The Quest of Means∞
‐サークルの世界‐
十九章 星を司る者‐pueritia amicus‐(5)
ソニアもそれ以上その話題に触れたくはないようで、脱線していた軌道を元に戻す。
「話を戻させていただきますけれど、私達と一緒に来ていただけますわよね、《導師》様」
「ソニア!」
視線を向けられたターヤが何事か言う前に、アクセルが彼女の名を強く呼んでいた。驚いて思わず身を竦ませてしまうターヤだったが、その怒号を向けられた当の本人は遠目には少しも動じてなどいなかった。ただ無言で、アクセルに視線を移しただけだ。
「おまえは、そんなことを言う為だけに来たのかよ!?」
ソニアは答えなかった。そして、まるで何事も無かったかのように視線をターヤに戻す。
「さあ《導師》様、答えを」
淡々と、ソニアが催促する。この言葉だけならば答えを求めているように聞こえるが、その口調は強く、刺すような視線は肯定以外を認めないという一種の圧迫感を有していた。
元から彼らに従う気もついていく気も無いターヤはその意思を強く示さねばと思うが、強固な決意で動いている今のソニアの気配に完全に押されてしまっており、掠れ声すら出せずに居た。
「何や、あんさん方っちゅーか、ターヤは〔教会〕から狙われとるんか」
だが、その空気に穴を開ける声が一つ。それまでは黙って成り行きを見守っていたリクである。
弾かれるようにして彼を見たターヤにウィンクを一つ落とし、それからリクはソニアと僧兵達を視界にしっかりと収めた。さりげなくターヤの前に出る事も忘れない。
「そうと解ったんなら、手を貸さん訳にはいかへんな」
言うや、腰のホルスターから二丁の拳銃を取り出し回す。その手際は実に鮮やかだった。
「あなた、どちら様ですの? 部外者の方は黙っていてほしいのですけれど」
「確かにわいはあんさん方とは何も関係無いけどな、わいの可愛い妹分に手ぇ出すんやったら話は別や。応戦させてもらうで」
「リク……!」
彼の言葉に驚きの声を上げれば、二度目のウィンクが返ってきた。
相手の対応から敵として認識したのか、ソニアは杖を構える。その先端をリクに向けるようにして。その眼は、本気だった。
これを目にしたリクと一行も構え、互いの間に一触即発の雰囲気が漂う。
「『天より降りし光よ』――」
先に動いたのは〔教会〕側だった。ソニアが意を決したように魔術の詠唱を始めれば、それが命令だとでも言わんばかりに僧兵達が一行へと向けて跳びかかってくる。
一行からは前衛組とスラヴィが飛び出し、エマは後衛二人の盾となるべく移動し、リクは彼よりも少し前に立ちながら二丁拳銃を構えた。
前線に出ていった四人は僧兵達と接触するや否、一対一の接近戦に持ち込む。
しかし相手側は一人多かった為、誰にも邪魔されなかった一人が後方に居る面子に向かっていった。
ただし僧兵が五人居る事は既に承知済みだったので、余るであろう一人を待ち構えていたリクが即座に銃口をその僧兵へと向ける。相手もそれは想定内だったようだが、リクの二丁拳銃による猛攻は予想外だったようで、弾丸を避けたり棍棒で弾き返したりするだけになっていた。接近して攻撃するどころか、その場に留まるのが精一杯のようだ。
現状を見たマンスもまた戦闘に加勢すべく巻物を取り出すが、先程の事を思い出したのか手が止まる。脳内を占めるのは、助けられなかった《羽精霊プルーマ》の姿だ。彼女の最期の笑みが頭から離れず、それが自分を責めているように少年には思えてならなかった。
(ぼく、は――)
「――『驟雨が如く』!」
はっと我に返った時には、ソニアの攻撃魔術が完成していた。
「〈降り注ぐ光〉!」
「――〈防護膜〉!」
だが、同時にターヤが防御魔術を発動する。後衛二人とエマを対象として上空から驟雨の如く降り注いできた光の雨は、それによって阻まれた。
前線では相変わらず基本的に一対一、偶に相手が変わったり入り乱れたりしての接近戦が展開されている。
「そろそろだな」
その様子を視界に収めていたエマは、ぽつりと呟いた。
「え?」
「ごめん、一旦下がるわ!」
彼の呟きの意味をターヤが問うよりも速く、アシュレイが一言叫んだかと思いきや後方に下がってくる。おそらくはスタミナ切れだろう。
「えぇ!?」
ぎょっとしたターヤだったが、前線に居る他の面々は全く気にも留めていないようだ。
前線からすばやく抜けたアシュレイはターヤ達の傍へと移動し、代わりにエマが動いた。
「すまない、行ってくる」
「あ、うん!」
戦線離脱した彼女を追おうとしていた僧兵の前にはエマが立ちはだかり、交戦を開始する。
「何や、あんさん、思っとった以上に体力無いんやなぁ」
戻ってきたアシュレイに対しては、僧兵の一人に防戦を強いているリクからからかいの声が飛ばされた。
それはターヤも思っていた事ではあったが、堂々とアシュレイに対して言えるリクには感服する。正直なところ、素直ではなくプライドの高めなアシュレイに対して気にしていそうな点を指摘すると、もれなく怒りの矛先を向けられるからだ。
「何よ、喧嘩でも売ってる訳?」
案の定、アシュレイは喧嘩腰で言い返す。
彼女がそのような反応を取る事を見越していたのか、リクは振り返った横顔で不敵に笑ってみせただけだった。すぐに顔は前方に引き返す。
「ったく、あいつ――」
「――〈聖なる断罪〉!」
悪態を吐きかけたところで、彼女目がけて上空から光の剣が突き刺すように降ってくる。
「――〈盾〉!」
二人のやり取りにすっかり気を取られていたターヤは慌てて早口で詠唱し、下級ではあるが防御魔術を発動させる。光の剣はそれによって防げたが、遠目でも既にソニアが次の詠唱に入っている様子が確認できた。
両者の魔術が消えたところで、アシュレイが舌打ちする。
「あいつ、やっぱりあたしを狙ってきたわね。ターヤ、ちょっと協力してくれない?」
「えっ、う、うん! でも、何をすれば良いの?」
いきなり話を振られて驚いたものの、すぐにこくこくと頷く。
するとアシュレイは耳元に口を寄せてきた。
「それはね――」
伝え終えて離れていったアシュレイの顔を見る。首を振る動作は小さめにしておいた。
「頼むわよ」
レオンスやアクセルのように肩を叩くような事こそしなかったものの、その言葉だけでターヤは十分だった。アシュレイに信頼されているのだと、はっきりと理解できたのだから。
杖を構え、唇を動かす。
少女二人が作戦行動に映る光景を眺めながら、それでもマンスは動けなかった。現状が海底洞窟での出来事と同じという訳ではないのに、どうしてか心が行動する事を拒んでいた。
(何で、こんな時にぼくは……)
何度目になるかも判らない自責の念に駆られたところで、思い至る。
(そう言えば、精霊の死を見たのは今回が初めてだ)
元より精霊の数自体が多くはないので出逢った事自体少ないのだが、それでも精霊が死ぬ瞬間をマンスが自身の目で見たのは、今回の件が初めてだった。
(だから、こんなにもぼくは動揺してるの?)
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