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十五章 世界樹の街‐Tarja‐(13)

「!」
 そこでようやく、ターヤは彼女の服装がソニアと同じような格好である事に気付いた。
 一変した表情から彼女の内心を悟ったようで、リュシーは口を開く。
「ようやく御気付になられたようですのね、ターヤさん。――いえ、今は《導師》様と御呼びした方が宜しいのかしら?」
 彼女は法衣のスカート部分を軽く摘まむと、片足を音も無く後方へと引き、優雅に一礼してみせた。
「こちらの姿では初めまして、我らが《導師》様。私は〔聖譚教会〕所属の司教、エルシリア・フィ・リキエルと申しますわ」
 そして『リュシー』の仮面を外した『エルシリア』の顔で、しっかりとターヤただ一人を見据えたのだった。
 六人を相手取りながらも堂々と素性を明かしたエルシリアに対する一行の警戒は、益々強さを増す。それは単に相手が〔教会〕の幹部級だという理由だけでなく、彼女から感じられる異様な雰囲気もあっての事だった。今回が初対面であるアクセルやマンス達でさえ彼女が纏う空気から危険信号を察知していたのだから、相手が隠そうとしもしていない事も要因の一つなのだろうが、肌身で感じられるくらいの凄まじさだという事だ。
 ターヤもまた、そのエルシリアが放つ奇妙さに微かな寒気を覚えていた。
「あんた、何しに来たのよ」
 全てを剥き出しにしたまま、既に腰のレイピアを掴んでいたアシュレイが問う。
 するとエルシリアは、そこでようやくターヤ以外の面々に気付いたと言わんばかりの顔をしたのだった。
「そのような恐い顔をせずとも、今回は貴女にも、そこに居る〔屋形船〕のギルドリーダーにも用はありませんから安心してくださいな」
 視線を寄越されたレオンスは更に表情を険しくする。そこには普段の笑みや余裕など見当たらなかった。まるでエルシリアが仇敵と言わんばかりの眼付きである。
「私はただ、我らが《導師》様を御迎えにあがっただけですもの」
 その言葉で、アクセル達四人は彼女が――〔聖譚教会〕こそが《世界樹の神子》を利用しようとしている勢力なのだと知る。一気に彼女に向けられた彼らの視線に含まれる感情が強まった。
 それでも尚、エルシリアは動じる素振りすら見せない。
「あらあら? 私の邪魔をなさりまして?」
「当然だ。私達が貴様達などに彼女を渡すとでも思っていたのか」
 さりげなくターヤを庇うように立ち位置を移動しながら、エマが棘のある声で言い返した。
 しかしエルシリアは依然として余裕を崩す事は無かった。
「いいえ、まさか。最初から、力ずくで奪おうと思っていましたわ」
 それまでは細められていた両目が開眼された瞬間、彼女の背後から一匹の怪鳥が姿を現す。
「! 《スチュパリデス》!」
「あらあら、流石に《暴走豹》は御存知なようですね」
 言葉上では賞賛しているように取れない事もないが、その声色と表情は明らかな嘲りに染まっていた。
 鋭い爪に巨体と外観からして凶暴そうな怪鳥は用心するに越した事は無いが、纏う雰囲気を益々加速させたエルシリアにも気が抜けない状態だった。一行――特にアシュレイ達四人は互いに目配せをし合うと、アクセルは負ぶっていたスラヴィをエマに預ける。
「三人を頼むぜ、エマ」
「言われなくとも解っている」
「準備は宜しくて? では、参ります」
 告げるや否や、エルシリアは前方へと向かって駆け出した。
 怪鳥もまた同様に眼前の獲物へと突進する傍ら、何かを地上へ落とす。
 それを受け取ってそのまま、エルシリアはまず先陣を切っていたアクセルへと勢い良く振り下ろす。
 彼もまた大剣を振り上げた為、激しい音と火花が散った。
 そこでようやくエルシリアの武器が衆目に晒される。彼女が先程から軽々と振り回していたのは、その身体と同じくらいの大きさではないかと推測される大鎌だった。
 エルシリアについてはあまり知らないターヤ達も、彼女が『堕天使』と称される理由が何となく察せた気がした。

 一方、エルシリアとアクセルが退治している間に、怪鳥は前線を飛び越えていた。後方に居る後衛達――特にターヤを狙うつもりなのだろう。
 だが、それをみすみす許してしまうようなアシュレイではない。彼女はレイピアを鞘に納めたまま跳躍すると、怪鳥の眼前に飛び出した瞬間、目にも留まらぬ速さで抜刀した。
 予想外の斬撃を目元に受けた怪鳥は甲高い鳴き声を上げ、自身に急ブレーキをかけてしまう。
 その隙にアシュレイは再び跳躍して怪鳥を強襲した。片翼を狙っているところを見るに、地に引きずり下ろして自らに有利な状況へ転じさせるつもりなのだろう。
 けれど流石はエルシリアが従えている下僕というべきか、怪鳥は今度はすばやく攻撃をかわすと、一旦主人の下へと舞い戻る。
 同時にアクセルもエルシリアの大鎌を弾き返して下がらせ、自身も後退した。
「やはり、多人数を相手取るのは大変ですわね」
 大鎌の柄は握ったまま刃だけを下ろし、エルシリアは空いている方の手で頬に触れる。困ったように笑う顔の上で、瞼は再び閉じられていた。
「そう言うあんただって、怪鳥スチュパリデスを従えてるじゃないの。よくもまぁ《女王陛下》みたいな《調教師》でもないのに、そんな大物を服従させられるわね」
「あらあら、それなら簡単ですわ。この魔道具、〈洗脳スル眼〉で意思を奪って屈服させているだけですもの」
 アシュレイの返しに対し、エルシリアは武器を持ち上げて見せる。その刃の付け根の部分には、眼球に似せて作られたような物体が取り付けられていた。
「「!」」
 見覚えのある者達が、それを目にした途端に驚きを顕にする。
 魔道具〈洗脳スル眼〉――それは、対象の意思を奪って使用者に服従させる禁忌の魔道具である。無論〔軍〕によって流通も売買も使用も禁止されているので、裏で《違法仲介人》などにより密かに流されているようだ。
 これに軍人たるアシュレイが反応を示さない筈も無かった。
「軍人の前でそんな物を見せびらかすどころか使用の告白までするなんて、自殺行為とは思わない訳?」
「あら、幾ら〔軍〕とはいえ〔教会〕には簡単に手出しできないのではなくて?」
 しかしエルシリアは相も変らぬ余裕さで言い返せば、アシュレイが言葉に詰まったように口を噤んだのだった。
 二大ギルドである〔軍〕と〔騎士団〕が不仲なのは周知の事実だが、同時に〔軍〕は〔教会〕ともあまり関係が宜しくない。その理由としては、主に〔教会〕が〔騎士団〕寄りに近い事、裏では秘密裏に動いている事などが挙げられる。その一例が、つい先程エルシリアが自白した禁止されている魔道具の使用だ。
 しかしながら、〔教会〕も二大ギルドと肩を並べられるくらいには大きなギルドだ。加えて一般人の信者も多く、中には〔教会〕に心酔している者も居る為、迂闊に手出しはできないのである。下手に検挙でも行おうとすれば、力無き信者を巻き込んでしまう事は確実だからだ。
 故に〔軍〕は〔教会〕の正体を知りながら、現在に至るまで放置に近い処置しか取れていない状態と言えよう。
 そして痛いところを突かれた幹部級軍人はといえば、押し黙るしかない。
「それにしても、おまえら門番はどうしたんだよ? ここに魔物と武器を持ってきた時点であいつらが反応してる筈だろ?」
 そんな彼女を庇うようにさりげなく一歩前に出て、アクセルは感じていた疑問を問うた。
「その方々でしたら、そちらに居ましてよ」
 エルシリアが指差した先を見れば、そこには合成獣と女性が横たわっていた。彼らは全身傷だらけで、一行と戦闘した時のようなどこか恐ろしく冷たいまでの無機質さは今は感じられない。皮肉ではあるが、寧ろ先程よりも生命体らしくなっているようにすら思えた。
 それよりも、六人でようやく戦闘不能に追い込んだかの門番達を、眼前の司教は魔物を連れているとは言え僅か一人と一匹で伸してしまったのである。しかも彼らが立ち上がってこないところを見ると、完全に叩きのめしてしまったようだ。

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