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十五章 世界樹の街‐Tarja‐(3)

 けれど、どれだけ切に願おうとも彼女の祈りは届かない。あくまでもターヤは、この世界の中ではちっぽけで無力な一存在でしかなかった。
 ネガティブに陥りそうな自身を戒めるべく首を振った時、彼女は少し離れた場所に立つスラヴィが、棒立ちのまま初期位置から少しも動いていない事に気付く。彼はどこか苦しそうな悲しそうにも見える無表情で、女性と合成獣を見つめていた。
(スラヴィ、本当にどうしたの?)
 まるで、いつもの彼とは何かが違うように感じられた時だった。
「〈旋風〉」
 三度、女性の攻撃魔術が発動したのは。
 しかし、今度はアクセルとアシュレイも意表を突かれる事は無い。俊敏な動きで別の場所へと移り、足元から吹き上がるようにして発生した渦巻く風の攻撃を回避した。
 これに女性は動揺する事も無く、次なる魔術の準備に取りかかる。
 だが、いつの間にかその眼前には短剣を構えたレオンスが肉薄していた。
「悪いな、女性を相手にするのはあまり趣味じゃないんだが」
 それに気付いた合成獣は即座に踵を返そうとする。
「――《土精霊》!」
 けれども、気迫の籠った叫びが響き渡った矢先、その足元が瞬く間に崩れていた。突然の事態を回避できず、合成獣は躓いたように顔面から穴の中に落ちていく事となる。
「ぼくをなめないでよね! ――ノーム、そのまま突き上げて!」
 自信満々という様子で両腕を腰に当てたマンスが指示すれば、次の瞬間には腹部を突かれるような姿勢で合成獣が細長い岩に押し上げられてきた。そのまま獣は投げ飛ばされ、離れた位置に鈍い音と共に落とされる。
 女性もまた、レオンスの素早い幾度かの攻撃によって昏倒させられていた。
 それでもすぐには気を抜かずに門番達を警戒していた一行だったが、彼らは倒れ伏したまま動かなかった。
「おっし、これで『審判』終了、ってか?」
 大剣を肩口に担いだアクセルの言葉が合図となり、皆もまた各々の武器を仕舞う。
 ターヤは安堵の息を吐いてから、慌てて皆の治療に回った。
 スラヴィは、未だ動かない。

「しっかし、おまえ、四精霊と契約しまくりだよな。どーなってんだ?」

 ターヤによる治療が一段落ついたところで、アクセルが不思議そうにマンスを見た。

 これまでも既に、彼は《火精霊》と《風精霊》を召喚してみせているのだ。そうなれば四精霊も残すところ《水精霊》だけだが、この様子では契約していてもおかしくないくらいである。

「それだけ、ぼくが精霊を大好きで、仲が良いってことかな!」

 途端に少年は誇らしげに胸を張ってみせる。

 それでは説明になっていないとアクセルは更に言葉を紡ごうとするも、それよりも先にレオンスが発言していた。
「そう言えば、この門はどうやって開けるんだろうな」
 しかしその疑問は、誰にとっても同意できるものだった。だからこそ、皆の意識もそちらへと移る。
「確かに。門番は倒したのだから、この門が開いても良いとは思うのだが……」
「実は、ここじゃなかったとか?」
「それはねぇな。だいたい、この霊峰だって一本道だったじゃねぇかよ」
 思案気に口元に手を当てたエマに対し、マンスが思い付いたことを口にすれば、アクセルがそれをばっさりと切り捨てた。
 ターヤは門に向けて首を動かすが、そこは相変わらず固く閉ざされたままである。
「実は《情報屋》が嘘の情報を教えてきた、とか」
 そこに投下されたアシュレイの爆弾発言には、レオンスが強い反発を見せた。
「それだけは決して無いよ。彼女は嘘の情報を教えたりはしないからな」
「けど、あたしが疑り深いのはあんたも知ってるでしょ? だいたい、あの女は最初からどうにも信用ならな――」
「『審判』終了。汝らを『客人』と断定する」
 あわや一触即発の事態かと思われた時、一瞬にして女性と合成獣が立ち上がっていた。それはまるで糸で操られた人形のような機械的な動きで、思わずターヤとマンスは小さな悲鳴を上げて互いに抱き着いてしまう。
 逆に、まだ戦闘は続いているのかと反射的に身構えた四人だったが、女性の言葉を脳内で反芻した事で自然と構えを解く。

「おい、今『審判終了』って言ったよな?」
「ええ、言ったわね」
 空耳かと思い確認したアクセルだったが、アシュレイもまた頷き返してきた。疑り深い彼女がそう言うのならば確実だ。
 一行がようやく真の意味で安心したところで、鈍く引きずるような音を立てて、門がゆっくりと口を開けた。やがて完全に開いた門の中に広がっていたのは、ペルデレ迷宮内部のような暗闇だった。ただし一つだけ異なるのは、中央に光の戦が一本通っているという事だ。おそらくは、あれが世界樹の街へと繋がる道であろう。
 門番達は、もう何も言わない。ただ門の横に移動して、そのまま立ち尽くしているだけだ。この先に進め、という事なのだろうか。
 緊張から生じた生唾を喉を鳴らして呑み込んで、ターヤは一歩を踏み出した。
 そうすれば、皆もまた彼女に続いて歩き出す。
 そして一行が完全に門の中へと入った時、その背後で、開門時同様ゆっくりと扉が閉められる音がした。
「それにしても、いきなり襲いかかってきたね、あのおねーちゃん」
 暗闇でありながらも光によって示された一本道を行きながら、マンスが僅かに首を動かして恐る恐る背後を窺い、そして身震いしたのか両腕で自身を抱き締める。
 言葉には出さないものの、ターヤも内心で同意していた。あの二人からは大よそ『生気』といった類のものが感じられなかった。まるで『生命体』ではない機械などの『無機物』を相手にしているかのような感覚だったのだ。故に、彼らはどこか恐ろしくも感じられた。
「おそらく、彼女達は世界樹の街との関係の有無は問わず、あの門を通ろうとする存在を無差別に『選別』するようになっているのだろうな」
「『肯定するよ』――とある少年の言葉」
 エマの考察はスラヴィによって正解だと認められる。しかし、なぜ彼が首肯できるのか、という次の問いに答えが返ってくる事は無かった為、疑問を抱えたまま一行は光へと向かって進んでいくしかなかった。
「世界樹の街へようこそ、ケテル」
 門を潜った先で一行を出迎えたのは、他ならぬリチャードであった。
 途端にターヤが級友に会えたかのように破願する。そして彼の許へと駆け寄っていくのだった。
「リチャード! 久しぶり!」
「ケテル、というのはターヤのことかな? それと彼は誰だい?」
 ターヤが青年へと笑みを見せて応じた一方で、レオンスはエマへと耳打ちしていた。彼が最も事情に詳しそうであり、丁寧に答えてくれそうだと思ったからである。
 彼同様に事情を知らないマンスもまた、近くに寄っていって聞き耳を立てていた。
「彼はリチャード。素性については未だ完全には解らないが、ターヤについて何事かを知っている人物だ。なぜか彼女を『ケテル』と呼び表しているんだ」
 途端にレオンスは含みのある笑みを浮かべる。
「へぇ、訳ありなんだな」
「さて、それでは早速ご案内させていただきます、ケテル」
 気付けば、リチャードはターヤをエスコートする体勢へと移行していた。
 エマ達三人とスラヴィはともかく、事情を知らないレオンスとマンスは互いに顔を見合わせる。
「どこに行くんだい?」
 彼らのそんな反応を楽しげに眺めながら、リチャードはレオンスの問いに答えた。
「無論、我らが主なる大樹――《世界樹ユグドラシル》の下へ、ですよ」
 どこか芝居がかったような声色と口調で、宜しければお連れの方々もご一緒にどうぞ、と付け加えて。


 同時刻、スコットは相棒のアールヴァクとアルスウィズに馬車を引かせ、元来た道――ツィタデーリ峡谷を行きとは異なる速さで降下していた。

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