The Quest of Means∞
‐サークルの世界‐
十四章 金染めの赤‐alteration‐(9)
「それ以上、こいつに何か言いたいのなら、あたしを通してもらうわ」
凛と響き渡った声に、拘束された思考が我に返った。
見れば、いつの間にか二人の間には、アクセルを庇うようにしてアシュレイが立ちはだかっていた。その眼は、まるで〔騎士団〕に向けるが如く、それだけで相手を射殺せそうな程に鋭い。
彼女の視線を受けて、男性はそれ以上は何も言わなかった。ただ、見下ろすようにして彼女と視線を合わせただけだった。
アシュレイもまた、負けじと彼を睨み返す。
「……ふん」
しばらく視線の応酬は続いたが、唐突に男性の方から視線を外して切り上げてきた。そのまま彼は踵を返すと、彼はシュゼットを引っ付けたまま建物の中へと戻っていく。
その背中を睨み付けたまま見送ってから、そこでようやくアシュレイは爆発した。
「っによあの男! 何なのよ腹が立つわね!」
そこで彼女はアクセルをすばやく振り向く。彼が驚いて両肩を跳ね上げるのも気にせず、今度は彼にくってかかった。
「あんたもあんたよ! あんな奴に好き勝手言われてるっていうのに、いつもみたいに言い返そうともしないで――」
「まぁまぁ、ちったぁ落ち着けよ、嬢ちゃん」
息巻くアシュレイと硬直しているアクセルの間に割って入ると、ローワンは彼女を宥めようとする。
しかし、突然の闖入者に彼女は落ち着きはしたものの、盛大に眉根を顰めたのだった。
「誰よこいつ」
問われたアクセルはといえば、困ったように彼女から視線を逸らすしかなかった。それからどう答えるべきかとローワンを見る。
彼は首を振り、目だけで俺に任せとけと言った。
「俺はレジナルド・オーツ。今はローワン・サザーランドって名乗ってっけどな」
「ああ、あの時の不良聖職者ね。通りでどこかで見た顔だと思ったわ。まさか《遁世の山羊座》だとは思わなかったけど」
「その呼び方はあまり好きじゃねぇんだけどなぁ」
頭を掻く事で主張しようとするレジナルドだが、アシュレイには知ったこっちゃない。
「それで、さっきのいけ好かない男は誰?」
まるでどこぞの女王様のようにペースを完全に自分の物にしている彼女に、ローワンは下手に反論しない方が面倒事にならないと悟ったのだった。故に彼女の望むがままに、先程の男性について話す。
「あいつはザカライアス・エダレンっつってな、まぁ見ての通り俺にとっては親戚で、こいつにとっては従兄なんだよ。ギルドじゃあ今でも『アバーロ』って名乗ってんだが、まぁ何やかんやで〔万屋〕内には本名が広まっちまってるんだ」
実の兄弟ではなく従兄弟であった事には少しばかり驚いたが、それにしても彼があそこまでアクセルを毛嫌いする理由とは何なのだろうか。アクセルもアクセルで何か思うところか罪悪感でもあるのか、一つも反論をしなかったのだから。
「へぇ、あれが『アバーロ』か」
そう考えていたところで、興味深いとでも言わんばかりにレオンスが目を細めたので、ターヤは思わずそちらを見上げた。
「知ってるの?」
「ああ、〔万屋〕の『アバーロ』といえば、以前の第二位しか考えられないからな」
「あの男が《守銭奴》……腹の立つ奴ね」
ふん、とアシュレイが鼻を鳴らした。
「それにしても、まさかアクセルとあんたと……あいつが親戚だなんて。確かに、言われてみればあんたとアクセルも似てるような気がするわ」
意地でもアバーロの名前を呼ぼうとはしないアシュレイである。
踏むと危険であろうそこには触れないように気を付けつつも、苦笑してしまうローワンである。
「とっくに解ってるだろうが、俺達は〔調停者一族〕だからな。どうしても似ちまうんだよ」
同じ一族だからといって必ず容姿が似通うものなのだろうか。そんな疑問を口にしようとしたターヤだったが、それよりも早く別の方向から答えは来た。
「純血を護るべく、従兄妹同士を宛がっているから、だろ?」
まさかのレオンスである。
思わぬ彼の言には一行だけでなく、ローワンもまた意表を突かれた顔をしていた。
しかし、その解答は実に理解まで至りやすかった。そういう事なのか、とターヤが納得してしまうくらいには。
「おにーちゃん、それってどういう事なの?」
ただし、意味が解らないマンスは一人、不思議そうに首を傾げていた。
だが、レオンスは微笑んで少年の頭を撫でるだけだった。一言も口にしようとはしない。
それを子ども扱いされていると認識したのか、マンスは途端に両頬を風船の如く膨らませると、青年の手から逃げるようにして離れ、ターヤの後ろに隠れてしまった。
「わっ……!」
唐突に背後に回られたかと思いきや跳び付かれた彼女は、一瞬だけ軽く上半身を後方に逸らしてしまう。しかし体勢を崩す程でもない為、すぐに元の姿勢に戻ると、背後に居るであろうマンスへと何とか視線を寄越そうとした。
「マンス?」
しかし、呼びかけても返事は無い。
レオンスが両肩を竦めた。
「これは本格的に怒らせたみたいだな」
顔はどこか困ったようだというのに声からは全く感じられず、ターヤは呆れ顔になる。
「もう……」
「はは、悪いな、ターヤ。それより、流石にそろそろ〔万屋〕の方にお邪魔しないか? このままだと本来の用件を忘れてしまいそうだからな」
「確かにそうだな」
エマもまた頷くと、アクセルを見た。
彼はどこか呆然としたような諦めたような表情をしていたが、アストライオスの時程落ち込んではいないようで、エマの視線にもすぐに気付いた。
「あ……わりぃ、俺は大丈夫だから行こうぜ」
何ともないと言うかのように彼は笑うが、そこに普段の調子は見受けられなかった。
声をかけようかと逡巡したターヤだったが、何一つとして適切な言葉が思い浮かばない。
その間にも、アクセルは〔万屋〕へと向かって行ってしまった。
皆もまた、その後を追うようにして向かう。それはターヤも然り。
ただ一人、その場にアクセルの背中を見つめ続けるアシュレイ一人を残して。
結果からして言えば、本来の目的は難無く達成された。
本部に足を踏み入れたところでメンバーから何か用かと声をかけられたので、エマが事情を説明する。するとそのメンバーは一行に待機しているように告げて、奥へと消えていった。言われた通りに待つ事二、三分、そのメンバーがあろう事か〔万屋〕のギルドリーダーを連れてきたのだ。驚く一行に《隊長》と呼ばれる彼は、依頼という形で良ければ用件は受け入れられると返答し、一行もまた承諾したのだった。
以上のような流れである。この間の所要時間は、僅か五分であった。
ちなみになぜ《隊長》が直々に一行を相手したのかといえば、以前スコットから彼ら――というよりもターヤ達四人の話を聞いており、どのような人物なのかと興味が湧いていたからである。彼らの中に〔屋形船〕のギルドリーダーを見付けたからでもあるのだが。
だが、そのような理由がある事を一行は知る由も無かった。
ともかく、何事も無く無事に目的地へと迎えそうな一行であった。
アバーロ