇だからこそ、遠慮がちな表情になっているのだろう。
 その事については、とっくの昔に自身の中で整理がついているのでアクセルは別に気にしてはいないのだが、ターヤの様子を見ていると少しばかり意地の悪いことが言いたくなってきた。

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