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十九章 星を司る者‐pueritia amicus‐(12)

 猪の群れが完全に沈黙したところで、セレスは不満そうにターヤを見た。
「ちょっとちょっとー、君が戦わないとダメなんだってばー」
「え、えっと……」
 そうは言われても相手の思惑に乗ってやる義理もつもりも無く、それはアシュレイやエマ辺りが許しそうにない上、そもそも後方支援が戦闘における主な仕事の為、ターヤは困ったように笑うしかなかった。
 セレスもセレスで目的は果たさなければならないので、頬を膨らませて剥れる。
「むー。なら、これでどうだっ!」
 そう言うや否や、セレスは彼女達後衛二人を覆うかのような広範囲へと大量の爆弾をばら撒いた。
「えっ……!?」
「うぉっ!?」
「ちょっ……!」
「なっ……!」
「「!」」
 彼女の唐突な行動には、一行が次々と驚きの声を上げる。
 慌てて防御魔術の詠唱に入るターヤだが、明らかに間に合わないタイミングだった。
 無論、前方で戦闘を行っていた面々も間に合う筈が無い状況だった。
「――『我が喚び声に応えよ』! 〈水精霊〉!」
 だが、そこに朗々と響き渡る声があった。
 直後、広く空へとばら撒かれていた爆弾全てが突如として出現した水に呑み込まれる。
「悪いけど、爆弾なんかじゃぼくは倒せないよ!」
 宙に浮かぶ巨大な魚の下で、マンスが自慢げな様子で腰に手を当てていた。
「おっ、言ったな~!」
 少年の言葉はセレスの怒りを突く事は無かったが、その場のノリと勢いで彼女はそう応えた。
 逆に、一行はすっかりと元の調子を取り戻しているように見受けられる少年に驚く。
「マンスール!」
「もう大丈夫なの?」
「うん、もう大丈夫だよ!」
「何や、見かけによらず随分と強いんやな」
 胸を張って答えたマンスには、リクが僅かな茶化しを向けてくる。それに対しては少年は怒る事も無くどや顔を浮かべてみせると、真剣な面持ちになってセレスに視線を戻した。
 彼女は、一行から向けられる鋭利な視線には少しも動じていないようだ。
「セレス! どういうつもりだよ!」
 非難するかのようにアクセルが声を荒らげる。
 しかしその矛先を向けられた彼女は、顔から陽気さを下ろしただけだ。
「悪いけど、あたしはこれがお仕事だから。それにあたしが用があるのはターヤさんだし、そうじゃなくても前衛中衛よりも後衛を狙うのは戦術の基本だよ。だいたい、アクセルくんはあたしが〔騎士団〕のメンバーだって事を忘れてない?」
 納得できないとはいえ正論故に言い返せず、アクセルは言葉に詰まる。
 代わりに言葉を発したのはリクだった。
「あんさんも大変やな、確かめるまでは帰れへんのやろ?」
「けど、それがお仕事だからね」
「にしても、あんさんがわいの妹分に用があるんは、ターヤが《世界樹の神子》やからやろ?」
 この発言に、一行が反応しない筈も無かった。
「えっ!? な、何で知って……!?」
 当の本人もまた、もの凄く動揺する。
 そんな彼女を見てリクは呆れると同時、非常に心配になってきた。
「何でって、あんさんが自分で言ったんやろ? 自分の前の《神子》がどんな人か知りたいっちゅーてな。それにその胸元のブローチとくれば、わいらが気付かん訳無いやろ?」

「あ」
 そこでようやく自ら明かしてしまっていた事を思い出したようで、ターヤは口を半開きにして間の抜けたような顔で固まる。
 益々彼女のことが気にかかってくるリクであった。
 同様に、アシュレイとエマの表情はいろいろな意味で一変していた。それを見たアクセルは知っていた事を黙ろうと内心で決め、それ以外の面々は驚いたり面白がったりしている。
 すぐに恐る恐るアシュレイとエマの方を見たターヤはといえば、彼らの顔を見て泣きそうになっていた。
 何とも締まらなくなった相手側に、セレスはどうしたものかという表情になる。リクから向けられた質問は、実に今回の目的における重要な情報ではあるが、別に相手側が知っているなら隠す程の事も無い。しかし、彼らが何だか今にも家庭内会議が起こりそうな状況になっているので、答える機会を逸したのである。
 相手側の様子やこれまでの経緯から、ターヤが《エスペリオ》――《世界中の神子》である事に疑いはほぼ無いのだが、セレスは副団長から確かめてこいと命じられている。何かしら証拠になりそうなものを、一つくらいはこの『眼』で見ておきたいのだ。
「おーい、ちょっとちょっとー、あたしのこと忘れてないー?」
「そうね、今はあんたを何とかする方が先だったわね」
 声をかけると、今にもターヤに説教を開始しそうだったアシュレイがセレスに意識を戻してくる。
 ひとまずは難を逃れた事に安堵の息を吐くターヤであった。
「それで、彼女が《神子》だと知ってどうするの?」
「そこまでは解んないよ。あたしは確かめてこいって言われただけだし」
 スラヴィの問いに両肩を竦めてみせると、レオンスがどこか探るような目付きになる。
「けど、〔騎士団〕なら〔教会〕からターヤが《神子》だと聞いていないのかい?」
 確かにレオンスの言う通り、二つのギルドが禁止されている魔道具を横流しにできるくらいの同盟関係にあるのなら、そのような情報が流されていても不思議ではない。
 しかし、この発言にはセレスが眉根を寄せた。予想外の事を言われたという顔だ。
「〔教会〕が?」
「何だ、やっぱり知らなかったみたいだな」
 ターヤやマンスは驚いたものの、レオンスなどは想定内というような表情だった。
 セレスはそこでこの話題を終わらせる気は毛頭無いようで、食い付いてくる。
「どういう事なの? せっかくなんだし教えてよ?」
「まぁ、君ならば良いか。まず、俺達がエルシリア・フィ・リキエルと戦ったのは知っているんだろう?」
「うん、それは知ってるよ。理由までは知らないけど」
「その理由は、ターヤを――自分達が《導師》として崇める《世界樹の神子》を攫う事だったんだ」
「!」
 やはり理由までは知らなかったようで、セレスが目を見開いた。
 副団長に重用されている幹部級の彼女にすらも教えられないような話題なのだろうか、とターヤは他人事のように考える。
「《教皇》め、あたし達にあえて黙ってたな」
 だが、セレスのこの呟きによると、そうではなく〔騎士団〕自体に伝えられていないようだった。しかしそうなると、今度は別の疑問が思い浮かんでくる。
「でも、何か変じゃないかな? エルシリアが黙ってるのなら解るけど、《教皇》は言いそうな気がするもん。だって、あの人はわたしの存在が邪魔だったみたいだし、エルシリアとはその事で敵対してるみたいだったから、彼女の邪魔をする為に〔騎士団〕に言っても不思議じゃないのに」
「確かにそうだな。だが、そうしないという事は、何か思惑があるのだろう」
 自身の考えにエマが賛同してくれた事で突拍子も無い思考ではなかった事に内心安堵しながら、ターヤはセレスを見る。
 彼女は今のターヤの発言を受けて思い当たる節があったようで、すぐに発言した。
「別に不思議じゃないよ。だって《教皇》の奴はあたし達の《団長》を……というか〔騎士団〕自体を敵視してるから」

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