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十八章 暗転する光‐shock‐(3)

 勿論、セアドも双子龍も断る気はさらさら無かった。
「だ、そうだけど、テレル、カレル、異論はねぇよな?」
『肯定』
『問題無い』
 あっさりと首肯した彼らには、内心では跳び上がらんばかりに喜びつつもマンスが驚きを見せた。
「え、でも、あそこは聖都に近いし、近くにカレルとテレルが姿を隠せる場所も無いんじゃ……」
 彼にそう説明したエマもまた両目を大きく見開いている。
 一行の反応にセアドは苦笑した。
「幾ら〔教会〕の奴らに見られようが、人が簡単に入れねぇ霊峰にあいつらが足を踏み入れられる訳ねぇだろ。そもそも、キミらが今回コイツらを呼んだのは聖都にもっと近ぇ大森林だったじゃねぇか」
「あ……」
 言われてみれば、確かにその通りである。なぜ気付かなかったのだろうか、とその時マンスと同じく一行の誰もがいっせいに思った。
 そんな彼らにセアドは苦笑してから、一段落ついたとみて話の流れを主導権を握る。
「んじゃ、行くと決まったんならとっとと行ってこいよ。キミらも問題ねぇだろ?」
 そして相棒達へと確信を持った視線を寄越した。
『肯定』
『我らは疲れてなどいない』
 予想通り、双子龍は本日二度目の飛行について異論は唱えなかった。この程度の事で簡単にへばってしまうような龍ではないのだ。
 わざわざそこについても確認してきた事に対する若干の皮肉が含まれた返答に、セアドは申し訳無いという顔になる。
「だと思ったよ。つー事でこいつらも問題ねぇって言ってるけど、今すぐ行くか?」
「! 行く!」
 その言葉で覇気を取り戻したのか、他の面子が口を開く前にスラヴィが即答していた。
 セアドとしては『今すぐに』というのは冗談のつもりだったので、この言い方は失敗だったかと内心で後悔する。何せ既に日も暮れているのだから、今から動くとなると双子龍ではなく一行の方に問題が生じる可能性が挙げられるからだ。
 寧ろ今すぐにでも訂正したいところだったのだが、期待の籠った眼差しを向けられては言うに言えなくなってしまうセアドである。
「あー、いや、悪ぃんだけどな、坊主、今からってのは――」
「スラヴィ、貴方には申し訳無いが、もう時間が時間なんだ。明日にした方が良いのではないだろうか?」
 どうしたものかと思っていた矢先、エマによって助け船が出された。
 思わずアイコンタクトを取ろうとすれば、先程までの窮していた心中を見抜いたかのようなさりげない応答が返される。やはり、この場で一番気が利くのは彼のようだ。
 当然、スラヴィは納得がいかないというような顔になる。再び機嫌が急降下したのが手に取るように解った。
 それでも尚、エマは彼を諭す事を止めようとは思わなかった。逆鱗に触れないよう気を付けながら、穏やかな調子で言葉を選んでいく。
「貴方はこの問題には、一度時間をおいて接してみるべきだ。そうする事で新しく見えてくる事もあるだろう。それに、この林から直接行ける宿屋もある。今夜の寝床と夕食にも困らないからな」
 相手の言い分は尤もだと思ったのか、少年の勢いはみるみる縮んでいく。
 逆にエマから視線を向けられたセアドは、ここぞとばかりに胸を張ってみせた。
「そーそー! せっかくだしオレの宿屋に泊ってけよ! 今日はキミらからカレルとテレルが呼ばれた時点で休業にしちまったしな!」
「そんな経営で良いのかよ……」
 堂々ととんでもない事を暴露したセアドには、アクセルが脱力せんばかりに呆れる。

「良いんだよ、経営者はオレなんだから。つー事で、とっと行こーぜ?」
 肩を竦めてみせつつもその後についていく彼同様、他の面子もまた移動し始め、案の定マンスは双子龍に熱心且つ長い挨拶を告げていた。
 そしてスラヴィはといえば、不承不承いった様子で皆に倣っている。
「あいつ、更に訳が解らなくなったわね。やっぱり前の方が、まだましだったかもしれないわ」
「だが、今のスラヴィの方が本当の彼自身なんだ。自分の意思では思うように動けない時期が長かった為、あのように混乱してしまっているのだろう」
 その背中を眺めながらアシュレイが零した呟きには、エマがフォローを入れてきた。他でもない彼にそう言われてしまえば、彼女にはもう何も言えない。
「そう、ですね。エマ様が、そう仰るのなら、そうなんでしょうね」
 まるで従順な従者のような返答に、今度はエマの方が表情を動かしたのだった。


「《世界樹》!」
 翌日、霊峰ポッセドゥートの山頂に辿り着くや否や、スラヴィは双子龍の背から飛び降りると、まっすぐに門へと駆け寄っていった。
 ちなみに、一行の大半は寝不足だった。言うまでもなく、早朝にセアド共々スラヴィに叩き起こされたからである。どうやら彼は昨晩考えを整理してみたところで、当初の恨みが軽減するまでは至らなかったようだ。特に、一行の中では睡眠時間が長めなターヤとマンスは、未だ寝ぼけ眼をこすってすらいた。
 無論、当然の事ながらその前には門番達が立ち塞がる。
「邪魔をするな、俺は関係者だ」
 だから通せとは続けなかったが、そう言っているも同然だった。
 しかし、門番達はその場から微動だにもしない。幾らスラヴィが《記憶回廊》であろうと《世界樹》に反抗している現在の彼は侵入者にも等しい、と言わんばかりである。
 彼らの態度から、現在《世界樹》に対する自分の認識がそうなっている事を知り、業を煮やして強行突破に出ようとしたのかスラヴィは前進した。
「警告、これ以上の進行を禁止する」
 だが、それを易々と許すような『門番』ではない。
 この言動で完全に『部外者』扱いになっている事を自覚したスラヴィは思わず立ち止まりながらも、門の奥へと向かって感情を放らずにはいられなかった。
「っ……! どういう事なんだ、《世界――」
「どうやら己の記憶を取り戻したようですね」
 それを遮るようにして唐突に割り込んできた声へと、弾かれるようにして少年は叫ぶ。
「リチャード!」
 いつの間に門を潜ってきていたのか、門番達が開けた間から、世界樹の民が一人であるリチャードが姿を現していた。彼はそのままスラヴィの眼前まで進んでいくと立ち止まり、少年を見下ろす。
「《世界樹》に造られた分際で、あの方に反旗を翻そうなどと……いったいどのようなつもりなのですか、《記憶回廊》?」
「違う、俺はただ《世界樹》と話がしたいだけ」
「ですが、先程の貴方の様子では、ただ『話をしたいだけ』と言われましても、簡単に信用する事はできません。真にそう思われるのでしたら、頭を冷やしてから出直してきてください」
 リチャードの台詞は至極当然であり、スラヴィは反論が出てこないようだった。
 ターヤははらはらしつつも、自分が口を挟んではいけないのだと皆と同じように口を噤んでいる。自分が《世界樹の神子》だと知った時の彼の顔と声が、一晩経った今でも彼女は忘れられなかったからだ。直接何か恨み言を口にされた訳ではないが、どこか敵意の混じったような彼の態度を怖いと感じたのだ。
(スラヴィの思いを邪魔するような事はしちゃいけないとは思うんだけど……もし、このまま怒りに身を任せちゃったら……)
 自然と嫌な方向に想像が行ってしまい、慌てて首を左右に振る事で振り払う。大丈夫だと、思いたかった。

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