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十五章 世界樹の街‐Tarja‐(6)

「確かに貴方は調停者一族の者ですが、同時に《世界樹の審判》でもあります。以前ケテルの傍から僅かに気配を感じたのですが、ここに貴方方が来た事で確信しました」
 こうも世界樹の民であるリチャードに断言されてしまっては、反論の余地も疑いの余地も失くしてしまうアクセルである。
「それから、ヴァンサンもまたセフィラの使途の一人です。彼は《基礎》の恩恵を受けた《世界樹の防人》であるが故に、この街の〈結界〉を管理しているのですから」
「そうか。だからそいつは世界樹の民なんだな」
 予想外のところから先刻の回答が返ってきて、若干レオンスが驚きを垣間見せた。
 彼が《世界樹》と世界樹の街を覆う〈結界〉の守護者であるのならば、まさしくそれは世界樹の民の証拠に他ならないだろう。
 これにはアシュレイが納得のいかない表情を見せた。
「そいつがセフィラの使途でここの〈結界〉の術者だって事は解ったけど、それだけで世界樹の民だっていう証明にはならないと思うけど? そもそも、あたしはそこの男みたいにどこか異様な人間離れした雰囲気を纏っている奴が世界樹の民なんだと思ってたわ。例えば〔PSG〕の受付嬢みたいな、ね」
 彼女の発言でエマは思い出す事柄があった。
 確か以前〔PSG〕でリチャードと話した時、彼は〔PSG〕と関係があるのではないかとのアシュレイの指摘には曖昧な答えしか返さなかったものの、ほぼ肯定と見て間違いない言動を取っていた。
 一方、なぜそこで〔PSG〕の名が登場するのか解らない面々は、困惑しつつも黙ってリチャードの応答を待った。
「さて、どうでしょうか」
 リチャードは相も変らぬ本心が読めぬ笑みで軽く受け流し、アシュレイは眉根を顰めつつも更に追求しようとする。
「僕を、疑っている?」
 だが、思いもよらぬ方向から発された言葉で、その話題は流される事となる。
 見れば、今の今まで無言を貫いていたヴァンサンが唐突に口を開いていた。その目はエディット同様前髪に隠されていて見えないが、確実にアシュレイに向けられていた。
「妹のことは、見てきた。だから、疑っている?」
 いろいろと端折られているので聞き慣れない者にはおおよそ理解しがたい発言だったが、生憎とエディットの口調で慣れているアシュレイならば解読は容易だ。
「ええ。あいつの兄だってだけで、どうにもあんたが信用できないのよ」
「妹には、すまない事をした」
 ヴァンサンがどこか申し訳無さそうに返した言葉は、明らかに直前のアシュレイの言葉とは噛み合っていなかった。
 当然、ターヤ達五人にはどこでどうすればそのような流れになるのかも、少年が口にしている内容も理解できない。
 それでも彼女だけは意味が汲み取れるようだった。
「あいつと何かあったって言うの? それがあんたを勘ぐらない要因に成りうる訳?」
 アシュレイのヴァンサンに対する返事は、全てにおいて現在二人が行っている会話の内容を皆に通訳して伝えるような役割を果たしていた。
 少年が頷く。勿論、と。
「なら、話してもらおうじゃないの」
 身体の前で両腕を組み、彼女は完全に聴く側の体勢へと移行した。
「僕は、選ばれた」
「《基礎》……《セフィラの使途》の一人《世界樹の防人》に、って事ね」
 ただしヴァンサンは言葉少なにしか語らない為、通訳は続行されている。
 もう少年は逐一頷く事はしないようで、話を続けた。
「僕は、十一歳。妹は、一歳だった」
「え? でも、君ってぼくと同じくらいだよね?」
 その言葉には十二歳のマンスが驚きを顕にする。
 彼の言う通り、マンスとヴァンサンはほぼ年齢的には同じであるように窺えた。しかしエディットの現在の年齢から考えれば、今は二十代くらいにはなっている筈だ。
「本当なら、二十一歳」

「えっ! じゃあ、何で……」
 相手の気に障るかと思い、それ以上は言葉にできないターヤだった。
「選ばれた、だから、十一歳のまま」
「つまり、セフィラの使途として選ばれたから年齢が止まったって事?」
 発言がアシュレイにより訳された瞬間、彼同様にセフィラの使途だと言われていたターヤとアクセルが表情を一変させた。そしてすばやく互いに顔を見合わせ、次いで恐る恐るリチャードへと顔を向ける。
 すると彼は答えをくれた。肯定するかのような笑みと共に。
「いいえ、年齢が止まるのは《世界樹の防人》――『イェソド』だけですよ」
 一瞬その含みを持った笑みに度胆を抜かれかけた二人であったが、相手にからかわれたのだと解って安堵の息を吐く。
「び、びっくりした」
「ったく、冷や冷やさせるなよな」
「すみません。お二人の反応があまりに面白かったもので、つい」
 隠す事無くあっさりと本心を口にしたリチャードに、呆れすぎたアクセルは返す言葉すら失ったのだった。あぁそうかよ、とでも言いたげに両肩が力を無くして垂れ下がっている。
 そんな彼らは置いておき、レオンスは話を元に戻した。
「けど、どうしてそいつ……と言うか《世界樹の防人》だけが、選ばれると年齢がその時点で止まってしまうんだい?」
「《基礎》の恩恵を受ける《世界樹の防人》だからです。マルクトはその防御に秀でた能力を以て、世界樹の街の〈結界〉を維持する任を与えられます」
「いつまでなの?」
「次代のイェソドへと任が受け継がれるまでです。とは言いましても、セフィラの使途の代替わりの基準は《世界樹》しか知りませんので、不定期と言えばそうなりますね」
 今日の夕飯は何かという質問に答えるかのような、気軽な声だった。
 唖然とするしか、なかった。元は人間であったヴァンサンは、セフィラの使途となって肉体年齢が止まっても人間らしい感情を持ちあわせているというのに、リチャードは変わらぬ笑みを湛えたままだ。先程のアシュレイの言葉が何となく理解できそうな気分だった。
 その彼女すらも、最早ヴァンサンに対する疑念は微塵も感じていないようだ。
 それから一行の視線は、自然とヴァンサンへと集っていく。
 彼はどこか複雑そうな様子を見せていたが、それを受けて話を続ける。ただし開口と発言は同時ではなかった。
「僕は、妹と両親を、置き去りにした」
「家を出た事を、後悔しているのね」
 後半部分をアシュレイが請け負えば、少年が首を縦に振って肯定した。
「妹は、きっと、恨んでいるから」
(あ、そっか、そういう事だったんだ)
 彼のその言葉で、以前〔月夜騎士団〕の本部にてエディットと対面して[世界樹の街]の話を振った時、彼女がどこか殺気立った理由がようやく理解できた気がした。彼女は今も尚ヴァンサンに――兄に置いていかれたと思っているのだ。そしてその感情は、今や怒りと殺意へと変貌を遂げているのだろう。
 少々脇道に逸れた話題が展開された結果、気付けば大樹の前に集まった人々の間に流れる空気は重苦しいものに化していた。
「それにしても、ターヤはなぜ自身の事を何一つとして覚えていなかったのだ? 異世界の技術がこの世界に伝わっているという事は、異邦人がこちらの世界を訪れた際には必ず記憶を喪ってしまう訳ではないのだろう?」
「それにロヴィン遺跡やアグハの林の時みてぇに、偶にこいつは別人みてぇになるけどよ、あれは何なんだよ?」
 重々しくなった雰囲気を少しでも解消するべくエマが気になっていた事をリチャードへと問えば、その思惑に気付いたアクセルが便乗してきた。そこは付き合いの長い『相棒』たる所以か。

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イェソド

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