The Quest of Means∞
‐サークルの世界‐
十八章 暗転する光‐shock‐(8)
「ちっ、便利で厄介な技だな」
一旦後退しながらアクセルが舌打ちした。
自分に全く近付けない一行を変わらぬ表情ながらもどこか愉快そうに眺めつつ、《精霊使い》は上空の鳥を見上げた。実に白々しい、呆れたような蔑むような声を出す。
「《羽精霊》は与えなきゃならない〈マナ〉の量が無駄に多いんすけど、その分こんな感じの使い方ができるんすよ。こういう状況だと便利っすよね」
「っ……そうやって《精霊》を物みたいに言わないで!」
相手の言動のどれを取っても怒りをかき立てられ、マンスは詠唱に入る直前の姿勢のまま激昂する。
そんな彼へと鬱陶しそうに目だけ向けると、男性はどこからともなく取り出した筆を手にした。そして素早く何事かを空中に描く。
「! 魔術だ!」
スラヴィが気付いて叫ぶや否や、そこに出現した魔法陣から氷の刃が一直線に飛び出した。
標的は無論、マンス。
「!」
しかし、鋭き一撃は対象へと届く前に、素早く軌道上に差し込まれた大剣の刃によって阻まれていた。その主は無論アクセルしか居ない。
「赤!」
「何だよ、俺がおまえを助けるのはそんなにおかしいのかよ?」
驚いたようなマンスの声に肩を竦めてみせると、アクセルは《精霊使い》に視線を戻す。大剣の刃は下ろさず、逆手に持った状態のまま。それはまるで、これ以上マンスだけを特に敵視するのは止めろとでも言っているかのようだった。
言葉の裏に隠されたそんな響きを読み取ったのか、《精霊使い》が眉根を寄せる。
「そんなに俺が《召喚士》を嫌うのはおかしいんすか」
「何だ、解ってるのなら少しは自制しろよ。たかだかガキ一人にムキになりやがって……大人気ねぇ奴だな」
「赤も人のこと言えないと思うけど」
彼の言を鼻で笑わんばかりのアクセルであったが、後方からの的確なツッコミには言葉を無くした。流れ始めた気まずい空気に気付くや否や、わざとらしく大きな咳払いを行う。
「ともかく! 俺が言いたいのは、自分にねぇ才能を相手が持ってたからって逆恨みするなよって事だ」
直後、男性の眉が動いた。どうやら逆鱗に触れたようだ。
「じゃあ、あんたに俺の何が解るって言うんすか」
「解らねぇよ」
アクセルの発言で燻っていた怒りを更に増強したらしい《精霊使い》だったが、その憤りに当の本人が言い返したのがこれだった。しかも即答である。
案の定、相手の表情に僅かながらも間の抜けた様子が表れた。
「てめぇの事なんか俺に解る訳がねぇだろ、ばーか」
馬鹿じゃねぇの? とその顔には大きく書かれている。ふん、と鼻が鳴らされた。
これにはエマとマンスが目を見開き、レオンスが腹を抱えてまで笑いを堪えようとし、ターヤとスラヴィが目を瞬かせ、そしてアシュレイが呆れたように眉根を寄せた。
「けど、てめぇが現実と向き合わずに逃げてるくせに、駄々だけは立派に捏ねてる事くらいは解るぜ? まぁ、俺が言えた事じゃないんだけどな」
自嘲気味な表情で視線が逸らされる。
採掘所での一件を暗に示しているのだという事は、一行の誰にも察知できた。
胸に突き刺さるものがあったようで、ぐ、と《精霊使い》は言葉に詰まる。それでも、何とか虚勢を張ってまで否定の言を述べてきた。
「そんな事、ある訳が無いっす」
「嘘付け。精霊が召喚できねぇから……《召喚士》になれねぇから、てめぇは《精霊使い》なんぞになったんだろ?」
「それが何だっていうんすか。素質のある一部の《召喚士》だけが精霊を独占するなんておかしいじゃないっすか」
図星を突かれて隠し通せないと悟ったのか、途端に《精霊使い》は開き直る。
そうなれば今度はアクセルが感情を強く表に出した。
「大ありだろ! それが逃げてるって事なんだよ! 自分に素質が無いからって悪に走りやがって……すっぱり諦める事くらいできねぇのかよ!? 自分だけが可哀想だと思いやがって……思い通りの〈職業〉を得られなかった奴が、てめぇだけだと思うなよ!」
男性の言葉に思うところがあったのか気まずそうな顔になったマンスだったが、青年の言葉で弾かれたように彼を見上げる。その言葉の後半は、他ならぬ彼自身をも指し示しているように聞こえた。
ここで遂に頭に来たのか《精霊使い》が何事かを言おうとする。
「あんたに――」
「けど、人工精霊を二人も使役するなんて、おまえの方にも結構な負担がかかっているんじゃないのかい?」
けれどそれよりも早く、レオンスが口を挟んでいた。
その言葉で、皆も思い起こしたように気付く。
幾ら人工精霊といえども、ただでさえ一人では自身の存在を保てない彼らを使役するには、使役者が常に〈マナ〉を供給する必要がある。しかし《召喚士》になれなかったという事は元々〈マナ〉の最大保有量は平均値であり、良くて一人を使役するのが限度なのだ。
また人工精霊自体も精霊の一部からしか造り出せないので、その数は決して多くはない。
だからこそ《精霊使い》はそれ程人数が居ないとも言える。
自然と皆の自然が《精霊使い》に集まった。
一気に向けられた六つの視線に内心戸惑ったのか、男性は一瞬だけ怯んだ後、逆に怒りを面に滲ませてレオンスを睨み付ける。まるでそうする事で、自身が覚えた不快な感情を払拭せんとしているかのようだった。
「何すか、その目。俺を哀れんでるんすか?」
「そうだな。幾ら精霊を召喚する素質が無かったからといって、勝手に人工生命を造り出した挙句、彼らを無理矢理使役するおまえ達は寧ろ哀れにすら感じるよ」
レオンスの面はひどく普段とは異なり冷めきっていて、そこには明らかな侮蔑が含まれているように思えた。彼にしては実に珍しい表情だと一行全員が感じる。
瞬間、今までは感情を垣間見せつつも、殆ど変化の無かった男性の表情が動いた。そこに浮かび上がったのは、先程のマンスのような純粋な怒りの感情。アクセルとの会話で徐々に蓄積されていた憤慨が、ここで一気に爆発したのだ。
「何も知らない奴が口を挟むんじゃないっすよ!」
男性が叫ぶと同時に《羽精霊》が一行へと向けて鋭利な羽を飛ばす。
「――〈防壁〉!」
エマは不可視の盾で、ターヤは既に用意してあった防御魔術でこれを完全に阻む。
しかし、それとは別に、レオンスのすぐ横に魔法陣が出現していた。
「! おにーちゃん!」
咄嗟にマンスが彼の名を呼ぶ。
だが、その至近距離からレオンスを狙った筈の攻撃は、彼を襲う前に見えない障壁に弾かれたかのように寸前で撥ね返されていた。
「「!」」
外野の驚きはよそに、勢いを失って舞いながら落ちていくそれらを一瞥してから、当の本人は息を吐く。
「ふぅ……危なかったな」
この時、既に顔は普段のものに戻っていた。言葉通りに冷や汗をかいているとは思えない余裕さを浮かべた彼に、皆は唖然とするしかない。
「あんた、今何を――」
「その話は後回しにしよう。今は眼前の敵に集中するべきじゃないのかい?」
アシュレイの追及を暗に拒んだレオンスは、今も尚相手から視線を外していなかった。ただし、その警戒は先程までよりも僅かに強められたようだ。