The Quest of Means∞
‐サークルの世界‐
十九章 星を司る者‐pueritia amicus‐(4)
「あんさん、ツィナとは違うて驚きやすいんやな。別人とは解っとっても、同じ顔で百八十度も違う反応されるとこっちが驚くわ」
彼の言葉で驚きの理由も解って靄が晴れるも、すぐに思い浮かぶ疑問が有った。
「そう言えばヴォルフも別人みたいって言ってたけど、わたしとルツィーナさんってそんなに性格が違うの?」
「何や、ラウィにはもう会っとったんかいな」
目を瞬かせた後、リクは懐かしそうに目線を情報へと動かした。
「そうやなぁ、ツィナはあんさんとは真逆な感じやったな。無感情っちゅー訳やないんやけど、顔にも声にも感情が出づらかったんや。しかも記憶が無かったからなんか、ド天然な言動も多かったしなぁ……そう考えると、あんさんの方が一見大人びとるわ」
一見、という事は実質的にはルツィーナの方が大人びていると言いたいのだろう。その事に若干刺されつつ、ターヤは今まで聞いてきた話から『ルツィーナ』像を脳内で形成しようとしてみる。顔も声も覚えていない相手なので無理かとも思ったが、ぼんやりと思い浮かぶイメージがあった。
「そう言や、あんさん、従妹なのにツィナのこと知らないんやな。一回も会った事無いんか?」
だが、リクに話題を振られた事でそれは霧散する。
「あ、えっと、わたし、記憶喪失で……だから、ルツィーナさんに会った事があるのかどうかも判らないの」
「あ、そうなんか……それは失礼したわ」
途端に表情を落としたリクに、慌ててターヤは気にする事では無いと言おうとする。
「まぁ、ツィナも最初会った時は自分の名前以外まともに覚えとらん状態やったからな。せやけど、あいつもちゃんと思い出せたんやし、あんさんもきっといつか思い出せるわ」
しかし、それよりも早く、即座に戻ってきたリクの方が寧ろ気にするなというような言葉を彼女にかけてくれたのだった。
彼の言葉にターヤは目を丸くした。
「そうなの?」
「そや。ツィナはな、ある日空から落ちてきたんや。それをちょうど、そこに居たヴォルトが受け止めたんやけどな、ルツィーナっちゅー名前しか覚えとらんで、せやけど戦えたから〔十二星座〕の面子として受け入れる事になったんや」
「空から……」
そういえば自分も気が付けば空から地上へと向かって落下していた事を思い出し、幾ら従姉とはいえそこまで同じになるものなのだろうかと内心で考える。もしかすると《神子》がこちらの世界に呼ばれた際には、空から落ちるものなのかもしれないが。
「そんな感じでわいらと出逢ったツィナなんやけどな、最終的には思い出せたんやし、あんさんも気長に待っとるとえぇわ」
「うん、ありがとう、リク」
「あんさんは大切な家族の妹分やからな、気にせんでえぇで」
素直に礼を述べれば、頼れる笑みが返ってきた。
神殿の中を上へ上へと大分進んでいくと、一行は空と景色の見渡せそうな開けた場所に出た。元は最も重要な場所であったであろうそこの最奥には祭壇が鎮座しており、その前には一人の人影がある。
「ソニア!」
その背中を見た瞬間アシュレイは眉を顰め、アクセルは彼女の名を呼んだ。
「!」
耳にした声で即座に誰かを判別したらしく、彼女は――ソニアは弾かれるようにして振り返った。そして予想通りの人物である事を視覚で認識した瞬間、自然と表情を和らげる。
「アクセ――」
だが、ズィーゲン大森林で彼に言われた言葉を思い出したのか、すぐにその顔は強張り口は噤まれ、足も身体もそれ以上は動かなくなった。
アクセルも単に彼女を見かけたから声をかけたという訳でもないようで、大森林での時と同じような眼付きをしている。彼女がどこに立っているのか、測りかねているようだ。
「ソニア、今のおまえは〔教会〕側か?」
絞り出すような声だった。
この問いかけで、やはり彼は自分をまだ疑っているのだと確信し、ソニアは大きな動揺を覚える。
「わ、私は……」
何か言おうとしても、なかなか続く言葉は出てきてはくれなかった。まるで喉が潰れているかのように、意思に反して声どころか呼吸音すらも発されてはくれない。
そんな彼女に内心では申し訳無く思いつつも、アクセルは彼女の答えを待った。
「ヴェルニー司祭」
そのような空気の中で、ソニアに声をかける者があった。
警戒を強めた一行が、そして反射的に振り返ったソニアの視線の先に居たのは、数人の僧兵達だった。上司である筈のソニアを見る彼らの目は、どこか険しく厳しく、何事かを試しているようでもある。
そして彼らの存在を認識した瞬間、ソニアは決意を固めたのだった。
逆に、それまでの不安定な様子から一転、強い意志の籠った瞳を向けてきたソニアには、アクセルの方が戸惑いを見せる。
「ソニア……?」
「単刀直入に申し上げますわ。《教皇》様に降ってください、《導師》様」
しかしアクセルのことはすっかりと忘れ去ってしまったかのように、彼女は彼を見る事も応える事も無かった。まっすぐにターヤを見据え、ただ淡々と言葉を紡ぎ出す。
これには少なからず衝撃を受けるアクセルだったが、その他の面々は彼女の台詞の方に驚きを示していた。
「あんた、いきなり何言ってんのよ? まだ彼女の力が欲しい訳?」
アシュレイがターヤの盾になるようにして前に出れば、ソニアの仕事用の顔に僅かな感情が奔った。ただし、それもまた素早く引込められる。
「ええ、何せ〈世界樹〉の代理なのですから、私達〔教会〕の――《教皇》様の下に来るべきですわ。そうすれば、命は奪わないと《教皇》様も仰っておられました」
「何よそれ、意味が解らないんだけど? 別に《世界樹》と〔教会〕はそこまで関係は無いじゃない。あんた達が信仰してるのは《世界樹》じゃなくて《創造神》と《始祖神》でしょ?」
「ええ、そうですわ。けれど、そう《教皇》様が仰ったのですから、私達は従うまでです」
アシュレイの指摘にもソニアは眉一つ動かさなかった。どこまでも機械的に喋る。
明らかに事務的にあろうとしているその様子に気付き、更に痛いところを突いてやろうかと口を開きかけるアシュレイだったが、それよりも早くレオンスが片腕で彼女を制していた。文句があると言わんばかりの視線を向けてきた彼女は無視し、その代わりに言葉を発する。
「ところで、エルシリア・フィ・リキエルはどうしたんだい?」
「リキエル司教でしたら、今は《教皇》様の命で謹慎中ですわ」
淡々と、あくまでも淡々と彼女は答えた。
「そうか。流石にあれだけ独断専行をしては、流石に《教皇》も見逃せないという訳か。少しばかり《教皇》が自分には甘いからといって、随分と愚かで浅はかな事を仕出かしたものだな」
わざとらしく挑発するレオンスに対し、ソニアの表情が僅かながらに動く。だが、すぐにその反応は仕舞い込まれた。友人を馬鹿にされたくらいでは動揺しないという意思の表れだということか。
ここまで我慢強いとは思っていなかったのか、レオンスは肩を竦めるだけで次は口にしなかった。