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十五章 世界樹の街‐Tarja‐(14)

「流石に、《堕天使》の名は伊達ではないという事か」
 外面上では普段通りの面をしているように見えて、実際のところエマの頬には一筋の汗が浮かび上がっていた。
「あらあら、御褒めいただき光栄ですわ。けれど、私は御疲れのところに止めを刺しただけですから、どちらかといえば漁夫の利でしてよ」
「って事は、もしかしてぼくたちと戦った時のダメージがまだ残ってたの?」
「あら、やはり貴女方の仕業でしたのね。それはそれは、感謝の言葉を述べなくてはならないのかしら?」
 揶揄の意も込めて微笑んだ司教に、准将は睨みを利かせる。
「結構よ」
「でしたら、こちらをどうぞ」
 発言と同時、エルシリアが懐から取り出した何かを上空へと軽く放り投げた。それは大きく弧を描いたかと思いきや、一行の方に向かって落ちてくる。
 瞬間、それまでは無言でエルシリアを射抜かんばかりに凝視していたレオンスが、そこで顔色を一変させた。
「! みんな離れろ――」
 けれど、彼の言葉で一行が行動に移るよりも、その何かが効果を発揮する方が一秒だけ速かった。
「「!」」
 一瞬にして煙幕が噴き出し、周囲一帯を覆い尽くす。それは瞬く間に皆の視界を奪い、視覚的な孤立へと導いてしまう。
 勿論ターヤも例に漏れず、辺りを忙しなく見回しながら足を動かしてしまっていた。冷静であれば近くにエマとマンスが居る事を思い出せたのだろうが、誰も見えず一人になってしまった事への恐怖と焦燥が、彼女から正常な判断を奪う。
「みんな!? どこ――」
 声の限りに叫んで動き回っている途中で、後方から誰かに腕を掴まれた。
「! エマ――」
 期待を持って振り返る。
「いいえ、違いましてよ、《導師》様」
 しかし予想に反して、その手を掴んでいたのは、他ならぬエルシリアであった。

  2013.04.28
  2018.03.11加筆修正

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