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十九章 星を司る者‐pueritia amicus‐(13)

 今度はアシュレイの脳裏に思い浮かぶものがあったようだった。
「そう言えばあの男、実際は結構な野心家らしいわね。信者や一般人に対しては、いかにも聖職者ですって感じに振る舞ってるけど」
「そ。あたし達と同盟を結んだのだって〔騎士団〕を追い落とす為の一環なんだろうし。ま、とっくに《団長》も副団長もその事に気付いてるんだけど」
 言い終えてから、セレスは思いきり背伸びをした。両肩を順番に回した後、踵を返す。
 突然のこの行動にはアシュレイもが驚きを顕にした。
「ここで帰る訳?」
「だってターヤさんが《エスペリオ》だって事は元から殆ど解りきってた事だし、その証拠になりそうな事を〔教会〕が隠してたっていう収穫もあったから、もうこの場に用は無いし。戦おうとしたのも、そうすれば《エスペリオ》の力が見れるかもしれないって思ってたからだしね」
 振り返ってけろりとした様子でそう告げたセレスには、アクセルが呆れたように眉を動かした。
「おまえな、仮にも一応は敵対してる相手の言葉だぞ? そんな簡単に信用しても良いのかよ? 嘘かもしれないんだぜ?」
「あれ? 嘘なの?」
 きょとんとした様子で眼を瞬かせたセレスに、今度こそ一行は脱力したのだった。
 そんな彼らを見て楽しそうに笑うと、今度こそセレスは帰路へとつこうとする。背中を向けて、ひらひらと持ち上げた片手を振った。
「じゃあ、また縁があったら会おうね~」
「それはお断り。あんたも〔騎士団〕の一員だもの。けど、少しの好感は持てたわ」
 まさに予想外すぎるアシュレイの言葉には、一行だけなくセレスにも衝撃だったようで、すぐには答えが返ってこなかった。
「あはは、《暴走豹》の言葉とは思えないよ~」
「それもそうね」
 鋭い指摘に、しかしアシュレイは訂正はせずに肩を竦めてみせるだけに止めたのだった。


「何か、嵐のような人だったね」
 セレスの姿が完全に見えなくなった後、最初に口を開いたのはマンスだった。
 少年の言葉は的確で、皆は同意の意を表して首を縦に振る。
「そういえばマンスール、もう大丈夫なのか?」
 声を聞いて思い出したのかレオンスが少々遠慮がちに問えば、マンスは大丈夫だと示すべく大きく頷いてみせた。
「うん、リクのおにーちゃんのおかげで、もうだいじょぶだよ」
「わい? 何かしたか?」
 全く持って見に覚えが無いらしいリクに問われ、ターヤは一瞬言葉に詰まるも、思い浮かぶ発言が一つだけあった。
「えっと、多分、リクの……その、恨んでないのかって話の時の答えじゃないかな?」
 詳しくは触れないように気を付けながら口にすると、リクは不思議そうな面持ちになる。
「ああ、あれな。せやけど、ほんまに大したこと言った覚えは無いんやけどな」
「でも、ぼくにとってはきっかけになったんだ。やっぱり、まだあの《精霊使い》のことは許せないけど、でも、いつまでも立ち止まってたって何にもならないもん」
 身体の前でぎゅっと両手を握りしめたマンスを見て、一行は互いに安堵の表情で目配せし合う。
 リクもまた同じように感じていたらしく、少年の肩を軽く叩いた。
「何があったんかは知らんけど、立ち直れたんなら良かったわ。何や、ここにイヴがおったんなら、よぉいばれたんになぁ」
 ふぅ、と溜め息を吐いたリクに、その名に聞き覚えがあったレオンスが問う。
「イヴ……《乙女座》のイヴァナ・ディーゼルのことかい?」

「そや、あいつ、いっつもわいが何かやらかすと鬼のように怒るんやで」
「それ、やらかすからじゃないの?」
 不満そうに唇を尖らせてみせるリクだったが、アシュレイは即座にばっさりと切り捨てる。それが気に入らなかったのか、リクは更に不満そうな表情になった。
「まぁそうなんやけどな。そう言や、あんさんはイヴにちょい似とるなぁ。まぁ胸はあいつの方が大きかっふげぇ!?」
 見事な高速裏拳であった。
 二の舞になりたくないアクセルやレオンス、スラヴィは思わず便乗しかけそうになる口を自制し、何も聞かず見なかったかのように無言を決め込んだ。
 エマとマンスは顔を見合わせて呆れ、ターヤは苦笑いを浮かべる。
 それから歩を再会した一行は、その後は特に何事も無く古都ヴィエホハまで辿り着く事ができた。
 目的地に到着した時、ターヤは何とも言えない感覚を覚えた。初めてなのか懐かしいのかも判らない、けれどもこの場所を知っているような気がする、そんな感じだった。
「ここが、古都ヴィエホハ……」
 既に人の住まぬ街となっているだけあって、元は家の一部だったであろう資材などの残骸が至る所に散らばっている。あれから五年も経っているというのにこの現状という事は、おそらく殆ど誰も瓦礫の撤去を行っていないのだろう。
 だが、それでも尚、この場に漂う雰囲気は古都と言うに相応しいものであった。
「ま、正しくは廃墟だけどな」
「そないなこと言うて、気分ぶち壊さんと――」
 ターヤに対して訂正を入れたアクセルに軽く文句を言おうとし、
「!」
 けれどその途中で、リクはある方向を瞬時に振り向く。明らかに過剰な反応だった。
 数秒遅れて、一行もまた気付く。微かではあるが、耳が何かしらの音を捉えていた。そちらに集中してみれば、次第にその正体が掴めてくる。
「これって――」
 どこからともなく聞こえてきたのは、歌声だった。


 

  2013.08.21
  2018.03.12加筆修正

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