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十八章 暗転する光‐shock‐(10)

 だが、今はそれよりも眼前の《羽精霊》を助ける事が先決だ。
(よし!)
 内心で気合を入れると、マンスは《羽精霊》に向き直った。だが、どうすれば良いのかが解らない。
 鳥は現在進行形で内側からの圧迫に苦しんでいる。猶予は無いと考えるべきだろう。
 纏っている光の色合いから考えて《羽精霊》は《風精霊》の一部から造られたのではないかと推測し、マンスは即座に詠唱を開始する。
「『風の化身よ暴風の如く渦巻く風鳥よ御身が姿を顕現させその渦巻く大気を我に貸し与え給え』――」
 途中で噛んでしまう事が無いように先程のような速度からは落とし、けれどもなるべく早口で文言を紡いでいく。
 彼以上に精霊に詳しくない残りの面々は加勢する事もできず、不甲斐なく悔しい思いで彼を見守るだけだ。
「――『我が喚び声に応えよ』! 〈風精霊〉!」
 喚び出された巨鳥は、自分よりも遥かな小さな鳥を見てだいたいの状況を悟ったらしい。
「シルフ、その子の〈マナ〉を調整してあげて!」
『おっけー!』
 返事と共に、風が優しく《羽精霊》を包み込んだ。これによりその苦しみようが和らぐも、表情は未だに硬い。幾ら《風精霊》とはいえ、完全に〈マナ〉を調整するには時間がかかるようだ。
 けれども、時間をかけていては人工精霊である鳥は助からない。
 どうしたものかとマンスは再び思考を巡らせて、ふと思い浮かぶものがあった。
(そうだ、名前!)
 以前《鋼精霊》に『アシヒー』という名前を与えた時のように、それが少しでも良い方向に働きかける材料になってくれればと考える。上手くいくかは解らなかったが、少年は少しの可能性にかけてみる事にした。
「プルーマ!」
 直感的に思い浮かんだ名で彼女を呼ぶ。人型を見た事もちゃんとした声を聞いた事も無いというのに、どうしてか《羽精霊》は女性体であると勘が主張したのである。
 しかしながら、やはり反応が返ってくる事は無かった。未だ《精霊使い》の支配下にあるままなのならば、あの男性の事だ、外部からの声が届かないよう命じている可能性もあった。
 それでも少年は、自らが与えた名で《羽精霊》を呼び続ける。
「プルーマ! 君の名前だよ!」
 瞬間、《羽精霊》の目が見開かれたような気がした。
『ぷるー、ま……?』
「!」
 零された声は実に幼かったが、それが《羽精霊》のものである事は瞬時に解った。必死の叫び声が、彼女の自我に届いたのだ。
「うん、君の名前だよ! 羽精霊、って意味なんだ!」
 思わず声が上ずってしまう声を抑えようとは気を付けつつも、どうしても普段の調子に戻る事はできなかった。何せ彼は現在、モナトに続いて二人目の人工精霊を助けられるかもしれない瀬戸際なのだ。この旅の目的のうち一つが達成できそうな状況下では、気持ちが高まらずにはいられなかった。
 鳥はゆっくりと耳にした言葉を反芻している。
『なま、え……ぷるーま、なまえ……』
 どうやら彼女の精神はとても幼いらしく、目先の事にしか意識が向かないようだ。長らく自我を奪われて使役されていた弊害なのか、それともまだ造り出されたばかりなのか。
 だが、それはそれで先程までの苦しみや無理矢理操られていたという事実を想起させずに済むので、マンスにとっては返って喜ばしい事である。
「うん、君はプルーマだよ。ぼくはマンスっていうんだ」
 ようやく落ち着きを取り戻し始めてきたマンスは、鳥へとゆっくりと首肯してみせた。
 彼女は少年を見ると、こてんと首を傾げた。
『まんす……?』

 たどたどしい声ではあったが、名前を呼んでもらった事でいっそう少年の笑顔は深まる。
「うん、ぼくはマンスだよ!」
『まんす!』
 そうすれば《羽精霊》が嬉しそうに再度彼の名を呼んだ。
 更に頬が緩みそうになるのを自制しつつ、マンスは彼女へと手を差し出した。
「ぼくは君を迎えに来たんだ。だから、ぼくと一緒に行こう! もう、二度とあんな酷い目には遭わせないから! それに、君の仲間も――《月精霊モナト》も一緒なんだ!」
 彼がそう言うと同時、どこからともなくモナトが姿を現す。姿は見えなくとも常にマンスと共に居る彼女もまた、この状況を是が非にでも好機にしたいと思っているのだろう。何せ、彼女は同じ人工精霊なのだから。
 定位置らしきマンスの肩に降り立つと、彼女は《羽精霊》へと本心からの素直な言葉をぶつけた。
『プルーマ、一緒に行きましょう! この方なら――マンスール様なら、あなたに酷い事はしないです! とっても優しいです! モナト達人工精霊も、一人の精霊として見てくれますから! だから、この方を信じてください!』
 最後は土下座するかのように頭を垂れて懇願する。
 彼と彼女達以外、この場に残っている面々は何もできそうになかったが、状況の行方を一言も発さず真剣に見守っていた。
 現在進行形で《羽精霊》に詰め込まれた余分な〈マナ〉を外部へと取り出す精密且つ重要な作業に当たっている《風精霊》もまた、ちら見するような視線を向けている。彼女が自身の眷属に当たるだけに、内心気が気ではないのだろう。
『うん、ぷるーま、わかった』
 ただ一途に訴える同胞とその契約者の姿に心を動かされたのか、プルーマはゆっくりと頷いていた。
『まんす、もなと、しんじる』
「プルーマ……!」
 少年と白猫の顔が途端に輝いた。
 一行も安堵を顕にし、巨鳥もまた安心を覚える。
『――!』
 直前、感じ取った状態に戦慄した。
「シルフ?」
『まだ……〈マナ〉が流れ込んできてる!』
 異変に気付いて眉根を寄せた少年に告げられたのは、それまでの喜びを地の縁まで叩き落す程の衝撃だった。
「うそっ!」
『ほんとだよ! 余分なのを外に逃がしても逃がしても、どんどん次から新しい〈マナ〉が入ってくるの! でもこれ以上スピードを上げちゃうとプルーマちゃんの身体が持たないし……ああもう! どうしたら良いの!』
 思わず口にした言葉には、悲鳴にも似た否定が返された。かの《風精霊》をそこまで慌てさせるというところから紛れも無い事実なのだと知り、マンスは愕然とする。
 これには一行も驚愕せずにはいられなかった。
「あいつ、自分の命を削りかねないっていうのに、どうしてここまで……!」
「それ程、マンスのような《召喚士》が憎いという事なのか」
 アシュレイとエマの言葉も聴覚が認識しない程に呆然としかけたマンスだったが、慌ててプルーマへと声をかける。
「プルーマ、辛いと思うけど少しだけ待ってて! ぜったいに助けてみせるから――」
 けれども、鳥は首を左右に振った。悲愴さも悔しさも無く、先程までと変わらぬ様子で。
「! どうして……!」
『まんす、であえた、よかった』
 そして、彼女は微笑んだ。二度目の、満面の笑みだった

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