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十四章 金染めの赤‐alteration‐(10)

「それにしても、まさかギルドリーダーが直々に依頼を受け付けてくれるとは思わなかったな」
「そういうものなの?」
 感嘆したような驚嘆したようなレオンスの言葉に、ターヤは首を傾げた。
「ああ、特にこの〔万屋〕のような有名で大きなギルドともなればな」
 つまりは、有名になるという事は必然的に依頼人も増える訳で、いちいちギルドリーダーが依頼人一人一人の相手をするのは難しいという事らしい。
「そっか、上に立つ人も大変なんだね」
 そこまで口にして、ターヤはふと思う。
「でも、レオンも〔屋形船〕のギルドリーダーなんだよね?」
 そもそも〔盗賊達の屋形船〕というギルドに依頼が入ってくるのかどうかさえ、彼女には想像もつかなかったのだが。
 疑問を向けられた方のレオンスはといえば、肩を竦めたのだった。
「俺のギルドは、こことはまた毛色が違うからな。それに、俺はギルドリーダーの中なら一般的には顔を知られてない方なんだよ」
「そうなの?」
「ギルドに所属している連中には知られているだろうけど、俺達は本業時にはなるべく顔と正体を隠すようにしているから、多くの一般人には〔屋形船〕は『主に貴族を狙う盗賊』としてくらいの認識しかないよ。ギルドだとさえ思われていないかもしれないからな」
 その言葉で思い出す。彼のギルド〔盗賊達の屋形船〕は、貧民や弱き者の為の義賊ギルドである事を。カンビオで運営されている酒場は、あくまでも資金集めと本拠地確保の為でしかないのだ。
「今も現に〔万屋〕のメンバーが、こちらを窺っているだろ?」
 言われるままに、ターヤは何気無く振り向いてみる。
「……!」
 そして、瞬間的に驚いた。
 室内に居るだけでも十数人という傭兵達の視線が、一行――というよりはレオンス一人に向けられている。その中には値踏みするようなもの、明らかな嫌悪や敵意を顕にしているものもあった。
 決して友好的ではないといえる空気の中、当事者ではないというのに反射的に身を竦ませてしまったターヤへと、彼は再び肩を竦めてみせる。
「な、俺はあまり良くは思われていないみたいなんだ」
「どうして――」
 笑っていられるの、とまでは言えなかった。現在の彼の姿に〔屋形船〕の本拠地で同じような状況に陥っていたアシュレイが思い浮かんだからだ。彼女もまた、敵意や憎悪の籠った視線を一身に受けながら、少しも動じていなかった。
(似てる)
 彼と彼女はどこか似ていると、その時ターヤは直感した。
(アシュレイとレオンスは、そういう強さだけじゃなくて、何かが似てるんだ――)
「なーに、しんみりした空気になってんだ?」
「わっ……!」
 突如として背後からかけられた体重の重みで、ターヤは前方へと倒れていきそうになる。
 だが、そんな彼女を救ったのもまた、その原因である首元に回された腕だった。
「ロ、ローワンさん?」
 声で相手を予想してから振り向けば、案の定そこに居たのはレジナルドだった。ちなみに彼の右手はといえば、ターヤの隣に居たレオンスの肩に乗っかっている。
「当たりだな。けど、その呼ばれ方はちっとばかしなぁ……あいつじゃねぇって事ぁ頭では解ってるんだが、どうにもなぁ。どうせなら、レジーって呼んでみてくれねぇか?」
 どこか寂しそうな表情になったレジナルドだが、その言葉に思わずターヤはレオンスへと視線を寄越したのだった。素性を偽ってまで〔教会〕に潜入しているというのに、わざわざ自ら墓穴を掘りそうな事を口にするとは。どう応えれば良いのか、ターヤには解らなかった。
 だが、彼は肩を竦めた時のような表情を返してきただけだ。自分で決めろという事なのだろう。

 どうしたものかと相手の表情を窺って、そこに期待の色を見てしまった。こういう類の顔をされると、自分は非常に弱いとターヤは思う。
「え、えっと……じゃあ、レジー」
 なるべく自分達以外には聞こえないよう、小声で呼ぶ。
 途端にレジナルドが破願した。
 だが、次の瞬間には複雑そうな表情に戻ってしまう。
「んー、何かちげぇなぁ。やっぱり、そのままローワンで頼むわ」
「あ、うん」
 何とも言えない微妙な顔と気持ちになったターヤであった。
「ところで、ローワンはアクセルとも《守銭奴》とも親戚だと言っていたよな?」
 彼女の様子に苦笑しつつ、レオンスがローワンへと問う。
 突然の話題だが、彼は気にした様子も無く頷いた。
「ん、あぁ、あいつらな。まぁ俺は、あいつら本家と本家の血が濃い分家の奴らからは、ちっとばかし遠い親戚なんだけどな」
「そうなの?」
「俺らの一族は家で順位が決まっててなぁ、基本的には第一位の家に生まれた奴しか当主にはなれねぇんだ。その代わり、その家に生まれられりゃあ、性別に関係無く当主になれちまうんだがな」
「へぇ、随分と古風だな」
 相変わらずレオンスは驚いているのかいないのか定かではない声色と表情である。
 無論ターヤは目を瞬かせていた。どの家に生まれるかで当主になれるかなれないかが決まるとは、彼女にはあまり信じられない話だったからだ。
「まぁ俺らにとっちゃあ、それが『あたりまえ』だったからな」
 ローワンの視線が動く。
「けど、あいつはそうは思えなかったんだ」
 その先に居たのは、相変わらずシュゼットにくっ付かれたままのアバーロだった。彼は強い憎悪の籠った眼で、ギルドの入り口近くの壁に背を預けているアクセルを睨み付けている。傍に居る彼女の事はすっかりと忘れているらしく、ちょいちょいと時おり彼女につつかれても全く動じていない。
「詳しい事はあいつらのプライバシーに引っかかっちまうから省くが、ともかく、あのザックの坊主はそんな一族のしきたりに昔っから常に疑問を抱いててな。そのせいで、一方的にアクセルの坊主を嫌うようになっちまったんだよ」
 アバーロと、アクセルを順に見る。なぜかターヤには、両者共どうしようもない事に足掻きながら苦しんでいるように思えた。
 見透かすような目で彼らを見ている彼女を見つめるレジナルドの表情は、また別の意味で苦しんでいるようだ、とレオンスは内心一人ごちる。
「まぁ、こんなしんみりした話はここで止めといて、次はもっと明るい話にしようぜ? 何なら、俺のシュゼットがどれくらい可愛いかについてでも――」
 だが、突然それまでの空気を吹き飛ばすかのようにシスコンを発揮したローワンに、ターヤとレオンスは苦笑いを浮かべるしかなかったのだった。
 そんな三人の会話を小耳に挟みながら、一方ではアシュレイもまたアバーロに逐一視線を寄こしていた。マンスとスラヴィの会話に時おり突っ込みを入れたり相槌を打ったりしながら、である。
(今のところ、あいつに何か言いそうにはないわね)
 内心で軽く安堵して、そこで我に返った。
(って、何であたしはあいつの心配なんかしてんのよ!? 別にそこまで気にかける必要なんか無いっていうのに。だいたい、さっきだって、あたしが聞いてて嫌になったから止めたってだけで――)
「アシュレイ、ちょっと良いか?」
 脳内で一人悶々としていたところを小声で呼ばれたので視線だけで振り返ると、件の本人ことアクセルがこちらを見ていた。その顔はどこか思い詰めたようにも見えて、言葉の意味を理解する前に思わず頷いてしまっていた。

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