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十五章 世界樹の街‐Tarja‐(5)

 どこか《世界樹》とも似たその樹々を目にしたターヤは、どこか懐かしいような感覚を覚えていた。
「あれが、〈生命の樹〉」
「はい。〈生命の樹〉には個々に名前が付いていまして、この名は貴女達《セフィラの使途》の名とも連動しています」
「せふぃらの、しと?」
 次々と初めて耳にする言葉ばかりが飛び出てくる為、ターヤは軽く混乱しかけていた。
 それは他の皆も同じようで、私語も殆どせずにリチャードの説明を清聴していた。
 彼は一行の様子を楽しそうに眺めながら続ける。
「〈生命の樹〉は一本単位では〈セフィラ〉と呼び表されまして、そのセフィラには『ケテル』や『コクマー』といった個々の名称があります。そしてそのセフィラの恩恵を受け、ここから動けない《世界樹》の代わりに世界を見て回る者が、この世には代々存在してきました。それがセフィラの使途なのです」
 それは、以前リュシーから聴いた話とおおよそ似通っていた。
 けれど、今新たにリチャードの説明から知り得た事実も多い。
「つー事は、ターヤの前にも《世界樹の神子》ってのが居たのか? つーか『ケテル』ってのも、こいつの呼び名なんだろ?」
「はい。彼女の前にも《世界樹の神子》は存在していましたよ。それと『ケテル』達セフィラの使途はそのセフィラの名を冠すると同時、また別に固有の名称を与えられます。例えば貴女ならば《世界樹の神子》というように」
 アクセルの質問に答えるリチャードだが、その視線はずっとターヤ一人に向けられていた。
 要約すれば、ターヤはセフィラが一角〈王冠〉の恩恵を受けるセフィラの使途であり、その名を冠して『ケテル』と呼ばれる事もあれば、別に《世界樹の神子》と呼ばれる事もある、という事のようだ。
「つまり、そのセフィラの使途っつーのには名前が二つもあるって事かよ。めんどくせぇしこんがらがりそうだな、それ」
 お手上げだとでも言わんばかりに両肩を竦めてみせたアクセルの言葉には、皆もまた内心で同意する。呼称は解りやすく『ケテル』一つだけで良いのではないのか、とその時ほぼ全員が同じ事を考えていたのだ。
「ところでセフィラの数だけ使途もまた居ると言うのなら、ターヤの他にもセフィラの使途が居るんだろ?」
 続くレオンスの発言により、皆もそこに気付く。
「確かにそうね。その男の言う事が確かなら〈生命の樹〉は十本のセフィラで構成されているもの。ターヤの他にもセフィラの使途が居るって事になるでしょうね」
 納得の表情でアシュレイが同感の意を示した。ただし発言元がレオンスだからなのか、どこか渋々といった様子で。
 二人の言葉を受けて、マンスがリチャードを見上げた。
「って事は、残りの九本のセフィラにも名前があるんだよね?」
 少年の問いに青年は頷き、説明を始める。
 曰く、セフィラには階級があり、それはセフィラの使途にも引き継がれているそうだ。
 第一位『ケテル』こと《世界樹の神子》。一部分の仕事だけではあるが実質的な《世界樹》の代理にして、セフィラの使途の中でも格別な存在。現在ではターヤのことを指し示す。
 第二位『コクマー』こと《世界樹の賢者》。第三位『ビナー』こと《世界樹の審判》。第四位『ケセド』こと《世界樹の巫覡》。第五位『ゲブラー』こと《世界樹の神官》。第六位『ティファレト』こと《世界樹の語部》。第七位『ネツァク』こと《世界樹の隠密》。第八位『ホド』こと《世界樹の舵手》。第九位『イェソド』こと《世界樹の防人》。第十位『マルクト』こと《世界樹の騎士》。この残り九つについては名称しか紹介されなかった。
「しかし話を聴いていると、何だかターヤだけ特別という感じだよな」
 レオンスとしては何気無い一言だったのだが、それはターヤの胸中に居座った。良い意味で捉えたのではなく、まるで自分は皆とは違う異質な存在なのだと言われたかのような気持ちになってしまったのだ。

 最初は単なる記憶喪失だから、と無意識のうちに目を背けていたのだろう。しかし幾ら記憶喪失とはいえ、少女はあまりにこの世界のことを知らなさすぎた。誰もが『あたりまえ』だと感じる事にすら、心の奥底では直感的で自然な違和感を覚え続けていたのだ。
「ああ、それでしたら簡単な事ですよ。貴方方がケテルをどこか『特別』だと感じるのは、彼女がこの世界の人間ではないからです」
 リチャードはといえば、さも大した事ではないかのように、呆気無く真実を寄越してくる。
 瞬間、皆の表情が固まった。


「それはつまり、ターヤが異邦人という事なのか……?」
 さらりと投下された爆弾発言に、エマ達は驚きを隠せない。
 しかし、ターヤ本人はそれ程驚きを感じてはいなかった。寧ろ、今まで抱えてきたもやもやとした正体不明の何かが、急に憑き物が落ちたかのようにすとんと消え去った感覚に襲われていたのだから。
(そっか、やっぱりわたしはこの世界の人間じゃなかったんだ)
 故に、普段の自身ならば『ありえない』と思ってしまいそうなリチャードの言葉も、今はすんなりと信用できた。
「元々この世界には、時々異邦人が訪れる事くらいはご存じですよね?」
 逆に信じられないと顔で語っている彼女を除いた一行へと、リチャードが話題を振る。
 これにはエマが応えた。とはいっても、彼もまた唖然とした表情のままだったが。
「あ、ああ。機械などは異邦人が伝えた物だと聞いているが……」
 異邦人。それはここモンド・ウェンディタとは別の世界――『異世界』からこの世界を訪れる人々の総称だ。偶にしか訪れない上、戦闘能力も皆無なのでモンスターや盗賊などに殺されてしまう事も少なくはないようで、彼らと会う事のできる者は極僅かなのだが、彼らはこの世界にはないさまざまな知識や物を伝えてくれる。
 その最たる例が『機械』だ。それ自体はこの世界と相性が悪く現在では廃れたも同然の状態だが、それを応用した魔導機械は一部の普及ながらも大きな役割を果たしている。
「代々《世界樹の神子》はその異世界の住人から選ばれるのです」
「! ま、まじかよ」
「じゃあ、本当におねーちゃんは異世界の人なんだ」
 再び一行の目がいっせいにターヤを向き、寧ろ彼女はその事に驚いてしまう。
「はい。彼女は間違いなく異邦人であり、今代の《世界樹の神子》です」
「じゃあ何か? ターヤがこの世界について全く知らなかったのは……」
「彼女が異邦人だから、という理由も大きいですね」
「まじかよ」
 今度こそ、アクセルはその顔面いっぱいに驚愕の意を表したのだった。
 次々と提供される情報を脳内で整理するだけでほぼいっぱいいっぱいになってきている一行だったが、リチャードは彼らの事情などお構いなしだ。
「それからセフィラの使途には特権として、全員が闇魔に有効な手段を与えられています。これにより、光属性の攻撃を習得していなくても闇魔を倒す事が可能になります」
 その言葉に、たった今感じた驚愕を抱えたままながらも皆は思い当たる点があった。
「って事は、アクセルもセフィラの使途なの?」
「あ、いや、俺は――」
 アシュレイの問いを、若干申し訳無さそうにアクセルは訂正しようとする。彼の力はあくまでも調停者一族に由来するものであり、セフィラの使途とは関係が無いからだ。
 だが、リチャードは首を縦に振ったのだった。
「ええ、無論その方もセフィラの使途の一人、《理解》の恩恵を受けた《世界樹の審判》です」
「は!?」
 この事実に誰よりも驚きを示したのはアクセル自身であった。
 無論、他の面子も第二の衝撃に見舞われていたが、それよりも本人の驚きの方が格段に強かったのだ。

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