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十七章 失った過去‐Slavi‐(1)

「久しぶり! カレル、テレル!」
 風を大きく唸らせて大森林の中に降り立った双子龍へと、喜びに満ちた笑顔でマンスは駆け寄っていった。前回から全く日は経っていない筈なのだが、彼にはそれ以上に長く時間が感じられているようだ。
 彼らもまた表情にこそ出さないものの、どこか嬉しそうな雰囲気でマンスを迎え入れる。
『久しいな、精霊の愛し子よ』
『同意』
「二人共、元気みたいで良かった!」
 年相応の微笑みを向けてから、マンスは表情を急変させた。
「えっと、それで、今回二人を呼んだ理由なんだけどね……その、ぼくたちをセアドのおにーちゃんのところまで連れてってほしいの!」
 最初は相手の顔色を窺うように遠慮がちだったが、一拍分の間を置いてからは強い意志が込められていた。お願い、とその瞳が訴える。
 相手の真剣さを感じ取ったのか、双子龍はしっかりと頷く。
『それが我が友の頼みならば』
『了承』
「良かった! ありがと!」
 途端にマンスは顔を輝かせて礼を述べると、即座に一行を振り返った。それは試験や競争などで良い成績が取れた事を親に伝える子どものような、無邪気で純粋な嬉しがり様であった。
「だって! おにーちゃん、おねーちゃん!」
「あ、ああ、そうだな」
 少年のあまりの喜びっぷりに、若干気圧され気味のエマである。それは声にも表情にもありありと露出していた。
 無論、それはターヤやアクセル、並びにアシュレイも同じ事だった。
 唯一、レオンスただ一人だけが心の底から微笑ましそうに彼を見守っている。
『ところで、一つ問いたい』
「なぁに?」
『質問、現在地を選択した理由』
 テレルの言葉にマンスが首を傾げれば、カレルが問うてきた。
 瞬間、アクセルがぎくりと両肩を竦ませた。その選択と理由が間違いだったと思っているからではなく、彼自身は未だ気まずいと感じている『遺族』からの注目を浴びる事をどうにも避けたかったからだ。
 だが、その正直な反応を双子龍は見過ごさなかった。
『なるほど、汝の案か』
 アクセルが硬直するのも構わず、意図的にテレルは彼に視線を固定する。
「うん。もしかすると二人が降りてきた衝撃で……えっと、グ……何とかっていう猪が出てくるかもしれないけど、最強の種族の龍の二人なら簡単に追い返しちゃったりできるから、って赤が言ってたよ」
 結局『グリンブルスティ』という名は思い出せなかったようだったが、マンスは数分前に宿屋でアクセルが口にした言い分を、自分なりに噛み砕いて反芻する。本人としては悪気は無くただ単に伝えただけのつもりだったのだろうが、その内容の思案者としては肝が冷える思いだった。
 案の定、テレルはアクセルを見下ろしたまま鼻で笑う。
『汝は実に単純だな』
『同意、実に浅はかな思考なり』
「てめぇらまで俺を弄るのかよ!? つーか知ってるっつーの煩ぇよ!!」
 カレルにまで言われてしまい、思わず突っ込むアクセルであった。殆ど半泣き状態である。
 これには一行だけでなく、双子龍もまた笑った。今になって初めて知った事だが、どうやらカレルとテレルは意外と感情は豊かなようだ。
「さて、あまりこの場に居続けるのも得策ではないからな。彼らの許可も貰えたのだから、そろそろ出発しよう」
 一通り笑った後、仕切り直すようにしてエマが皆に呼びかけた。

 皆に弄られる事となったアクセルは不貞腐れてはいたが、現状は理解しているので拗ねてその場に鎮座したり動かなくなる事は無かった。ただし、特に双子龍とは極力目を合わせないようにしているのがよく解る。
 寧ろマンスは待ってましたと言わんばかりであるが、そこに皆を引き締める事となる声が飛ばされた。
「そうですね。イヨルギアの方も騒がしくなってきたみたいですし」
 見れば、アシュレイが耳を澄ましていた。その視線は軽い警戒の色を含みながら、イヨルギア方面に向けられている。
「流石にあれだけの暴風が起きれば、村民達も気付くって事か」
「いや、余裕をかましてる暇じゃねぇだろ」
 ふむ、と冷静に分析しているレオンスには、アクセルの突っ込みが入った。
 尤もだ、とこれには自覚があったらしい当の本人が苦笑する。
「ともかく、ひとまずはセアドの許に向かおう」
 全体に向けて呼びかけられたエマの言葉に、異論を唱える者は居なかった。
 それからすぐに一行が前回同様二手に分かれて双子龍の背に乗れば、彼らは即座にズィーゲン大森林から飛び立つや否や、農民達の目には止まらない速さで突き進み、イヨルギア方面から距離を取っていた。無論、騎乗者達の事も配慮して速度を緩めてはいたのだが、それはあくまでも『普段よりは』である。
 よって、離陸した数秒間だけ、一行は凄まじい風圧と負荷とに襲われたのだった。
「人目に映らねぇようにするのは当然の判断なんだけどよぉ……あれは、死ぬかと思ったぜ」
 航行速度が通常に戻って飛行が安定してしばらく経った後、アクセルが無言の空気を破る。しかし彼は言葉通り、精神的な疲労が伺える面持ちをしていた。
「な、情けないなぁ。赤の、くせに……」
 ここぞとばかりに茶々を入れてくるマンスだが、発言の割りには彼もまた全身で大きく息をしていた。やはり彼も一瞬とはいえ先程の重圧には耐えられなかったようで、呼吸が大きく乱れている。
 それは一行全員にもいえた事であり、けろりとした表情をしている者は誰一人として居なかった。
『苦言、貧弱なり』
『全くだ。汝らは実に脆弱だな』
「龍と、それ以外の種族を、一緒くたに捉えないでほしいわね……!」
 呆れたようなカレルとテレルの声には、即座にアシュレイが言い返す。だが呼吸が未だ整っていない事もあってか、そこに通常時のような威厳は見受けられなかった。
 言葉にこそしないものの、全員が揃って彼女に同意する。
「だいたい、あんたら、セアドにも同じ事をしてから、そう言いなさいよ。見たところ、あいつはそんなに身体が強いって訳でもなさそうだったし」
 この切り返しには、流石の双子龍も黙った。どうやら彼らはセアドを乗せた時に、先程のような急発進を行った事は無いらしい。
 途端に得意そうな表情になるアシュレイである。
「ほらね、あたしの言う通りじゃないの」
 呼吸も大分元に戻っているところを見ると、彼女の呼吸器官は一行では最も強いのかもしれない。
『うむ……』
 カレルは黙り、テレルは唸る。顔は見えないが、双子龍が完全に言葉に窮しているであろう事は声色から見て取れた。
「そもそも、人の事をとやかく言う前に、まず自分の行動を見直してみなさいよ」
 既に、この時点ではアシュレイに息が乱れている様子は無かった。
 しかしながらそうは言っているが、彼女自身ズィーゲン大森林にてソニアの鋭い追求から逃げているのだから、人の事は言えないのではないか、と思った一行である。勿論、理不尽な怒りの矛先を向けられる事は承知済みだったので、わざわざ口にしようとする者は居なかったのだが。
 そのようにしている間にも、目的地たるアグハの林が見えるようになってきた。
「見て! アグハの林だ!」
 気付いたマンスが嬉しそうに身を乗り出して指差すが、慌てて皆は彼を地上から見えなくなるような位置まで連れ戻す。
「おい馬鹿っ! 俺達はフェーリエンの奴らに見つかるとまずいだろーが!」

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