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十九章 星を司る者‐pueritia amicus‐(3)

「会って、ルツィーナさんのことが聞きたいの。わたしの前の《神子》がどんな人だったのか、わたしの従姉がどんな人だったのか、わたし自身はちゃんと知らないから。今も昔も彼女のことを一番よく知ってるって人から、話が聞きたいの」
 言いながら、果たしてリクはどのような回答を返してくるのだろうか、とターヤは内心ではいっぱいいっぱいになっていた。この言葉が彼女にとって理由の全てだったが、本当にこれで納得してもらえるのだろうか、とも不安になってくる。
「なら、連れてったるわ。あそこはわいらの故郷やしな。せやかて、ヴォルトがそこに居るかどうかは知らんけどな」
 だが、彼女の緊張に反して、あっさりとリクは許諾したのだった。疑惑の表情も元の明るい笑みへと戻っている。
 これには寧ろターヤの方が拍子抜けしたくらいだ。
「え……」
 唖然とした顔で両目を瞬かせる彼女に気付き、リクは茶化すような顔になる。
「何や、聞こえなかったんか? 連れてったるっちゅうたんや。あんさんの顔付きはほんまもんやったし。それに、あんま女の子を疑うんは好きやないからな」
「ありがとう、リク!」
 途端に顔を輝かせたターヤに、リクは「お安い御用や」と鼻高々に答えたのだった。
「まぁ、こいつも一緒に行くなら、戻った時にアシュレイに何か言われるのだけは覚悟しとけよ」
 だがしかし、そこにアクセルが投下した言葉で、ターヤは先程までの心情もどこへやら、一瞬にして硬直する。すっかりと忘れていたが、幾ら名高い〔十二星座〕の面子であろうとアシュレイにとっては『他人』である限り、人間不信の強い彼女がそこに触れてこない訳が無いのだ。
 自然と顔を見合わせた二人は、互いの考えている事を互いに表情から察し、そして同時に息を吐く。
 唯一こちらの事情を知らないリクだけが、不思議そうな顔になったのだった。
「で、これはいったいどういう事なのか、説明してもらおうじゃないの」
 かくしてリクを連れて一行と合流した二人に向けられたのは、案の定アシュレイによる追及の眼差しであった。
 その鋭い眼光に怯んでアクセルを盾にしながら、ターヤは密かにマンスを見やる。彼は未だ先程のショックから立ち直れていないようで、ベッドに腰を下ろしながら顔を俯けていた。その膝にはモナトが乗っかっており、心配そうに彼を見上げている。
(やっぱり、そんなに早くは乗り越えられないよね)
「――あたしの話、聴いてるの?」
 そこに飛ばされた鋭い一声は、ターヤが他に意識を向けた事に気付いていると言わんばかりであった。
 思わず彼女が直立不動の体制となってしまえば、リクが助け船を出してくれようとする。
「まぁまぁ、そんなかっかせんでもえぇやん」
 即座に豹の視線は彼へと移った。だが、彼は意に介した様子も無い。
「部外者は黙っててくれる? というか、あんた誰よ?」
「わいか? わいはリク・スウィリングっちゅうもんや」
 途端にアシュレイが顔色を変えた。
「じゃあ、あんたが《黙然の双子座》?」
「まぁ、そんなところやな」
 僅かに表情を変化させたところからして、彼もヴォルフ同様、この異名をあまり良くは思っていないのだろう。
 表舞台から〔十二星座〕の殆どの面子が姿を消した中で、何か思うところがあるのか《双子座》リク・スウィリングは未だ姿を見せていた。しかし幾ら問われようとも、自分達に関しては最早何も語らない。故の『黙然』だった。

「そんな奴が、どうしてここに居るのよ?」
 あくまでも視線が鋭いアシュレイに、リクは肩を竦めてみせる。
「そないな恐い顔せんでもええやん。わいはそこの嬢ちゃんをツィナと見間違って声かけただけなんやし。そしたら古都に用があるっちゅうから、案内したるっつっただけや」
「で、ほいほい引き受けてきた、と」
 ターヤが『ルツィーナ』を知る者に彼女本人かと間違われるのは最早よくある事と化していたので、そこには誰も反応しなかった。
 けれども、言いたいことが山程あると言わんばかりの視線がターヤを突き刺す。反射的に発生してしまった汗が顔中を滝のように流れていくような、そんな落ち着かない感覚に襲われるターヤであった。それだからか、喉を突くようにして弁解の言葉が滑り落ちてくる。
「で、でも、リクは悪い人じゃないし……」
「またそれか」
 一転、呆れたように息を吐くアシュレイである。
「あんたのその勘は結構外れないから、まぁ信じるのは良いんだけど、そればかりに頼りすぎてると後々痛い目を見るわよ?」
 ストレートにぐさりと刺さった。確かにアシュレイの言う通り、ターヤは直感に従って相手への信用を決めてしまうところがある。これは傍からすれば実に危なく思えるのだろう。
 しかし、ターヤ本人からしてみれば、その直感はある種の的確性を持つものであった。理論的な点からすれば途端に説明もできなくなるのだが、それでも確信を持って堂々と提示できる要素なのだ。
「まぁまぁ、女の子同士がそういがみ合うもんやないで。ターヤが心配なんは解るけど、そんなにツンツンしとったら伝わる事も伝わらんで?」
「なっ……!」
 そこに仲裁目的で割り込んできた筈のリクの言葉は、しかしアシュレイの仮面を瞬く間に引っぺがす事となる。図星を突かれましたと言わんばかりの顔で硬直した彼女を目にして、かまをかけた本人としては予想通りといった心境だ。
「あ、何や、やっぱりそうやったんかいな。あんさん、仮面を被るんが上手いように見えて、結構解りやすいんやな」
「仕方ねぇよ、こいつは根っからのツンデレだからな」
 更にはアクセルが悪乗りしてきた為、アシュレイの怒りのゲージは高速で上昇していく。
「あんった達はぁっ……!」
 遂には片手を強く握り締め、全身をわなわなと小刻みに震えさせ始めたのだった。
 こうして二人が損ねてしまったアシュレイの機嫌は、リクを加えた一行が港町を出発しても完全に治る事は無かった。ただしエマやマンスには普通に接していたので、あくまでもその矛先が向けられていたのは張本人たるアクセルとリクだけだったのだろうが。
 とにもかくにも、一行はリクの案内で古都に行くべく、まずは古都と港町の中間に位置する[廃棄された神殿]へと向かっていた。
 ここはその名の通り、以前は重要な神殿として機能していたものの、諸事情から〔教会〕に廃棄され放置されたままになっている場所だ。廃棄から十数年経った今では、とうにモンスターの巣窟と化している。
 その道中でも、ターヤはマンスのことが気にかかっていた。リクとの出会いで頭から飛びかけていたが、視界に入ればやはり心配する気持ちが膨らんでくるのだ。こればかりは自分にはどうしようもない事で、時間の経過と彼自身に任せるしかないが、それでも意識せずにはいられなかった。
(マンス……)
「なんや、あの子が気になるんかいな?」
「わっ!?」
 思考に沈みかけていたところで声をかけられた為、思いきり両肩が跳ね上がる。
「リ、リク……」
 すぐには鼓動の収まらない心臓を抑えながら、ターヤは声の主を振り返った。その張本人ことリクは、予想外にも驚きを顔に浮かべている。思わず両目が瞬きを繰り返した。なぜ驚かした方がそのような表情を浮かべているのだろうか。

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