top of page

十五章 世界樹の街‐Tarja‐(4)

「いやぁ、それにしても、まさか嬢ちゃん兄ちゃん達が、わしの孫と既に知り合いだったとはねぇ。意外と世界は狭いものだのう」
 感慨深げに老人は、数刻前の一行との会話で発した言葉と殆ど同じことを呟く。
 一行と話してみて初めて知ったのだが、彼の孫セアド・スコットと彼らは既に知りあっており、尚且つ双子龍にも乗せてもらったそうだ。ちなみにこの話は、殆どがマンスという少年から聞いたものである。
「それにしても、嬢ちゃん兄ちゃん達は帰りはどうするんだろうねぇ?」
 実際に本人達も思い至っていた問題は、スコットにとっても疑問だったようだ。
 問われた方の相棒達はといえば、さぁね、と言わんばかりの人間ならば両肩を竦めていたであろう様子で鼻を鳴らしただけだ。そこは自己責任とでも言いたげである。
「それもそうだのう。まぁ、用があったら〔軍〕の嬢ちゃんが連絡してくれるだろうし、儂が心配するのは杞憂だろうねぇ」
 基本的にギルドは大きくなればなる程メンバーと資金も増える傾向にある為、多人数となったギルドは通信用の魔導機械をメンバーに持たせる事が多い。特に〔軍〕や〔方舟〕や〔万屋〕などは、仕事をする上でも相互連絡が必要となってくるギルド故、メンバー全員が個々に通信機を有しているのだ。
 なのでアシュレイから連絡先の交換を持ちかけられた時、スコットはさして驚きもしなかったし、彼女の申し出にも快く応じた。彼自身もまた、これから先も彼らを馬車に乗せる事があるかもしれないと思っていたからだ。
「……ん?」
 ふと、そこで地面に大きな影が差した。
 一瞬モンスターかと判断して反射的に身構えるスコットと相棒達だったが、その巨大な影は彼らに気付いているのかいないのか、あっさりと通りすぎていった。御者台から顔を覗かせれば、山の方角へと向けて飛んでいく姿が一つ見える。
「何だったのかねぇ?」
 呆けたような老人の問いに、相棒二人は答えなかった。


「この方が、《世界樹ユグドラシル》です」
 連れていかれた先――街の中心に位置する丘で一行が目にしたのは、最大限首を動かしたところで頂上すら見る事のできない程に巨大な、天へと届かんばかりの大樹だった。
「これが、《世界樹ユグドラシル》……」
 リチャードの言葉を反芻するかのように、ターヤはその名を口にする。
「でっけぇ」
「これは……予想以上だな」
「おっきいねぇ」
 全員が全員、その圧倒的で神秘的な存在に目を奪われてしまう。無論それは、普段は基本的には何事においても余裕を保つレオンスすらも違わなかった。
 彼らが視線を戻してくるのを待たず、リチャードは一礼した。
「まず先に、改めて名乗らせていただきます。私は世界樹の民が一人、リチャードと申します」
 そこでようやく、皆は再び彼を振り向いた。
「! 世界樹の民って……!」
「やっぱりね、ここで出迎えた時点で薄々勘付いてたわ」
 驚くターヤ、やはりかと言いたげな顔付きになったアシュレイとエマとアクセル、相変わらず無言のまま彼を見上げているスラヴィ、聞き慣れない単語に首を傾げるマンス、そしてその単語を知っていたのか驚いた様子の無いレオンス、と一行の反応は綺麗なまでに分かれたのだった。
 世界樹の民。それは以前リュシーからターヤが聴いた話によれば、邪な輩から《世界樹》を護る為に世界樹の街全体に〈結界〉を張って外界から隔離した人々の総称だ。
「それから、もう一人ほど紹介させてください」
 続く言葉に応じて青年の陰から姿を現した人物を目にした一行は、更なる驚愕に見舞われたのだった。

「「!」」
「あんた――」
 現れたのは、一人の少年。ただし、その容姿は〔月夜騎士団〕が《最終兵器》エディット・アズナブールに酷似しすぎていた。
「彼はヴァンサン・アズナブール。私と同じく世界樹の民の一人です」
 今度こそ、アシュレイが完全に言葉を失う。
 対して、レオンスは胸部の前で腕を組んだ。
「アズナブール姓を名乗っているところからして、エディットと血縁関係にある事は間違いないみたいだな。けど、それなら何で彼は世界樹の民なんだい?」
 顔自体は笑っているが、誤魔化しや嘘は許さないという目だった。
 だが、リチャードも一筋縄ではいかない人物である。
「そこについては、今回はさして重要ではないかと思われます。今回貴方方が世界樹の街にいらっしゃったのは、ケテルについて聞く為だと私は記憶していますが?」
「それもそうだな」
 図星を突くが如く切り返されてしまい、抗弁できなくなったレオンスは両肩を竦めた。
 彼を論破したリチャードは、今度こそターヤに向き直ったのだった。
 ヴァンサンという名の少年は、紹介されてから今になっても一言すら発さない。
「さて、ケテル。以前、私は貴女に『ユグドラシル』の元に辿り着けば、知り得る全てを話すと言いました。その約束を、今果たします」
 瞬間的に心臓の鼓動が加速した。いよいよなのだと、この時を恐れながらも待ち望んでいたのだと、緊張して僅かに強張った全身が主張しているようだった。自然と胸の前で両手が合わさった。
 そんな彼女の様子を見越しているかのように、リチャードはすぐには本題に入らず勿体ぶる。
「ケテル、貴女は今まで、自分が他の人々とは『何かが違う』のではないかと感じた事はありませんか?」
 自分はみんなとは何かが違う、それはターヤがよく感じる事だった。
 彼女の反応を見たリチャードは微笑んだ。
「ご心配なさらず。それは貴女にとっては当然の感情です。なぜなら、貴女は一部分ながらも《世界樹》の代理を務める《世界樹の神子》なのですから」
 瞬間、皆の視線がターヤに集中する。
「わたしが、《世界樹の巫女》……?」
 声が、思うように出てくれなかった。その単語は、以前リュシーが教えてくれた『世界樹の目』なのだと――《世界樹》と対等な位置に立つどころか自由に歩き回れる『神』に等しき存在なのだと、脳が認識してしまったのだから。
 皆もまた、その単語に訊き覚えがあろうと無かろうと知っていようと知っていなかろうと、そこから言葉にできない神聖さは個人差があるものの感じ取れていたので、思わず話の中心に目を向けてしまっていた。
 彼女の言葉にリチャードは頷く。
「ええ。ただし、正しくは『巫女』ではなく『神子』です」
 発音は同じだが意味は異なる言葉なのだと、彼は念を押してきた。
「私がこれまで幾度となく貴女に対して使ってきた『ケテル』という呼称が、まさに《世界樹の神子》を指し示す言葉でもあるのですから」
 言われて驚きのあまり両目を何度も瞬かせてしまうターヤである。まさか知らなかったとはいえ、最初から答えは目の前で提示されていたも同然だったのだ。
「そもそも『ケテル』とは、《世界樹》が最初に創り出した〈生命の樹〉が一角であり、第一位〈王冠〉のことを指します」
「セフィロト?」
 聞いた事の無い単語だったようで、珍しくエマが思案するように口元に手を当てていた。
「〈生命の樹〉とは《世界樹》を補佐する十本の樹の総称です。《世界樹》を中心として等間隔でこの街を円形状に取り囲んでいますから、ここからならば見渡せると思いますよ」
 リチャードの言葉に従い、一行は視線を四方八方へと動かす。確かに彼の言う通り、皆が居る場所を囲むようにして等間隔に立つ樹が幾つか窺えた。ここからだと離れているせいか小さく見えるが、傍まで行けば実際は大きい事が解るのだろう。

ページ下部

セフィロト

​ケテル

bottom of page