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十九章 星を司る者‐pueritia amicus‐(10)

 彼の言葉にはセレスが瞳を輝かせる。
「おっ、これはもしかして、もしかしなくともナンパ!?」
「そや、わいはあんさんのことが気になっとるからな」
「わぉ! ナンパされたのとか初めてだよ~、嬉しいな~」
 最早カオスとも言える状況に、突っ込む者は居ない。決して言わない訳でも面倒くさくなった訳でもなく、単に圧倒されてしまって言葉が出てこないだけなのだ。
 まるでコントの如き会話を展開してから、やっと二人は元の関係に回帰する兆候を見せる。
「で、あんさん、このまま帰る気は無いんか?」
「残念だけど、あたしもお仕事だからね」
「それならわいは武器を取るで。あんさんとは仲良くなれそうやけど、可愛い妹分の為やからな、悪く思わんといてや」
「もちのろん! あたしもこれがお仕事だから、恨まないでよね~」
 最後まで互いに茶化すようにして言葉を交わし合うと、二人は戦闘態勢へと移行した。リクは腰の両方に取り付けられたホルスターから二丁の拳銃を取り出し、セレスはどこからともなく幾つかの爆弾を取り出す。
 それを目にしたリクが真面目な目付きから一変、元の顔付きに戻る。
「おっ、もしかしてあんさんが《爆弾魔》っちゅー奴なんか?」
「あれ? もしかしてあたしのこと知ってた? いや~、あたしも有名になったんだね~」
 しかし、それはセレスも同じ事だった。流石に〔騎士団〕の一員とでも言うべき表情は一瞬にして取り払われ、先程までのハイテンションさが舞い戻ってきている。
「エディちゃん、フロくん、ブレーズ辺りが有名なのは知ってたけど、まさかあたしも名前を知られてるとは思わなかったよ~」
「あんさんは結構有名な方やで? 何せ、騎士団の副団長が特に重用してるっちゅー噂の、幹部級のメンバーなんやからな」
「おっ、ほんと!? いやぁ、そんなに褒められると照れるなぁ~」
 実に似たような波長で会話する二人には、先程からアシュレイがげんなりとした様子を見せていた。一旦最初の緊張感に立ち戻るかと思われた雰囲気がまたしても崩れた為、二倍にも突かれているのだ。
「何なのよ、あいつら」
「確かにセレスは悪い奴じゃねぇけど、状況を考えろよ」
 アシュレイが肩を落として脱力すれば、アクセルもまた同意する。彼はリクとは何かしら通じ合うところがあったようだが、このような状況下で敵と慣れ合えるような神経は理解できなかったのだろう。
 そんな二人に軽く苦笑しながら、レオンスは自身の見解を述べる。
「おそらく気が合うんだろうな、あの二人は」
 益々訳が解らないという顔付きになった二人はさておき、眼前ではセレスが会話を切り上げていた。
「じゃ、そろそろ行っくよ~」
 どこまでもセレスはセレスのようで、そのかけ声すらも気が抜けそうなものであった。
 だが、次の瞬間にはその場から瞬間的に移動するような速度で駆け出した彼女に、一行は驚きを隠せない。
「「!」」
 その間にもセレスは一行へと向かっていくが、彼らとは対照的にリクは驚きつつも即座に腰のホルスターから二丁拳銃を抜いていた。彼女の足元を的確に狙って弾丸を飛ばし、進行を許さない。
 セレスはセレスでその間を潜り抜けて接近しようと足を動かしていたが、このままでは埒が明かないと踏んだのか、懐から何かを取り出したかと思えばリクへと向かって投げつけた。
 当然リクはそちらをも撃つが、弾丸が当たった瞬間、それは爆発した。
「! 爆弾!」
 マンスが叫ぶと同時に爆風と破片が周囲へと飛び散り、思わず皆は咄嗟に顔を護ろうとする。無論、それはリクも例外ではなく、思わず牽制を止めてしまう。

 まさにそれを狙っていたセレスは、好機とばかりにまっすぐリクへと向かって飛び込んでいく。
 しかし、彼女にとっては予想外の事に、ターゲットの前には既に不可視の盾を展開したエマが控えていた。
「あれ――」
 しかも、彼女の死角からは伏兵が襲いかかってきていた。レオンスである。
「わわっとー!」
 完全に不意打ちだったのか驚いたような声を上げながら、それでも繰り出された短剣の一撃をセレスはぎりぎり避ける。レオンスの攻撃はそれだけに留まらず、続けてすばやく何度も行われるが、それでもセレスは掠らない程度の際どいところで全て回避していた。
 これには口笛を吹いて、ただし攻撃の手は休めずにレオンスは賞賛する。
「言う割にはやるな」
「どーぉもっと! でもそろそーろっと! あたしも反撃――しちゃうよっ!」
「!」
 その攻撃を相も変わらずすれすれのところでかわしていた、と思いきや、それまでは後退するように回避に徹していたセレスが唐突に前方へと動き出した。
 これにはレオンスも少々面食らったのか、一瞬動きが止まる。
 相手にできた隙を見逃さず、セレスは懐から再び爆弾を取り出す――と思いきや、片足を振り上げてきた。
「!」
 再度レオンスが驚くと同時、彼目がけて彼女の踵が振り下ろされる。咄嗟に短剣でガードしたレオンスだったが、予想外にその一撃は重かった。一旦距離を取ろうとするも、セレスが間隔を保って追撃してきている。二撃目からは裏拳打ちだった。短剣で自身の手が傷付くかもしれない可能性など恐れず、彼女は時おり小振りの蹴りも混ぜて相手の反撃を許さない猛攻を見せる。とうにレオンスは苦い顔で防戦一方となっていた。
 そのままの流れであれば押し切られるところだったが、流石に他の面子がこのままにしておく筈も無かった。
「おっ――」
 セレスが乗ってきたところで、その足元に一発の弾丸が、その首元に短剣など小型中型辺りの剣先が突きつけられる。停止を余儀なくされたセレスの視界に映ったのは、こちらに銃口を向けて構えるリクの姿だった。レオンスは眼前、アシュレイは動いていないとなれば、残りのメンバーで考えられるのはスラヴィくらいしかいないだろう。もしかするとセレスが把握していないだけで、他にも小型中型の剣を扱う者が居るのかもしれないが。
「武器が武器やから後衛なんかと思たら、意外と好戦的なんやな」
 そんなセレスへと、まるで何事も無いかのような普通の調子でリクが声をかける。
 瞬間、アシュレイの纏う空気が冷えた事を肌で感じ、近くに居たターヤは思わず視線を少しだけ向けると同時、ぶるりと身体を震わせた。正直なところ、敵勢よりも味方であるアシュレイの方が恐ろしいと感じる事の方が多いような気がする。
 けれども気付いているのかいないのか、リク同様にセレスもまたお構いなしだ。
「勿論あたしの主力武器は爆弾だし、そりゃ前衛の人に比べたら大した事は無いけど、格闘もちょっとはできちゃうんだよ? 恐れ入った?」
「せやな、惚れてしまいそうや」
 冗談めかして言ったセレスに対し、リクは表情を崩さないまま冗談なのか本気なのか判らない様子でそう返した。
 これは想定外の回答だったのか、セレスは何度か目を瞬かせる。それから、益々興味深そうにリクを見た。
「君って、本当に面白い人だよね」
「あんさんみたいな可愛い子にそう言ってもらえるんは光栄やな」
「君達、もしかしていちゃいちゃしてる?」
 全くもって緊張感の無い二人のやり取りに、今現在セレスの動きを封じているスラヴィは呆れ声と溜め息を零したのだった。ただし、脱力して拘束の手を緩めるなどといった失態は犯さない。

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