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十四章 金染めの赤‐alteration‐(6)

 それを知りつつもエマは頷くと、地図を丸めて懐に仕舞い込み、皆を促す。
「では、行こうか」
 真っ先に扉から出ていった彼に続き、他の面々もまた部屋を後にする。
 ターヤは二人きりにして大丈夫なのかという不安などもあってちらちらと視線を肩越しに寄越していたが、レオンスのさりげないエスコートにより連れ出されてしまった。
 そうして仲間達は次々と退室していき、室内には微妙な空気の二人だけが残されたのだった。
 しかし、両者とも言葉を発しようとはしない。アクセルは話しかけづらい雰囲気に困っているからであり、アシュレイは意地でもこいつとは話さないと頑なに内心で誓っているからである。
 刻一刻と時間は経過していくのだが、それでもどちらとも口を開こうとはしなかった。そこには、相手の方から何か言ってくれるのではないか、との期待もあったのだろう。
(つっても、こいつは一度決めた事は意地でも押し通そうとする頑固だからなぁ)
(まぁ、確かにあたしが一方的に怒ってるだけで、こいつに悪気は無いのよね)
 そして、躊躇いつつも口を開く。
「なぁ」
「その」
 思いきって発した言葉は見事に相手のものと重なり、再び沈黙が生まれた。
「あー……何か俺に言いたいことがあるんじゃねぇのかよ?」
「そっちこそ、あたしに対して何か言いかけてたように見えたけど?」
 互いに意地を張った結果、三度二人して黙る。
 やはり、なかなか会話は進まなかった。
 これにはアクセルの方が焦れてくる。
(あー……くっそ、何なんだよアシュレイの奴! だいたい何で俺が怒られなきゃならねぇんだよ理由を話せっての!)
「おまえな――」
「だいたい、幾ら幼馴染みとはいえ、敵方の――〔教会〕の人間と親しそうにするなんてありえない。やるならせめて、あたし達の目が無いところでしなさいよ」
 途端に、アクセルは唖然としたような表情となる。言葉を遮られた事よりも、彼女が口にした言葉に意識の全てが持っていかれてしまったのだ。
「それが、俺に怒ってた理由か?」
「そうよ。それ以外に何があるっていう訳?」
 急に間の抜けた表情となった彼を、訝しむようにして益々睨み付けるアシュレイ。
 だが、その事すら気にならなくなる程、彼女の態度に彼は思い立つものがあった。若干の希望を込めて、恐る恐る問う。
「アシュレイ、それってもしかして、ソニアに妬いてくれてんのか?」
「っ!」
 瞬間、アシュレイの眼は大きく見開かれ、その頬が爆発的に紅潮した。
「なっ、何言ってんのよ、馬鹿! そんな訳無いでしょう!?」
 言葉と共に握り締められた拳が落ちてくる。
 何とか手首を掴んで事無きを得て、アクセルは叫ぶようにして反論した。
「ちょっ!? だから何でおまえは照れると俺を殴るんだよ!?」
「煩い! あんたが変なことを言うからよ!」
 彼女の顔は更に赤みを増している。それは羞恥と怒りがごちゃ混ぜになったもので、このままでは遠かれ少なかれレイピアにも手をかけそうな事は安易に予想できた。
「わ、解った! 前言撤回するから落ち着けーっ!」
 必死になってアクセルが宥めれば、ようやく彼女は拳を降ろした。その頬はまだ赤く、呼吸も荒いが、感情に走ってはいない事が唯一の救いだ。
 こいつは意外と図星を突かれると弱いのか、と本人が聞けば再度爆発しそうなことを内心考えるアクセルであった。

「……ともかく! あたしがあんたに対して一方的に怒ってたのは筋違いだったわ。その、ごめん」
 先程までの醜態を無かった事にしようとしているかのように、アシュレイは腕を組んで強い口調で言い放つ。だが、最後には僅かに背けた赤い顔で、殊勝な様子で謝罪したのだった。
 普段と直前までとのギャップに、思わずアクセルは両目を丸くしてしまう。
「お、おう」
「わ、解ったのなら、とっととエマ様達のところに行くわよ!」
 その反応に寧ろ恥ずかしくなったのか、またも眉尻を吊り上げると、アシュレイはアクセルへと背を向けて歩き出した。
 そんな彼女の後を、慌てて彼も追いかけたのだった。
「おい、待てよ!」


「アシュレイとアクセル、大丈夫かな」
 皆と共に〔戦神の万屋〕へと向かいながらも、後ろ髪を引かれるようにターヤは何度も宿屋の方を振り返った。
 すると、隣を歩くエマが微笑みかけてくる。
「大丈夫だ。あれでなかなかアシュレイは反省していたようだったからな、アクセルが変な発言をしなければ、今頃は和解している事だろう」
「やっぱり、エマってアクセルとアシュレイのこと、よく理解してるんだね」
 感心したような彼女に、彼は苦笑を浮かべた。
「二人とは付き合いが長いからな」
「という事は、二人の気持ちも知っているという事かな?」
 唐突に割って入ってきたレオンスの言葉には、ターヤもエマもまた両目を瞬かせた。
「それはどういう意味だ?」
 すると、彼はやっぱりか、とでも言いたげな表情になる。
「いや、解らないのなら、それで良いのさ」
 肩を竦め、その話題は終わりだと言わんばかりに切り上げようとしたレオンスを、エマは追及しようとする。
「あ、見えてきたよ!」
 だが、マンスの声に、そちらを向かざるを得なかった。
 つられて皆もまた視線を動かせば、既に闘技場の前は通りすぎており、そことは別に幾分か小さいもののなかなか大きな建物が視界に入ってくる。
「おにーちゃん、あれだよね?」
 それを指差しながら、マンスはレオンスとエマのどちらか答えてくれる方へと問うた。
 とりあえずこの話はいずれまた振る事にしようと内心で結論付け、エマは少年へと微笑みながら頷いた。
「ああ、あれが〔戦神の万屋〕だな」
「そうだな、あれだよ」
 二人共から肯定を貰えた事に満足そうに笑むと、少年は誰よりも早くそこへと向かった。
「おい、マンス。あまり急ぐところ――」
「――いやぁ、本当に俺のシュゼットは可愛いなぁ!」
 苦笑しつつ声を変えようとしたレオンスであったが、それを遮るかのようなタイミングで第三者の声が聞こえてきた。
 何事かと一行の視線が向いた先に居たのは、二人の人物。女性と表しても過言ではないくらいに成熟した少女と、そんな彼女を高い高いするかのように持ち上げている男性という組み合わせだ。
「やっぱりおめぇさんは世界一可愛い妹だな!」
 そう言いながら、男性は非常にだらしのない顔で周囲に幸せオーラをまき散らしていた。それは思わず他人であるターヤ達でさえ引いてしまうくらいのものだったが、少女の方は全く気にしていないようだ。慣れているのか、よく理解していないのか。
 そして、二人の容姿には全くと言っていいくらい似通った点は見受けられず、髪と目の色も男性は赤で少女は紫と異なっていたが、男性の言葉からするに『兄妹』という関係なのだろう。
 とにもかくにも、男性は親馬鹿ならぬ兄馬鹿らしい、という事は誰の目にも明らかだった。

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