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十六章 『救世主』‐worship‐(9)

「だから、ぼくは男だってばーっ!」
 むきーっ、と憤りを顕にし、それを原動力として立ち上がり両腕を振るう少年だったが、アクセルはその頭を片手で掴むと、拳による攻撃を見事に遠ざけてしまう。そのまま彼は、思い付いたようにターヤへと言葉を放ってきた。
「それにしても、ターヤも変な奴に好かれたもんだよな」
 エルシリアについては何と言って良いのか解らず、眼前の光景には呆れるしかないので、ターヤは曖昧な笑みを浮かべるだけだった。アクセルは真面目なのかそうでないのか、よく解らない時がある。
 つい先程のエルシリアを思い出したのか、アシュレイが眉を潜めた。
「あの《堕天使》は、どうにも気持ち悪かったわ」
「確かに、あのエルシリア・フィ・リキエルは、どうにも気味が悪かったな」
 珍しくレオンスが彼女に同意する。
 元々〔教会〕自体とも彼女とも因縁のある二人だからこその感じ方なのだろう。
 そこがよく解らないアクセルは適当に相槌を打って、そこでまた何事かが思い浮かんだらしく、今度はヴォルフガングを見た。
「そう言えばおまえ、俺達に事情を説明した後いきなり消えたよな?」
「ああ、そこについてはすまなかった。けど、この子を助けてきたんだから、そこは不問に処して欲しいところだな」
 苦笑するヴォルフガングの言葉は、尤もといえば尤もである。
 悪寒を振り払ったらしいアシュレイもまた、青年を訝しげに見ていた。いつもの疑っているような、あるいは納得がいかないといったような顔付きである。
「けど、あの時、あの魔法陣はあんたの意思で発動されたって感じじゃなかったように見えたけど?」
「あれは、彼女の魔法陣だった。そうだよな?」
 だが、彼女の詰問めいた疑問に本人が答えるよりも速く、なぜか関係の無いレオンスが口を開いていた。その顔面には普段通りの笑みが浮かんでいるが、それはどこか無機質めいているように思えた。
 ヴォルフガングは彼を見て、思い立つものがあるようだった。
「! そうか、君は、あの時の……」
「ようやく思い出してもらえて何よりだよ」
 お兄さん、と付け足した単語をレオンスはわざとらしく強調する。
 逆にヴォルフガングは、申し訳無さそうに彼から視線を逸らした。
 まるで旧知の仲のような二人のやり取りに、残りの面々は驚かざるを得ない。忘れられた茶屋のところでは、全くそのような素振りは見せなかったのだから。
「俺は、ここで失礼させてもらうよ」
 顔を逸らしたまま、すぐにヴォルフガングはそう言って踵を返した。この場から逃げようとしている、と感じたのは決してターヤだけではなかっただろう。
「待って!」
 思わず呼び止めていた。まだ訊きたい事があったのだ。
 声の主がターヤだったからか、ヴォルフガングの足も止まる。ただし、彼が振り返ってくる事は無かった。
「あの、ルツィーナさんのこと――」
 そこまで口にして、その先をどう言えば良いのか解らなくなった。勢いのままに彼を引き留めてしまった為、言いたかった言葉の整理が全くできていなかったのだ。
「もしルツィーナについて詳しく知りたいのなら、ハーディに会ってみると良いよ。今も昔も、彼女の事はあいつが一番よく解っているからな」
 察してくれたようで、背中を向けたままヴォルフガングは答えをくれた。
 ハーディ。おそらくは〔十二星座〕が一人《獅子座》のハーディ・トラヴォルタのことを指し示しているのだろう。その人物のことを言っているとしか思えなかった。
 と、そこで青年はやっと振り向いたかと思えば、すまなさそうに苦笑してみせる。
「ただ、あいつが今どこに居るのかまでは知らないんだ。もし会いたいと思うのなら、自分で捜してみてくれ」
 そう言うと、今度こそ青年は大森林の中へと消え去っていってしまったのだった。

 いつぞやの初対面同様、去る時は素早い彼に、一行は少々唖然としてしまう。
 ただ一人、レオンスだけが苦々しげな表情で青年を見送ったのだった。しかしそれも一瞬の事で、すぐに裏側へと仕舞い込まれてしまったのだが。
「《天秤座》の事を知りたければ《獅子座》に会え、ね」
 ふむ、とアシュレイがターヤを見た。
「で、あんたはそんなに先代の事が知りたいの?」
「あ、うん。どんな人だったのか、知りたいの」
 特に利益や必要がある訳ではなかったが、ただ単純に今まで耳にしてきた『ルツィーナ』という人物のことが知りたかったのだ。先代《世界樹の神子》であったという事実は抜きにしても。
 ふぅん、と答えたところを見るに、アシュレイはこの件に興味は無いようだった。
「別に勝手にすれば良いんじゃない? 《水瓶座》の言葉を信用するのなら《獅子座》を見付けるのは大変そうだけど」
 次に彼女の眼が捉えたのは、レオンスだった。
「で、さっきあんたはあの魔法陣の主が誰だか解ってたみたいだけど?」
「さぁ、何のことかな?」
 自身の発言を撤回するかのように、レオンスは両肩を竦めてみせた。つまり答えを皆に提示する気は無いという意思表示なのだろう。
 しかし、この程度で引き下がるようなアシュレイではない。
「とぼけても良いけど、あたしには誤魔化せないわよ? あんたの反応からして、あの魔法陣は《情報屋》の仕業なんでしょ?」
 途端にレオンスは諦めたように眉尻を下げ、ついでに両腕も下ろした。
 アシュレイが若干得意げになる。
「図星みたいね」
「本当に君の観察眼は恐ろしいな」
 レオンスの言葉に、それ以外の面々も内心で同意した。彼の場合は、アシュレイが未だに警戒しており監視を続けているという点もあるのだろうが、それにしてもその眼の鋭さには恐れ入る。
 この言葉には鼻が鳴らされた。
「そもそも、あたしに誤魔化しや隠し事ができるっていう発想からして間違いなのよ」
 咄嗟に身を竦ませてしまうターヤとアクセルである。互いに同様の反応を取っている事に気付けば、同時に視線が絡まった。
 解りやすい二人は放っておいて、アシュレイはレオンスの言葉を待つ。
 青年は無言を貫きつつも思案しているようだったが、最終的には沈黙を保つ事を放棄した。
「ああ、君の予想通り、あれは間違いなく彼女の魔法陣だったよ」
 溜め息交じりに肯定する。
 するとマンスが不思議そうに見上げてきた。
「何でそう思うの?」
「そこは秘密と言っておくよ。その方が格好良いだろう?」
 こちらにはレオンスは答えなかった。ただ口元に人差し指を添えて、意味深な笑みを浮かべただけだ。アシュレイに崩された余裕を取り戻しつつあるらしい。
 案の定、アシュレイが思いきり眉根を寄せていた。
「ばっかじゃないの?」
 呆れ顔にしたり顔が返された時だった。
「ここに居ましたのね」
 どこか安心したような声と共に、一行が来た道を通ってソニアが現れる。
「「!」」
「ち、違いますわ! 決して戦いに来た訳ではないのでしてよ!」
 反射的に身構えた一行へと、慌ててソニアは両手を眼前に上げて横に何度も振った。追手でもなく、戦う意思も最初から無いのだと、杖を持っていない事を証明する為に。
 それでもアシュレイやレオンスは警戒を解かなかったが、アクセルは安心したようだ。
「何だ、ソニアかよ。驚かすなっての」

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レオ

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