The Quest of Means∞
‐サークルの世界‐
十七章 失った過去‐Slavi‐(4)
「そうそう、俺らが物知りなんだよ」
「赤が威張る程の事じゃないよ」
ここぞとばかりにセアドの発言内容に便乗したアクセルの言葉は、しかしマンスによってばっさりと切り捨てられた。途端に大人げなく掴みかからんばかりに反論し始めたアクセルを背景にして、セアドは説明を始める。
ちなみに大人げない青年はといえば、即座に二大ストッパーによって力ずくで止められていた。
「龍の寿命は人間の何十倍だ、って事は知ってるか? だから、こいつらも実年齢はすげぇんだ。確か……何百歳かは行ってたよな?」
『肯定、三百歳以上』
さらりとカレルが告げた数字には、初耳である者達が驚きを隠せない。
「案外年寄りなのね」
「いや、龍は千年くらい生きるって言うし、人間に換算するとまだ三十歳くらいだろ?」
いつぞやの仕返しとばかりに若干の皮肉を込めたアシュレイだったが、それはものの見事にアクセルの純粋な指摘によって費える事となった。かくしてアクセルはアシュレイから鋭く刺すような視線を向けられるのだが、彼には訳が解らない。
この一部始終に苦笑しつつ、レオンスは素直な感想を述べる。
「千年か……随分と龍は長生きなんだな」
「ね、龍って凄いでしょ!」
「ああ、そうだな」
さも自分の事であるかのように喜ぶマンスの頭を、レオンスは優しく撫でた。
「でだ、大昔は世界の支配者だった程強くて、そんだけ生きられる龍ってのは、いろいろと詳しくもなる訳なんだ。それに幾ら龍が誇り高くて他の種族を見下してるとはいえ、世界中の生命の担い手である〈世界樹〉のことは敬ってるからな、そもそも知ってて当然って訳なんだよ」
「まぁ、そういう事だ」
セアドの説明は、なぜかアクセルによって締め括られた。
話題に区切りがついたところを見計らって、少し不機嫌なままのアシュレイが次なる疑問を投下する。
「そういえば、何であんた達は人の精神に干渉できる訳? あたしは龍についてはそんなに詳しくないけど、そういう能力を持った龍が居たなんて話、聞いた事も無いわよ?」
不審げな眼差しを突き付けられたセアドは、肩を竦めるようにして相棒へとアイコンタクトを飛ばした。相手の許容を確認してから、どこか遠慮がちに話の中核へと入る。
「まぁ、こいつらだけの能力って訳じゃあねぇんだけどな、基本的に精神干渉はテレルとカレルの固有能力だ。龍の中では珍しい双子だかららしくてな、なぜかこんな能力を持ってんだよ。んで、それをこのアグハの林が何倍にも増大させてるっつーだけなんだよ」
「じゃあ、おにーちゃんが凄い力を持ってるって訳じゃないんだ」
感心しつつも驚いたように見上げてくるマンスは実に子どもらしく無邪気なまでに残酷で、思わずセアドは肩を竦めてみせたのだった。
「オレ自身はただの普通の人間だ、何の特別な力も持っちゃいねぇよ」
「しかし、なぜこの場所が重要なんだ? 確か、以前アクセルはこの場所を『聖域』と言っていたが、その事と関係があるのか?」
間を開けずに問うてきたエマの気遣いに苦笑しつつ、その通りだと首肯する。
「ここは……十年くらい前に、ある出来事があってな。それから〈マナ〉が集まりやすい神聖な場所になったんだよ。龍は〔教会〕の奴らに『聖獣』って呼ばれてるくらいだからな、〈マナ〉が多ければ多い程更に強くなるんだ」
「へぇ、という事は、この場所では、ただでさえ強い龍が更に力を増すという訳か」
興味深い、と言わんばかりにレオンスが顎に片手を添えた。
同様に関心は示しつつ、けれども気になる点を見付けたアクセルは問を口にする。
「それにしても、ここでいったい何があったんだ? あの闇魔が居た事と、何か関係があるのか?」
だが、この問いに関してだけ、セアドは答えようとはしなかった。彼の様子や反応からして理由は知っているようだが、話す気はさらさら無いのだろう。
その事を察知したからか、アクセルも追及しようとはしなかった。
「んじゃ、オレらばっかり質問されんのもあれだし、今度は嬢ちゃん兄ちゃん達に答えてもらうぜ」
「何よ」
悪戯っぽくそう言ってセアドがさりげなく話題を切り替えれば、未だ尾を引いているらしきアシュレイから不機嫌な視線が飛ばされてくる。依然として、彼女は彼に対して心を開いてはいないようだ。
ある意味では当然かと思いつつセアドが見たのは、他ならぬターヤであった。
「あの嬢ちゃんはオレらが人の精神に干渉できるって事、〈世界樹〉から聞いたっつってたよな。ただの人間にしか見えねぇけど、あの嬢ちゃんは何か〈世界樹〉と関わりがあんのか?」
真剣且つ探るような眼付きで問うてきたセアドに、しかし一行は即答できなかった。信用していない訳でないとはいえ、重要且つプライバシーにも相当する事実を本人の居ぬ間に伝えてしまっても良いのかと、視線を交わし合う。
彼らの雰囲気が幾らか固くなった事から、やはり何かあるのだとセアドは悟る。
『解答、彼の者は《世界樹の神子》なり』
しかしもう少しだけ鎌をかけみようかと考えたところで、カレルに口を挟まれていたのだった。
予想外の真打には、セアドだけではなく一行もまた面食らわざるを得ない。
「ちょっ……!」
「おまっ……!」
『疑問、慌てる必要性』
デリケートな問題だとして躊躇していた一行の心境などなんのその、カレルは掴みかからんばかりに抗議しようとするアシュレイとアクセルへと、心の底から疑問視しているような台詞を放り投げていた。
相変わらず全く持って掴めない双子龍に、二人は唖然とするしかなかった。
『重ねて疑問、そのような顔になる理由』
そんな二人を目にして、事の張本人たるカレルは更に腑に落ちなくなったらしい。どうやら意外と彼は天然なところがあるようだ。
益々間の抜けた顔となってしまった一行を見て、堪えきられなくなったらしきセアドが笑い始める。腹まで抱えたからか、アシュレイの射抜くような視線がオプションとして付いてくるが、本人は気にしない。
「わりぃな、兄ちゃんに嬢ちゃん達。こう見えて、カレルはなかなか好奇心旺盛なんだよ」
一旦笑みは引っ込み、驚きと感嘆がセアドの顔に浮かび上がる。
「それにしても、まさか嬢ちゃんが《世界樹の神子》だったとはなぁ。なら、あんまり心配しなくても大丈夫かもな」
「知っていたのか?」
急に笑い止んで感慨深げに呟いたセアドには、エマが問いかける。
「〈世界樹〉を思い出したら、ついでにピンと来てな。セフィラの使途ん事は全部知ってるっつー訳じゃあねぇけど、龍を相棒に持ってんだ、流石に《神子》っつー名前くらいは聞いた事くらいあるぜ」
そして彼はスラヴィの上に折り重なるようにして伏しているターヤへと再度目を向けると、先刻よりも余裕を増した笑みを浮かべたのだった。
「んじゃ、今代の《神子》サマのお手並みでも拝見といきますか」
ちょうどその頃、ターヤはテレルに導かれる形でスラヴィの精神の中を移動していた。
彼女を先導するテレルは道案内を開始してからは、徹底しているかのように無言だった。
ターヤとしてはそれがありがたい反面、僅かながらに寂しくもあった。その子ども染みており矛盾した感情を払拭するべく、他の事を考えようとして、懸念事項があった事をふと思い起こす。
(そう言えば、採掘所は大丈夫かな……?)
以前スラヴィがアウスグウェルター採掘所に張ってくれた〈結界〉は、彼の精神が崩壊したと同時に消滅した。そう《世界樹》は教えてくれた。
故に、ターヤはそちらの事も気になっていた。〈結界〉が無くなった事で誰かが入り込んでしまってはいないか、そして《守護龍》が居ない事を知って好機とばかりに〈星水晶〉に手を出してしまってはいないか。
だが、幾ら心配したところで現在の彼女に確認する術は無い。
何より、今はスラヴィを助ける事が先決だ。
(大丈夫でありますように)
両眼を閉じて、ぎゅっと胸の前で片手を握り締める。次に瞼が押し上げられた時には、既に彼女の意識は目の前の事態へと向いていた。