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十四章 金染めの赤‐alteration‐(7)

 だが、それに対する呆れよりもエマとレオンスが強く感じたのは、何とも言えぬ残念さだった。見てはいけないものを見てしまったかのように視線を逸らしてしまいたくなるというか、信じたくなかった。
 その、少女を抱え上げている人物の素性の方が問題なのである。
「なあ、エマニュエル。俺の目が間違いでなければ、あいつは……」
「奇遇だな。おそらく私も同じ事を考えていた」
 皆までは言わず、互いに頷き合う青年二人。そこには、それ以上突っ込んではならないとでもいうかのような雰囲気が漂っていた。
 だが、マンスにそれが読み取れる筈も無い。
「あー、今朝の!」
 大人組の想いとは裏腹に、彼は大声と共に件の人物を指差したのだった。彼の瞳には、男性の目元を覆う仮面のような物が映っている。
「! おめぇさん達は――」
 それに気付いた男性は一行を見ると、たいそう驚いたようだった。だが、衝撃を与えないように優しくゆっくりと妹を地面に下ろす事だけは忘れない。
 その間、ターヤは必死に彼の名前を思い出そうとしていた。つい数時間前に会ったばかりだというのに、すぐには出てこなかったのだ。
「えっと、確か……」
「『俺は〔聖譚教会〕のローワン・サザーランドだ』――とある青年の言葉」
「「そう、それ!」」
 スラヴィの解答に、ターヤとマンスが同時に納得の顔になり、二人揃って彼に人差し指を向けた。
 注目の的となったローワン本人はといえば、弱冠の渋い表情を浮かべる。
「人を珍獣みたいに言うなよな、嬢ちゃんに坊主よぉ」
「あ……ごめんなさい」
 彼の言葉で我に返ったターヤは、慌てて頭を下げた。それから頭を上げた時にローワンに凝視されている事に気付き、思わず一歩下がってしまう。
「えっと、わたしの顔に何か付いてる?」
 そこでローワンは彼女を穴が開く程見つめていた事に気付いたようで、慌てて視線を逸らした。何でもないと言い表すかのように、手を軽く振る。
「あー……いや、すまねぇな、嬢ちゃん」
 だが、顔を背けて尚、彼は彼女が気になるようで、ちらちらと視線を寄こしていた。
 その反応から、レオンスとエマは察するものがあった。
「あー……そういや、おめぇさん達は何でここに来たんだ? もしかして〔万屋〕に用でも――」
「その前に、貴方に用があるのだが、宜しいだろうか?」
 誤魔化すような声を中断させて、エマはローワンを見据えた。
「俺にか?」
 予想外だったらしくきょとんとした男性に、頷き返したのはレオンスだった。
「ああ。さっき、俺達はそこでヴォルフガング・ラウリアと会ったんだ」
 瞬間、相手の表情が僅かながらにも動いた。
 当たりだな、とレオンスは内心で呟く。
「やっぱりな。おまえだろ、彼が言ってた『家族』っていうのは」
 え、とはマンスとターヤの言である。スラヴィは相変わらずの無言。
 男性は、かーっ、というふうに息を吐いて頭を掻くと、観念したように口を開いた。
「はー、よく解ったなぁ。そうだよ、俺の本名はレジナルド・オーツ。《山羊座》って言やぁ、解るか?」
 彼の素性を知った瞬間、個々ではあるものの皆の顔色が変化した。
 レジナルド・オーツ。かの〔十二星座〕の《山羊座》であり、同時に〔調停者一族〕の一人であるとも言われている人物だ。目元が意図的に隠されているので素顔は計り知れなかったが、何となくターヤには彼の顔が解る気がした。
(調停者一族の人、って事は、アクセルとも親戚にあたるのかな?)

「おにぃ」
 諦めたように白状したローワンもといレジナルドの裾を、それまで黙っていたシュゼットが軽く引っ張った。
 その行動に優しく微笑み返すと、レジナルドは膝を折って彼女と目の高さを合わせる。
「わりぃな、シュゼット。ちっとばかしこいつらと話があっからよぉ、ちょっくらアバーロの奴でもからかって待っててくれねぇか?」
「うん、解った」
 こくりと頷くと、彼女は一度一行に軽く会釈してから、踵を返して建物へと小走りに向かっていった。
 妹の背中を建物内に入るまで見送ってから、再びレジナルドは一行を見た。
「そんで、何で俺が〔十二星座〕の一人なんじゃないかっつー事に気付いたんだ?」
「貴方のターヤを……彼女を見る目が、ヴォルフガングさんと同じだったからだ」
 視線を寄こされたターヤは思わず反応してしまうが、そう言われたレジナルドはといえばまた頭を掻いた。
 彼の反応を見たエマは、真顔を苦笑に変える。
「それに、気になっているのに隠し通そうとして、明らかに挙動不審でもあったからな」
「確かに、その嬢ちゃんを見て、ルツィーナかと思っちまったのは事実だよ。何せ、まるで生き写しってくれぇ似てるんだからなぁ」
「ヴォルフガングさんにもそう言われたよ」
 ターヤの言葉に、レジナルドは納得したように応えた。
「やっぱりな。あいつを見た事のある奴なら、誰だって間違えるだろうよ。そんくらい、あいつと嬢ちゃんはそっくりなんだ」
 彼の言葉を受けて、ターヤは自身の中で、その『ルツィーナ』という人物はもしかすると自分自身ではないのか、という以前から考えてはいた可能性が強くなるのを感じた。いろいろと訊いてみたい、という欲求が膨らみ始める。
「じゃあ、ルツィーナさんってわたしと同じくらいの年なの?」
「いーや、嬢ちゃんの姿は十年前のあいつってとこだから、今はまたちげぇんだろうよ」
 また、十年前。その時、彼らにいったい何が起こったと言うのだろうか。
(それは解らないけど……でも、十年前のルツィーナさんとわたしが似てるって事は、きっと別人だよね)
 十年間も容姿の変わらない人間など居る筈がない。とりあえずは、彼女の中で一応の結論は付いたのだった。
 そうとは知らないレジナルドは一旦言葉を切り、どこか悲しげな様子で苦々しく言う。
「それに、嬢ちゃんがルツィーナだとは俺達の誰も思わねぇだろうな」
「どうして?」
 どこか不穏な空気を感じるが、ターヤは答えを求めた。
 彼女の問いに対し、途端にレジナルドは躊躇うように口を噤んだ。
 やはり訊いてはいけない事だったのか、とターヤは後悔する。
「えっと、ごめんなさい」
「いや、あいつと同じ顔をした嬢ちゃんに訊いてもらうのも、また運命なのかもしれねぇなぁ」
 首を横に振って、そしてレジナルドはどこか遠くを眺めるような目付きになった。
「あいつは……ルツィーナは、十年前に既に死んでるんだよ。俺達の、目の前でな」
「……え?」
 思わぬ言葉に、ターヤは声を無くす。
 それは他の皆も同じだった。誰も、何も言わない。
 そんな空気の中で、レジナルドは哀愁を漂わせながらも、どこか懐かしげな顔だった。
「だから、俺達は嬢ちゃんがあいつと似てるたぁ思っても、本人だとは思えねぇんだ。今もどこかで生きていてほしいったぁ、思ってはいるけどよぉ」
 もう、ターヤには何も言えそうになかった。

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