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十四章 金染めの赤‐alteration‐(8)

 静まり返った重い雰囲気の中、エマが普段の調子で口を開く。
「ところで、貴方が〔十二星座〕の者であるならば、なぜ今は〔教会〕に居るのだ?」
 彼の意図を読み取ったのか、レジナルドは即座にそれまでの空気を吹っ飛ばすような表情を浮かべた。
「ああ、それな。まぁ、ちっとばかし訳あって〔教会〕に潜入してるんだ」
「その『訳』っていうのは具体的には何なんだ?」
 直球なレオンスの問いには、曖昧な笑みが返される。
「いやぁ、そこには突っ込まないでもらえっと助か――」
「おい、サザーランド!」
 突如として飛んできたタイミング良く割り込んできた怒号に、ローワンの両肩が跳ね上がった。次いで相手を特定したのか、げっ、とでも言いたげな顔になった彼は首だけで後方を振り返る。
 そこに居たのは、一見すると〔教会〕のメンバーとも間違えてしまう事もありえそうな、黒白の聖職者の衣装を纏った男性。そして、その腰に腕を巻きつけるようにして彼にしがみ付いているシュゼットの姿だった。
 眼前の光景に、一行は唖然とする。
 だが男性は一行には全く気付いてないのか、片手でシュゼットを引き剥がそうとしながら、ローワンを睨み付けていた。
「てめぇ、何でここに来ときながらクソガキの手綱を握っとかねぇんだよ!」
 そのもの言いには、ローワンの眉根が大きく寄せられた。
「俺の可愛い可愛い妹をそんなふうに言うたぁ、おにーちゃんが黙っちゃあいねぇぞ? ただでさえ、おめぇさんみてぇな悪い虫を引っ付かせたくねぇのを我慢してるっていうのによぉ」
「んな事知るかってんだ! つーか引っ付いてきてんのはこいつだろーが! 良いからとっととこのガキを引き剥がせよ。うざったくて仕方ねぇ」
「うー、ザック、ひどい」
「うっせぇ! てめぇはいいからととっとと離れやがれってんだ!」
「くぉらぁ! 俺のシュゼットに何すんだクソガキィ!」
 二人は険悪な様子で言い争っている。そこに偶にシュゼットが口を挟んでいた。
 だが、一行はそれよりも彼の容姿に目を奪われてしまっていた。
 燃えるような赤い髪。四方八方へと向けて尖った硬質そうな短髪。常に上がっている眉尻。そして、その顔。
「……アクセル?」
 ぽつりと零すようにして呟いたターヤに、マンスが高速で何度も首を縦に振ったのは言うまでもない。
「うんうん! 赤にそっくりだよねあの人!」
「だな。言葉遣いはアクセルの方がまだ丁寧だけど、それにしても似すぎだよな、あれは」
「まさか、ここまで瓜二つな者が居るとは……」
「『案外兄弟だったりしてねー』――とある少年の言葉」
 スラヴィの本人は何気無く口にしたのであろうその言葉に、こぞって一行は彼を見たのだった。そして、そっくりな男性に視線を戻す。
「ありえるかもしれないな。ただ、歳は随分と離れていそうだけど」
 口火を切ったのはレオンスだった。
 なるほど、と言うかのようにエマもまた口元に手を当てた。
「歳の離れた兄弟、か」
「おーい!」
 そこに、一行を呼ぶような声がかけられた。振り向けば、こちらに小走りに向かってくる二人の姿があった。噂をすれば何とやら。アクセルとアシュレイが追い付いてきたのである。
 皆のもとまで辿り着くと、アクセルは顔の前で両方の掌を合わせた。
「わりぃ、遅くなった!」

「まだ本題には入っていないからセーフだよ」
「まだ入ってなかったの?」
 首を振ったレオンスには、アシュレイが驚きを表した。既に話だけでもしてみているのではないかと予想していたのだろう。
 彼女のそんな思考を察知し、レオンスは申し訳なさそうに苦笑した。
「悪いな、少し立て込んでいるんだ」
「立て込んでるって〔万屋〕の奴らがかよ――」
 呆れたような顔でアクセルは身体を傾けて、一行で隠れていた向こう側を覗き込む。
「兄ちゃん!?」
 そして、いきなり素っ頓狂な声を上げたのだった。
「「『兄ちゃん』!?」」
 その言葉に、ターヤとマンスは同様の声で反射的に反応し、エマは今度こそ完全に唖然とした表情になり、レオンスは面白いと言わんばかりの笑みを浮かべた。
「アクセルが、二人?」
 そしてアシュレイはといえば、間の抜けた顔で二人を交互に見比べている。
 一方、唐突な声に邪魔された男性は、今にも舌打ちをしそうな顔で一行を振り向く。
「!」
 だが、アクセルを見た瞬間、両目を大きく見開いたのだった。
「やっぱり兄ちゃんだ……」
 アクセルもまた、まさかという顔をしていた。本人ではない可能性を大きく捉えていたのだろう。
 二人の反応からするに、やはり久しぶりに会った兄弟、というところなのだろうか。
「てめぇかよ」
 けれども一行の予想に反して、男性の方は大きく舌打ちをしたのだった。
 それを見たアクセルが、やっぱりかと大きく肩を落とす。
 これこそまさかという展開に、皆の視線が二人に集中した。
 男性は面倒臭そうに息を吐いた。
「ったくよぉ、ローワンが来てんのにクソガキに絡まれてついてねぇと思ったら、今度はてめぇかよ。その顔、見るだけで腹が立ってくるっての」
 兄が弟に向けるにしては、その言葉と態度は非常に不適切だった。そこから彼がアクセルを心底嫌っている事が手に取るように解る。
 あからさまな嫌悪を向けられても、アクセルは言い返そうとはしなかった。
「俺も、まさか兄ちゃんがここに居るとは思わなかったよ」
「うっせぇな、俺がどこに居ようと俺の勝手だろーが。あとその呼び方は止めろ。虫唾が奔るんだよ」
 流石にそこまで言わなくても良いのではないか、とターヤは思う。だが、家族関係に自分のような部外者が割り込む訳にもいかないと考え、踏み止まった。
 それは皆も同じようで、今にでも割って入りそうな空気は醸し出しながらも、黙って様子を見守っている。
「つーか何だよ、てめぇのその恰好」
 その言葉に、
「っ……!」
 初めて、アクセルが動揺を面に表した。
 その反応に気を良くしたのか、男性は途端に嗤って続ける。
「てめぇはよぉ、そんなんで変われると思ってんのか? そうやって、自分が泣き虫で、女に引っ張ってもらって護ってもらってた事を帳消しにしよーなんざ、虫が良すぎるだろーが」
 アクセルの顔色は悪い。
 もう我慢ならない。それでも、ターヤはどうしても飛び出す事が躊躇われた。自分なんかが首を突っ込んでも良いのか、そう思ってしまうと足が地面に固定されたように動かなくなる。
 制止するかのように、抱き付いたままのシュゼットが彼の服を握り締めた。
 だが、男性はそれすらも無視する。
「幾ら外見を変えたところで、てめぇは今でもずっと――」

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