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十八章 暗転する光‐shock‐(7)

 途端にアシュレイは盛大に溜め息を吐く。
「誰からそう聞いたのかは知らないけど、また謎の信頼感?」
 突き刺さるような言葉に図星を突かれ、思わず反論できなくなる。
 縮こまるターヤを呆れ顔で見下ろしていたアシュレイだったが、遂には視線を外した。
「ま、勝手にすれば? あんたがそうやって信頼する相手っていうのは、意外と当たりが多いみたいだし」
「おまえって本当に素直じゃないよな。ターヤを心配しているのなら、はっきりとそう言えよ」
 そこにアクセルが爆弾を投下するものだから、案の定アシュレイが噛み付いてきた。
「はぁ!? 何言ってんのよあんたは!」
「動揺してるのが諸バレだっつーの。おまえって本当に解りやすいよな」
「あんたのせいじゃない!」
「何でそこで俺のせいにするんだよ!」
 そんな二人の口論というか喧嘩というか、ともかく通常運転なやり取りを背景として、エマは思考する。
「古都か。ここからだと、[エンドゥリオ海底洞窟]を通る事になるな」
「海底洞窟、って事は海の下を通るの?」
 興味津々といった様子で見上げてきたマンスに頷く。
「ああ、ヴィラと[港町バイミリア]の間を歩行可能にしているダンジョンなんだ。ここから古都に行くには、そのルートが最適だろう」
「そうですね、トープネン風穴からアルタートゥム砂漠を越えるよりは良いと思います」
 いつの間にかアクセルとの口喧嘩は終わっていたようで、アシュレイが彼に同意する。
 だが、すぐにその顔が曇った。
「それに、あの近くには――がありますし」
 何があるのかまでは小声すぎて聞き取れなかったが、次の瞬間には既に彼女は普段通りに戻っていた。そのあまりの短さと切り替えの早さは、まるで一瞬前の様相など嘘であったかのようだ。
 そこに誰かが触れる前に、エマは話を繋げる。
「そういう訳だ、古都に行くのならば、海底洞窟を通るルートが良いだろう」
「そうだな。ところで、俺は別に異存は無いけれど、この行き先に異論のある奴は居るか?」
 賛同したレオンスが皆を見回す。
 異論を唱える者は居らず、ターヤは小さく安堵の息を吐いた。最近は実に私的な理由で皆を振り回している事が多いが、それを申し訳ないとは思いつつも、彼女に好機を逃す気はさらさら無かった。無論、この恩は後々何らかの形で返そうと思ってはいる。
 異議が無い事を確認すると、次の目的地を古都と定めた皆はそれぞれ席を立つ。
 彼らに倣いながら、ターヤはふと思考の海に足を踏み入れていた。
(古都かぁ……廃墟になってるって聞いたけど、どんな感じになってるんだろ?)
 そもそも廃墟になる以前の古都を見た事の無いターヤであったが、戦場となったが為に人が離れていってしまった街が気になったのだ。しかも元々〔十二星座〕が本拠地を構えていた場所だともいうのだから、不謹慎だとは感じつつも益々興味が湧く。
 以前は歴史ある雰囲気が漂っていた街は、現在どのような惨状と化しているのか。
 それはターヤのものというよりは、彼女と時おりシンクロする『ルツィーナ』の思考であるように思えた。ただし、これまでのように唐突に記憶が途切れる事は無いので、乗っ取られる事は無くなってきているのではないだろうか。
(でも、偶にルツィーナさんが出てくるって事は、何かしたい事があるのかな? それとも、ただ単に助けてくれてるだけ……?)
 皆から聞いた話を纏めるに、ターヤの身体を乗っ取ってルツィーナが現れる時は、決まって彼女が危機的状況に陥っているか難問に直面している時なのだそうだ。そう言われてみれば確かに、意識が途切れたと思いきや突破口が見付かっていたなどという事もあった。
 幾ら考えてみても彼女の意図はよく解らず、一旦ターヤは思考を止めた。
(とにかく、もう少しでルツィーナさんの話が聴けるかもしれない)

 ルツィーナを目の前で喪っているらしきハーディが簡単に気前良く話してくれるとは思えないし、そもそも古都で出会うのが彼ではない可能性の方が大きいだろう。
 それでも、もし教えてもらえるのならば、そこからルツィーナがどのような人物だったのか知りたいと、そうターヤは考えていた。


 しかし、海底洞窟に足を踏み入れた一行は予想外の事態と遭遇する事になる。
「! アシヒー!」
 洞窟内部を半ば辺りまで進んだ彼らが目にしたのは、鋼色の光を纏う巨大なハリネズミと、鈍色の光を纏ったアルマジロを従えて彼と対峙している一人の男性の姿だった。
「《精霊使い》……!」
 その人物を認識した瞬間、マンスの表情が一変する。
 彼もまた一行を視認するや、更に面倒そうな顔付きと化した。
「あんたらっすか……運が悪いんだか、飛んで火に入る夏の虫なんだか」
 ふぅ、と一息つく。
「まぁ手間が省けたって事で、ここであんたらを潰して、仕事を完遂させてもらうっす。《鉄精霊》、《鋼精霊》の足止めを頼むっす」
 先の一件で一行を完全な敵と見なしたようで、《精霊使い》は《鉄精霊》に《鋼精霊》の相手を任せると、自身は彼らの方に向き直る。
 彼自身が戦うところなど一行の誰も見た事が無いので相手の戦闘力は未知数だったが、基本的に《精霊使い》は人工精霊を使役して戦わせるので、本人の戦闘力はそれ程高くないのではと前衛組は踏んでいた。
「そんな事、絶対にさせない!」
 相手の言葉に真っ向から反発すると、マンスは巻物を取り出して自身を取り囲むように広げる。
 それが戦闘開始の合図となった。
 先手を取ったのは《精霊使い》の方だった。いきなり右袖を捲った男性に一行が驚いた隙に、彼はその下に装着していたブレスレットを敵勢へと見せつけるが如く衆目に晒した。
「! 魔道具――」
 アシュレイが言い終えるよりも早く、男性が喚ぶ。
「《羽精霊》」
 瞬間、その魔道具から薄い黄緑色の光が飛び出した。
「「!」」
 それは男性の前方上空に移動すると、形作っていく。そして《風精霊》に匹敵するくらいの巨鳥ではないものの、一般的なものよりは大きな鳥がその姿を顕した。
 全身を淡く《風精霊》よりも更に薄い黄緑色の光で覆われている鳥を目にした瞬間、マンスが驚愕を顕にする。
「また人工精霊……!」
 そして即座に《精霊使い》を睨み付けた。
「どうしてこんな事するのさ!」
 召喚の詠唱に移る事も忘れて、少年は相手へと激情を叩き付ける。
 けれども《精霊使い》は鬱陶しそうに眉根を寄せただけだった。
「相変わらずぎゃーぎゃー煩いっすね。これだからガキは嫌いなんすよ」
 一気に表情を変貌させたと思いきや、それが合図であったかのように《羽精霊》が一行へと向けて無数の鋭利な羽による攻撃を降り注がせていた。
「! 『展開』!」
 反射的にエマが最前線へと飛び出し、不可視の盾を生成して皆をその攻撃から護る。
 彼に囮の役を買ってでてもらっている間にも、前衛組は迂回して直接《精霊使い》を叩こうと試みた。
 だが、その接近に気付いた羽精霊が《精霊使い》の周囲を取り囲む防壁の如く四方八方へと羽を飛ばしたので、彼らは接近の断念を余儀なくされる。

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