The Quest of Means∞
‐サークルの世界‐
十八章 暗転する光‐shock‐(9)
だが、マンスはレオンスを護ったものの正体に、直感的な予想が付いていた。
(あれって……!)
たった一瞬だけではあるが、確かに垣間見えたのは、紫の電光だった。
(もしかして――)
完全に意識が《精霊使い》からレオンスへと移った少年を一瞥しつつ、敵は嘆息する。
「あんた、今何をしたんすか?」
「ただ攻撃を防いだだけさ。それとも、まさか敵に対して素直に教えるとでも思っているのかい?」
どこか挑発めいた言葉ではぐらかされるも、元より期待などしていなかった男性が困る事は無かった。
「別に。ただ訊いてみただけっすから」
そして、右腕を持ち上げたかと思いきや、振る。
「《羽精霊》」
指示を受けて、再び鳥は無数の羽を一行へと差し向けてきた。
「エマ様は皆をお願いします!」
アシュレイが言い終わる前に駆け出す。
当然《羽精霊》が無数の鋭利な羽を飛ばしてくるが、彼女のスピードと眼ならば避ける事はそれ程難しくはなかった。
けれども、それは裏を返せば、やはり彼女以外の誰も彼らに近付く事すらできないという事の証でもあり、加勢したくともできない面々は歯噛みするしかない。せいぜい、エマとターヤが相手からの攻撃を阻止するくらいである。
「流石は軍人、って言うべきなんすかね、この場合」
「知らないわ――よっ!」
羽と羽の隙間を縫いながらアシュレイは攻撃を繰り出すが、流石に羽の数が多すぎるからかなかなか当たらなかった。今回の突きもまた、羽に阻まれて《精霊使い》までは届かない。
「ちっ……下手な防御魔術を使うより厄介ね!」
舌打ちをしながら一旦後退、するかに見せかけて瞬間的に後方へと移動、表よりは薄めな防御の穴を突こうとする。
けれども、やはり気付かれてまたもや失敗に終わった。
「あんた程すばしっこい人と戦った事は無いんすけど、俺も戦闘経験は豊富な方なんで」
暗にこの戦法の弱点も承知済みだと答えて、彼は攻撃へと転じた。
「!」
相変わらず羽は前方の一行を襲っていたが、男性が空中に何事かを書けば魔術がアシュレイを襲う。彼女の足を警戒してか、素早く発動、あるいは射出されるタイプのものばかりだったが、生憎と同様に戦闘経験が豊富な彼女には回避など朝飯前だった。
全くもって進展の無い攻防が数分程経過したところで、やはり《羽精霊》自体を叩くべきかと考えて跳躍するが、直前にマンスの顔を思い出して硬直したかのように動きが鈍り、その隙を突かれて鳩尾に魔術が直撃した。
「っ……!」
「アシュレイ!」
誰かの叫びを耳にしながらも、無様に転落して転倒する事はしない。地に降り立って体勢を立て直そうとした。
「――〈無〉!」
その瞬間、ターヤ特有の攻撃魔術が攻防に使われている羽だけを狙って発動される。
だが、まだ上手く狙いが定められないのか、それともなるべく詠唱時間を短縮しようと焦っていた為なのか、そのつもりだった魔術はアシュレイとその近くの羽の一部を効果範囲に収めるだけだった。
無論すぐさま避けたアシュレイだったが、怒声を飛ばす事は忘れない。
「ちょっ……危ないじゃないの!」
「あ、ご、ごめん!」
自分でやっておいた蒼ざめた顔になっているターヤを見て、寧ろ《精霊使い》の方が脱力しかけた。思わず魔術を書く手も止まる。
「はぁ、ノーコンなんすか」
一転、巻物を手にしていつでも四精霊を召喚できる体勢のマンスに視線を寄こす。彼は相手が《羽精霊》だからか攻撃できずにいるようで、詠唱に入ろうとはしていなかった。
だが、いつまでも彼があのままで居るとは思えない。時間が経てば経つ程、あの少年が攻撃を決心する可能性は高くなる筈だ。
「とは言え、やっぱこの状況は厄介っすね。それなら――」
何事かを呟き、右腕のブレスレットを左手で隠すように抑えて歯を食いしばった瞬間、《羽精霊》が攻撃の手を止めたかと思えば、途端に身体を丸めるようにして悶え始めた。
即座にマンスが《精霊使い》を見る。
「! 何したの!?」
「単に《羽精霊》に〈マナ〉を大量に注ぎ込んだだけっすよ」
些事だとでも言うかのような口ぶりだった。
しかし、一行は戦慄を覚える。
人間であろうとモンスターであろうと精霊であろうと、生命が一度に体内に保有できる〈マナ〉には上限がある。もしそれを越える量の〈マナ〉を体内に溜めこんでしまった場合には身体が耐えられず、内側から〈マナ〉によって膨張させられ、最終的には破裂してしまうと言われているのだ。
勿論、このように非道な行動にマンスが黙っている筈も無かった。
「何を、考えてるのさ!?」
「どうやったらあんたを潰せるって事っすかね。あんたは幾ら危険に晒されたって人工精霊を見捨てないっすから。それを逆手に取って人工精霊自体を爆弾にしちまえば、楽に殺せるって事っすよ。まぁ俺の戦力も減るっすけど、あんたをここで消せるのなら小さな問題っすからね」
飄々とした声に、益々怒りが募る。最早彼の顔をまともに見れる気がしなかった。
「っ……! そんな事の為に、あの子を殺すっていうの!?」
「それくらい俺はあんたが心の底から憎いんすよ。それに人工精霊なんて、また造り出せば良いじゃないっすか」
「――っ!」
もう限界だった。取り出して開いたまま手にしていた巻物を、今度こそ構える。
「『火の化身よ烈火の如く爆ぜる火竜よ御身が姿を顕現させ』――」
舌を噛む事も恐れず、できる限りの早口で詠唱する。
流石に四精霊を召喚されては分が悪すぎるので、素早く《精霊使い》は踵を返して走り出した。
「その隙に俺はお暇するとするっす。――《鉄精霊》」
呼ばれた《鉄精霊》は即座に《鋼精霊》への攻撃の手を止めると、方向を転換して男性に続く。
「待て!」
「この野郎!」
気付いたスラヴィとアクセルが反射的に飛び出し、その後を追う。
アシュレイも彼らと同じように動きたかったのだが、鳩尾に直撃を受けていた上、あれ程動き回った後でこれ以上行動するのは、体力の無い彼女には無謀だとしか思えなかった。故に待機を選んだのだが、それが本人には非常に歯痒い。
エマとレオンスはこの場からマンスを引き離そうと顔を見合わせるも、それより早く別の声が彼を呼んでいた。
『マンスール!』
一方いきなり名を呼ばれた少年はといえば、肩が跳ね上がるかと思った。詠唱は既に、彼の声を耳にし、逃走を図る《精霊使い》の姿を目にした時点で中断されている。
『《羽精霊》を頼む!』
唖然とする少年の返事までは待たず、《鋼精霊》はスラヴィとアクセル同様《精霊使い》と《鉄精霊》を追ってその場から去っていった。
それでも尚驚きが顔のままのマンスだったが、すぐ我に返る。
(アシヒーが、ぼくを頼ってくれた……!)
もしかすると人手が足りないが故の苦肉の策だったのかもしれないが、それでもマンスにはこの事実が嬉しかったのだ。これが彼の心を解きほぐす糸口になるかもしれないと考える。