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十九章 星を司る者‐pueritia amicus‐(2)

「っ……!」
 突き刺すような言葉に、思わず相手を直視できなくなる。図星なだけに、少年は顔を俯けたまま唇を噛み締め、悔しさで全身を小刻みに震わせるしかできなかった。
 そんな少年を数秒だけ見つめると、ハリネズミは今度こそ顔を戻して去っていく。
 残されたのは、立ち尽くす少年だけだった。


(マンス、大丈夫かなぁ)
 それからしばらくして、不安を抱えつつもターヤは町中を歩いていた。
 現在地は、港町バイミリアだ。あの後、無事に海底洞窟を抜けた一行は、それ以後は何事も無くこの町まで辿り着いた。だがマンスの落ち込みようがひどかった為、一時的にこの町に留まる事となり、再び自由行動となってしまっていたのである。
 そんなこんなでマンスのことは一旦レオンスに任せて、ターヤはふらふらと宛ても無く歩きながら町並みを眺めていた。
(何か、デジャヴだよなぁ)
 先刻のヴィラでの状況を思い出しながら、ぽつりと内心で呟く。
(まぁ、流石に、ここでまた声をかけられるなんて事は――)
「ツィナ!?」
 などと思っていた矢先に後方から呼ばれ、これまたデジャヴだと瞬間的に感じる。
 そして聞き覚えは無い筈の名に、けれどもなぜか弾かれるようにして身体が動いていた。
 振り向いた先に居たのは、一人の青年だった。四方八方へと飛び跳ねているぼさぼさの髪、驚いたように見開かれている両目、つなぎのような服装と、とにかく上から下まで青い。ただし、エマとは異なる青さではあったが。
 振り返った少女の顔を目にするや否や、眼鏡の下の目が潤み始めた。
 これにはぎょっとしたターヤだったが、青年はお構いなしだ。
「何や……! 生きてたんなら、さっさとそう言わんかいな! わいらが、どんなにあんさんを心配してはったと思とるんや……!」
 どうやらターヤを知っているようだが、生憎と彼女に覚えは無い。しかも彼女は異世界の人間なのだから、この世界に知り合いが居る筈も無かった。
「え、えっと……どちら様、ですか?」
 故に、こてん、と首を傾げる。
 瞬間、先程以上に青年の目が見開かれた。そして少女へと詰め寄ってくる。思わず身を引いた彼女にはお構い無しに、その両肩を掴むと揺さぶってきた。
「何や、わいを覚えてないんか!? わいやで!? リクやで!? わいら〔十二星座〕は家族やったやないか!」
(あ――)
 その名前で、合点がいった。彼は自分を『ルツィーナ』と間違えているのだ。先程の『ツィナ』という名は、彼女の愛称なのだろう。
 相手は彼女の顔には気付かず肩を揺さぶり続ける。
「まさか記憶喪失になってしまったんか!? 何で十年前と何も変わっとらんのや!? 今までどこで何してたんや!? そもそも別人みたいやないかいな!」
 脳内が混乱しているのか、青年の言葉はさまざまな方向に飛んでは移っていく。
「ちょ、ちょっと待って! わたし、ルツィーナさんじゃないですっ!」
 このままでは目が回りそうになったターヤが慌てて叫べば、途端に前後揺すり攻撃は止まった。急停止だったので反動は受ける事になったが、とりあえずは事無きを得る。
 ただ、男性は先程までの勢いもどこへやら、すっかりと黙ってしまっていた。顔は俯けられており、髪が影になって目元を窺う事もできない。
 仕方が無かったとはいえ申し訳無く思えてきて、ターヤは恐る恐る声をかけた。
「あ、あの……?」

「ほんまに、ツィナやないんやな?」
 面は持ち上げぬまま、念を押すように青年が問うてくる。そこには拭いきれない期待の色が残っているようだった。
 それでも彼女は首を縦に振った。
「あ、うん。わたしはターヤっていって、ルツィーナさんの従妹らしいの。だから、結構似てるらしくて……」
「ほな、それは失礼したわ」
 ようやく向き直ってきた顔には、笑みが浮かんでいた。どうやら顔を下げている間に、すばやく表情を整えていたようだ。そこには、もう先程までの感情は一片たりともの残ってはいなかった。

 すごい、とターヤは感嘆する。
「しっかし、ツィナの従妹に会えるとはなぁ……これも運命の巡りあわせっちゅーやつなんかいな。あ、そう言や自己紹介がまだやったな。わいはリク・スウィリング、〔十二星座〕の《双子座》や。ほな宜しく頼むで」
 そう言って差し出された手を拒む理由も無かった。握り返して微笑み返す。
「うん。よろしく、リク」
「そう言や、あんさんはツィナとおんなじで天然なんか? そんならそれはそれで萌えるんやけど、どうせなら同じ顔なのにこちとらタイプが違いますわ、ってのが、わいとしては好みなんやけどな」
 握手を終えたかと思いきや、いきなりリクが発したのは一般人には大よそ即解しづらい問いであった。
「え、えっと……?」
 勿論、この彼の発言はターヤには理解不能だった。天然、という個所は性格の話のように聞こえるが、どうしてそこから何かが燃えている話に繋がるのかは解らないし、またもやそこから別の話に移っているのだ。先程の比ではないにしても、頭が回りそうである。
 困惑するターヤには気付いているのかいないのか、リクは更に続ける。
「まぁ、わいは大抵の女子なら萌えれ――」
「――おーい、ターヤ……って、おまえまた絡まれてんのかよ」
 益々混乱しかけるターヤだったが、そこに声を挟む第三者が現れた。その救世主ことアクセルは、状況を目にするや呆れたような顔付きになる。何かデジャヴだよな、との声も聞こえてきたような気がした。
 ひとまず彼に助けられた、と息を吐くターヤである。
「つーか、いきなり口を挟んで悪いけどよ、そいつは天然でおっちょこちょいでお人好しで無意識ブラコンな奴だぜ?」
「つー事は、ツィナと違うんは表情感情が豊かでドジっ娘でブラコンっちゅう事くらいなんやな。それにしても、よういろんなん持ってんなぁ。特に天然でブラコンなドジっ娘なんて、ハイスペックやないか!」
 前言撤回、やはりアクセルはどこまでもアクセルでしかなかった。というか、いったいどこから聞いていたのだろうか。しかも話が更にややこしくなっているような気がする上、何の話をしているのか全くもって解らない。
「おっ、おまえ、解るクチだな?」
「あんさんとは酒が飲めそうやな!」
 どうやら、ターヤには全く理解しがたいところで二人は意気投合したようだ。そこからして眉根を寄せたいのだが、しかも往来で肩まで組み始めるものだから、人々の視線が集まり始めていた。これには彼女の方が羞恥を覚えてくる。今からでも他人の振りをしようかと真剣に考えたくらいだ。
 けれども流石に往来で肩まで組んだのは冗談八割だったようで、ターヤが何かするよりも早く、すぐに二人は離れた。
「ところで、あんさん方は何でここに来たん? 何や、古都に用でもあるんか?」
「あ、うん。ハーディに会いたいの。古都に行けば会えるかもしれないって聞いたから」
 図星を突かれて驚くも、これは好機なのかもしれないとターヤは思った。
 瞬間、リクの目が僅かに細められる。
「ヴォルトの奴に会って、どないしたいんや?」
 そこに浮かんでいたのは、疑いと探りと僅かな警戒だった。幾ら仲間の親族とはいえど、自分達にとっての敵となりうるであるのならば容赦はしないと、その瞳が語っていた。
 だからこそ自身の気持ちを真っすぐに伝えようと、ターヤも真剣な顔付きになる。

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ジェミニ

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