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十八章 暗転する光‐shock‐(6)

「ここに居たんだ」
 全体としては二度目の遮りを受けた事で、自然と皆がそちらを向く。
 そして、その声の主を視界が捉えた瞬間、老女は固まった。
「スラ、ヴィ……?」
 掠れたような吐息は、風に呑まれて彼までは届かない。
 老女の様子が変わった事にターヤは気付き、彼女へと視線を向ける。けれども、かけられる言葉は思い当たらなかった。
 イーニッドもまたすぐにスイッチを切り替えたのかその表情は瞬時に仕舞い込み、誤魔化すかのようにターヤを見上げる。
 幸か不幸か、アクセルもスラヴィも彼女の変化には気付いていなかった。
「別れる前に、そなたに言うておきたいことがある。古都に行ってみなされ、ターヤ」
「古都?」
 そう言われて思い浮かぶのは[古都の廃墟ヴィエホハ]以外には無い。
 彼女の面から内心をある程度予想したのか、老女は首肯した。
「そこで、そなたは星を司る者と出逢うじゃろう」
「星を司る者……?」
 反芻しながら首を傾げてみて、そこでふと思い浮かぶものがあった。
「! もしかして、〔十二星座〕の人!? ハーディ!?」
 思わず詰め寄ってしまうターヤだが、老女は飛び跳ねる事も無く冷静なまま首を振る。
「誰と逢えるかまでは行ってみなければ解らぬ。だが、必ず〔十二星座〕のうちの一人とは出逢える筈じゃ」
 彼女の予言に、期待が更に膨らむ。ヴォルフガング曰く今も昔もルツィーナのことを一番よく解っているという彼に――《獅子座》ハーディ・トラヴォルタに、会えるのかもしれない。彼女について訊けるのかもしれない。
「ありがとう、イーニッド――」
 そこできちんと礼をしていなかった事を思い出して振り向くも、そこには誰も居なかった。まるで最初から居なかったかのように、露店すらも跡形も無く消え去っている。慌てて周囲を見回してみても、彼女らしき姿はどこにも見当たらなかった。
「あれ?」
 きょとんとした顔で首を傾げた後、ターヤは彼女を待っている間に会話していたアクセルとスラヴィに声をかける。
「ねぇ、二人とも、イーニ――そこに居た占い師の人、どこに行っちゃったか知らない?」
「いや、見てねぇけど……いつの間にいなくなったんだよ、あの占い師」
 先刻の彼女同様辺りを見回してから、アクセルは呆れと感嘆の混じった息を零した。
 スラヴィはといえばあまり事態を理解してはいなかったようで、不思議そうな顔付きになる。
「君は占い師と話していたの?」
 その言葉に、思わず真実を伝えたくなった。
 しかしながら、先程のイーニッドの渋りようを思い出し、まだ彼には告げてはならないような気がした途端、そこについては何も言えなくなる。あんなにも近くに居たのに遠い、そう思う事しかできなかった。
 それでも今のスラヴィには言えなかったので、心中を隠してターヤは応じる。
「うん、ちょっとね。それで、スラヴィは呼びに来てくれたの?」
「うん、君達がなかなか戻ってこないから」
「おまえが待てなさすぎるんだよ」
 真顔で答えたスラヴィにはアクセルの指摘が入れられた。
「ともかく、とっととあいつらと合流しよーぜ? あの占い師には……まぁ、またどこかで会えるだろ」
「うん、そうだね」
 後ろ髪を引かれる思いで彼女が居た筈の場所を眺めてから、何とか振り払うようにしてターヤは踵を返し、アクセルとスラヴィの後に続いたのだった。

 かくして一行は、ヴィラに点在するカフェのうちのとある机――最初にメンバーの大半が休憩地点として選んだ場所に集う。
 全員が揃った事を視線だけで確認してから、アシュレイがスラヴィに本題を放った。
「で、心の整理がついたそうだけど、結局あんたはどうする事にしたの?」
 七人分もの視線を受けても全く動じていない少年だったが、すぐには話を始めなかった。
 アシュレイも皆も急かす事はせず、彼自身が決心するのを待つ。
「俺は、やっぱり《世界樹》を赦せない」
 ようやく零されたのは、以前よりも更に強い憎悪を湛えた回答だった。やはり簡単に割り切れるものではないようだ。
「けど、ただ怨んでいるだけじゃ何にもならないから、そこは自制するようにする」
 だが、続く言葉には皆が驚きを顕にした。てっきりそのまま怨み続ける事になるのではないかと予想していたのだろう。
 一瞬にして多数の驚き顔を向けられる事となった少年の方が寧ろ、驚きに身を竦ませてしまう。
「俺を何だと思っていたの?」
「いや、まさかあんな事を言われて、簡単に割り切れるとは思わなかったからな。だってそうだろ? 俺がおまえの立場だったら、きっと恨みを募らせてるぜ?」
 僅かに冗談めかして言ったアクセルを、エマが密かに凝視していた事を知る者は居ない。
「アグハの林で目覚めたあんたは《世界樹》への恨みだけで突っ走ってる状態だったし、それを見てるとどうにも悪い方にしか考えられなかったのよ。けど、そこまで馬鹿じゃなかったみたいで安心したわ」
 アクセルに続くようにしてアシュレイも正直なところを明かした。
 残りの面々もだいたい同じような事を考えていたようで頷いている。
 これにはスラヴィが嘆息してみせた。
「俺もそこまで愚かじゃないから」
 それすらも珍しく、どうにも今までとのギャップがあって慣れないのか、マンスは目を瞬かせながら彼から視線を逸らさない。
 こちらにも呆れるスラヴィであった。
「確かに俺は《記憶回廊》としての時期が長かったけど、こっちが素の俺だから」
 だからまるで珍獣を見るような目で見るのは止めてくれ、と言外に語っている。
 しかし、そこまで読み取れる程マンスは大人びている訳でも技量がある訳でもない為、疑問を浮かべて不思議そうな眼差しを相手へと向けるだけだった。やはりスラヴィの言いたかった事は伝わらなかったらしい。
 スラヴィが何とも言えない表情になれば、アクセルが笑う。
「そいつはまだガキだからな、ちゃんと言わなきゃ伝わらねぇよ」
「むっ! ぼくをばかにするなー!」
 憤ったマンスがアクセルに襲いかかっているのを背景に、レオンスがスラヴィへと声をかけた。
「それにしても、今までのおまえに慣れていると、表情豊かなところを見るのは驚かずにはいられないな」
 何気なくマンスのフォローを入れているところからして、やはり彼は少年を人一倍気にかけているとしか思えない。まるで少年の保護者のようだった。
 そんな彼の後ろに少年が逃げ込んだ事で、追いかけっこにはすぐに終止符が打たれた。
 大人げなく悔しがるアクセルを眺めつつ、きりが良いと感じたのでターヤは思いきって口を開く。
「そうだ、それでね、古都に行きたいんだけど……良いかな?」
「古都、って、あんな廃墟に行って何をするの?」
 だがしかし、当然の事ながら訝しげな声が返ってきた。
 それもその筈、何せ古都ヴィエホハは今や廃墟と化しているのだ。当時は既に〔十二星座〕も実質的な解散状態にあった為、五年前の〈軍団戦争〉の際に戦場の一つとなってしまったのである。今では家の無い貧民などを除けば、誰一人として住んでいない事になっている。
 それでも、ターヤには古都に行きたい理由があった。
「古都に行けば、ハーディに会えると思うの」

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