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十九章 星を司る者‐pueritia amicus‐(11)

 初めて耳にしたと思しき声だったので特定は叶わなかったものの、そのような思考は億尾にも出さずセレスは言い返す。
「えー、あたしはいちゃいちゃするならエディちゃんとが良いよー」
 相も変わらず登場した『エディちゃん』なる人物に、首を傾げる一行である。無論アクセルは知っていたが何となく黙っておき、ターヤはフローランの発言を思い出してぴんとくるものがあった。
「それはエディット・アズナブールのことかな?」
「そうそう! エディちゃんはね、とーっても可愛いんだから~」
 レオンスが確認してみれば、途端にセレスが自身の周囲にハートマークを飛ばし始める。目で知覚できているかのように錯覚してしまうのだから、それくらい彼女が幸せそうな様子であるという事だ。
 そして、やはり緊張感の足りなさすぎるセレスにはアシュレイが頭を抑え始めている。
「《殺戮兵器》のことをそう評せるのは、あんたと《死神》くらいだと思うわ」
「えー、そうかな? フロくんもなかなか面白い人だよ?」
 最早彼女に応えるのも億劫になったようで、アシュレイは口を開こうともしなかった。
「君は〔軍〕の人だし《暴走豹》だからそう思うのかもしれないけど、あたしからしてみたら二人とも良い人だよー」
「そうね、あたしは〔軍〕の《暴走豹》だから微塵も理解できないわ」
 セレスの言葉に少々神経を逆撫でされたらしく、アシュレイが嫌みたっぷりに言い返す。
 しかし相手は全く気にしていないようで、首元に刃を突き付けられているという状態でありながら何度か頷いていた。背後のスラヴィが少しばかり困惑しているように見えて、ターヤはセレスのマイペースっぷりにそろそろ脱帽しそうになる。
「うんうん、やっぱり居る場所が違うと、価値観も見方も変わっちゃうよね」
「何が言いたい訳?」
 益々しわが寄っていくアシュレイとは反対に、セレスの表情からは重さが抜けていく。
「ううん。ただ、ちょっと思った事を口にしただけ――だよっ!」
「!」
 唐突にセレスが後ろに居たスラヴィの足を思いきり踏んだ為、その驚きと痛みとで彼が軽く後退する。その隙を突いて刃から逃げ出すと、彼女は彼へと向かって身体は振り向かずに爆弾を投げつけた。それは間に割って入ってきたアクセルの大剣が一刀両断して事無きを得たものの、セレスは開放されて振り出しに戻る形となる。未だ周囲を一行に取り囲まれてはいるが、その両手に一つずつ握られた爆弾が牽制の役割を果たしている。一行の誰も、迂闊に突っ込んでいけそうにはなかった。
 一方でセレスは、やはり背後に居たのはスラヴィだったと自身の考えが当たった事に内心気を良くしながら、目線だけで自身と相手方の位置を確認する。
(やっぱり一対多はきついなー。あたしが殺気出してないから、あっちも本気じゃないみたいだけさ、ほんと、副団長は人使い荒すぎだよもー)
 勿論、内心で上司に対する愚痴を零す事も忘れない。自分の立ち位置が立ち位置だけに相手が明らかな手加減も遠慮もしてくれるとは思わないし、それを承知の上でセレスも一人で来たのだから、あまり公に文句は言えないのだ。
(まぁ、オッフェンバックと組まされるよりは何十倍もましなんだけどね。それに、もうちょっと待てば――)
 内心で現状よりも最悪の事態を考えて気分の上昇を図ってから、時間稼ぎをするべく何となく目に付いたリクに対して口を開く。
「そういえば、君の名前をまだ聞いてなかった気がするんだけど、教えてくれないかな?」
「わいか? わいはリク・スウィリングっちゅーんや」
 気分を入れ替える為の、何気ない質問の筈だった。しかし相手から返された答えは、セレスに衝撃を与える。それまでは保てていた筈の仮面が、剥がれかけた。
「リク・スウィリングって……君、もしかして〔十二星座〕の?」
「そや、やっぱわいらは有名みたいやな」
 逆に、当の本人の方はあっけらかんとしている。

 それとは対照的に、セレスは感情が表に露出していくのが自分でも解った。それでも落ち着く事はできなかった。
「当り前だよ! 君達を知らない人なんて、ほんの一握りくらいだと思うよ! 例え個々人の名前までは知らなくても、十年前に自然離散したって事くらいは知ってると思うよ」
 最後の方はどうしてかトーンが落ちた。
 先程までとは対照的に様子を一変させたセレスに、一行は戸惑うばかりだ。
「一番嫌なところが一番有名なんか……。何か微妙な気持ちになるわな」
 言葉通り何とも言えないような表情になったリクを見て、セレスは今まで気になっていた疑問を口にしようとする。ずっと、彼らに問うてみたい事があったのだ。
「君はさ、恨まなかったの?」
 瞬間、リクから表情が消えた。
 その異変に怯えそうになりながらも、それでもセレスは踏ん張る。
「君達の自然離散の原因が、《牡羊座》と同じようにメンバーの一人が反逆したからだって事は知ってるんだ。ずっと仲間だと思ってた家族の一人に裏切られて……君は、その人を恨んだの?」
 ゆっくりと、それでも確実にセレスは問いかける。どうしても、彼の答えを聞いてみたかった。自分はあのような結果にしてしまったが彼らはどうだったのだろうか、という思考が彼女の脳内を回る。
 リクはしばらくセレスに視線を固定していたが、やがて大きく一息吐いた。
「どこでその事を知ったんかは知らんけど、別にわいはもう、あいつについては何も思っとらんわ。確かに完全に吹っ切れたっちゅー訳やないし、まだあいつの仕出かした事は許せへんけど、いつまでも引きずってうじうじしとるつもりも無いからな」
「!」
 その言葉に、マンスは両目を見開く。
「そっか、君は強いんだね」
 彼らの事を知ってからずっと欲していた答えを聞いたセレスは、どこか安堵したような悲しそうな顔で呟いた。それから一度大きく深呼吸をして持ち上げた顔に、普段の『セレス』に戻っていた。
 彼女の変化が気になったリクは声をかけようとするが、こちらに飛来する気配を感じ取り、すばやくそちらを振り向く。
 皆もまた警戒態勢になりその方向を見るが、セレスだけは知っていたように笑みを深めた。
「やーっと来たね!」
 彼女の言葉に呼応するかのように猛スピードでこちらへと駆けてきたのは、猪――《ボア》の群れだった。
 新手の登場に驚きこそしたものの、幾ら数が居ようと相手が相手だけに前衛組と中衛組はすぐに冷静になり、一旦セレスを取り囲む陣形を止めて一か所に集まる。後衛組であるターヤはマンスと共に、先程よりも後方に移動した。
「なるほど、あんた達と〔教会〕が同盟関係にあるのは知ってたけど、まさかそこまで繋がってたなんてね。こいつらも《堕天使》と同じように〈洗脳スル眼〉で操ってるんでしょう?」
「あ、そっか、もう君達はエルシリアさんとは戦ったんだもんね。そうだよー、どっちが先に用意したのかは忘れちゃったけど」
 アシュレイの指摘をあっさりと認めたセレスの後ろには、ボアの群れが集う。
「これで一対多じゃなくなったね! じゃ、あたしのお仕事に付き合ってもらうよ!」
「悪いけど、即急にお帰り願うわ!」
 セレスの声を合図としてボアが一行目がけて突進し始め、アシュレイが誰よりも早く迎え撃つべく跳躍する。
 一秒遅れて、他の面々も迎撃態勢となった。
 真っ先に敵勢とぶつかる事となったアシュレイはそのまま群れの中に突っ込んでいったかと思いきや、すばやい動きでボアを撹乱し始めた。
 その間にも追い付いてきた面々が、一体ずつ確実にボアを仕留めていく。
「――〈能力上昇〉!」
 ターヤはマンスの傍に居ながら、支援魔術にて前方で戦っている面々を援護する。

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