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十五章 世界樹の街‐Tarja‐(2)

「随分とめんどくぇよな、こっちにはターヤが居るっていうのに、どうして顔パスできねぇんだよ」
 面倒くさそうに頭を掻くアクセルである。
 だが、その言葉にはレオンスが訝しげな顔をした。
「その言いようからして、ターヤは世界樹の街と何か関係があるのか?」
「あ、いや、それはだなぁ……えーっと」
 自身の失言に気付いて誤魔化そうとするアクセルだが、慌てふためくその様子が暗に肯定の意を示している事には気付いていないようだ。
 そんな彼に、エマの溜め息が零れた。
「アクセル、別に隠さなくても問題無いだろう。ここまでレオンスが同行している時点で、どちらにしてもターヤのことは知られてしまうのだから」
「そう言われればそうだな」
 途端、言われてみれば確かに、という表情になったアクセルである。
 アシュレイが呆れたと言わんばかりの目で彼を見た。マンスが彼女の真似をした。
 眼前の光景を見たレオンスが苦笑したところで、皆を視界に入れる。
「ところで、地味に俺の質問はスルーされてないかな?」
「「あ」」
 ターヤとマンスの口が菱形に開いた。
 同時に、アシュレイはどうでも良いわよという顔、アクセルは今知ったという顔、エマはこの場で話してしまうべきかという顔、というように皆それぞれの反応を示したのだった。
「『来るよ』――とある少年の言葉」
 だが、それよりも早く飛ばされた鋭い声が一つ。
 皆が振り向いた先では、スラヴィが門の方へと身体ごと目を向けていた。その顔は普段の無表情のようで、どこか引き締められているような錯覚を覚えさせられる。
「スラヴィ?」
 どうしたの、と口にする前に、ターヤもまた事態を把握した。
 先程まではぴくりとも動かなかった魔物と女性が、今はしっかりと一行を両目で捉えていたのだ。その瞳に光は宿っておらず、顔からは生気が感じられない。一人と一匹は、まるで死霊系モンスターか生命無き存在かのように見えた。
 珍しく無表情を僅かに動かして、黄色い髪の女性とさまざまなモンスターを繋ぎ合わせたような魔物から、スラヴィは決して視線を離さなかった。
(スラヴィ?)
 そのどこか異常な彼が気になるターヤだったが、場の雰囲気は彼女の意識をも眼前の番人達へと向けさせる。
 アクセルやアシュレイなどは職業柄、反射的に武器へと手を伸ばして構えていた。
「敵、確認。これより『審判』を開始する」
 唐突に、女性が口を開いた。そこから紡ぎ落とされたのは、平淡で機械的な声だった。
 瞬間、唸り声を上げながら合成獣が一行目がけて飛びかかってきた。
「いきなりか――よっと!」
 この先手はアクセルが素早く抜刀した大剣の刃に阻まれ、彼と合成獣の力による拮抗勝負となった。
 その隙にアシュレイが相手の懐へと飛び込もうとするが、それを見越していたのか尾が横薙ぎに襲いかかってきた為、攻撃は中断、回避を行う。
「――〈能力上昇〉!」
 そこで、ほぼお決まりと化しているターヤの支援魔術がアクセルを包み込んだ。
「うぉりぁぁぁぁぁ!」
 それを好機として、アクセルは大剣を振るう腕に更なる力を込める。
 合成獣が一歩分、押し負けた。
 同時刻、既にターヤは個々の前衛を強化する為に別の支援魔術の詠唱を行っており、アシュレイもまた再び合成獣目がけて飛び出していた。

 ある時は力勝負、ある時はスピード勝負が前線で繰り広げられている間、後方ではマンスの詠唱が開始されている。
「『土の化身よ、大地の如く轟く土竜よ』――」
 彼の前には、後衛の盾となるべくエマが待機してもいた。
「――『御身が姿を顕現さ』――」
「〈驟雨〉」
 だが、突如として第三者の声が聞こえたかと思えば、少年に向けて頭上から幾つもの弾丸の如き水が降り注ぐ。
「マンス!」
 すかさずエマがすばやい反応を見せ、彼を抱きかかえるようにしてその場から退避させるが、そのせいで詠唱は中断させられる事となった。同時に、彼の足元に浮かんでいた魔法陣もまた消える。
 そして数秒前まで彼が居た場所を襲撃した水の弾丸は、その量と勢いで軽くながらも地面を削っていた。
 それを目にした少年が小さな悲鳴を上げる。
 標的がマンスだった事、攻撃魔術だった事などから、すぐに一行はこの魔術の使い手が門番の一人である女性だという事を知る。見れば、彼女は既に次の詠唱を行っていた。
「〈地割れ〉」
 続いて狙われたのは、合成獣を相手取っている前衛組だった。合成獣諸共攻撃魔術の範囲内だったのだが、彼女の意図を察知していたのか直前で合成獣は抜け出しており、結果的に地割れに足を取られたのはアクセルとアシュレイだけだった。
 自身を阻むものも相対する者も無くなった合成獣は、次なる獲物を見定め、そして鋭い牙を剥き出しに突進していく――他ならぬ、ターヤへと。気付けば近くには誰も居なくなる結果となっていた彼女は、恰好の的だったのである。
「――っ」
 思わず詠唱を止めて目を瞑って身構えたターヤに、合成獣の牙が食らい付く。
「っ……!」
 その寸前で、間にレオンスが割って入っていた。彼もまた前衛組の近くに居たが、少し距離を取っていたので巻き込まれずに済んだのだ。かくして少女の柔肌を引き裂く筈だった牙は、その代わりに青年の腕へと一筋の赤い線を残す。
「レオン!?」
 ターヤは両目を見開くと、慌てて治癒魔術の詠唱に入る。
 その間にも、レオンスは反対側の手に持っていた短剣で合成獣の目元を斬り付け、相手を一時撤退させると同時、自身もまた一旦後方へと下がったのだった。
「――〈治癒〉!」
 そこに、タイミング良くターヤの治癒魔術が降り注いだ。左手の傷が塞がり痛みも無くなっていく。
「ナイスタイミングだな、ターヤ」
 普段の笑みと共に振り向いた先にあった少女の顔は、今にも泣き出しそうな程にくしゃくしゃだった。ごめんなさい、とその面には大きく書かれていた。
「レオンごめっ……!」
「気にしないでくれよ。可愛らしいお譲さんを護るのは、俺の使命であり天命だからな」
 だからこそレオンスは彼女の言葉を最後まで言わせず、逆に更なる微笑みを向ける。
 途端に彼女の眉尻が僅かに持ち上がる。
「ばっ……」
 このような時に何を言っているのか、と発そうとした言葉はしかし、恐怖と後ろめたさから掠れきったターヤの喉では声にすらできなかった。
 もう一度、気にしないでくれ、と声をかけてレオンスは再び前線へと戻っていく。
 彼の背中を見ながら、ターヤは歯噛みするしかなかった。
(せめて、わたしに攻撃魔術が使えれば……!)
 現状よりも少しは足手纏いならなくて済むのかもしれない、それは当初から彼女が何度も切望してきたことだ。

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サドンシャワー

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