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十四章 金染めの赤‐alteration‐(5)

「その方が、こっちとしてもありがたいわね」
 皮肉たっぷりに割り込んだアシュレイを一瞥するも、言い返しはせず、ソニアは先程と同じく彼女以外に一礼した。
「それでは、ごきげんよう、我らが《導師》様、並びにその他の方々」
 顔を上げてから、アクセルには個別に手を振る。
「じゃあね、アクセル。また会いましょう」
「ああ」
 アクセルもまた、何も考えずにそれに応じた。
 その行為に眉を顰めたアシュレイへと余裕綽々な嘲笑を放ってから、ソニアは洗練された動作で去っていった。
 彼女の後ろ姿を見送ってから、アクセルは嬉しそうに口を開く。
「しっかし、まさかここでソニアに再会できるなんてなぁ」
「アクセル」
 溜め息交じりにかけられた声に振り向けば、おまえには呆れたと言わんばかりの顔をしたエマがこちらを向いていた。
「何だ――」
 その事に、謂れのない罪を着せられたような被害者のように反駁しようとして、
「よ……」
 こちらを見つめるアシュレイの両眼に気付いた。その顔には表情という表情が無く、スラヴィにも負けず劣らぬ無表情である。ただし、スラヴィとは違い、彼女の無表情には背筋を凍らせる効果が付加されてはいるが。
「えっと、アシュレイさん……?」
 思わず親に悪事を見咎められた子どものように縮こまるが、彼女はすぐに彼から視線を逸らすと、一人で元来た道を戻っていった。
 一行は困ったように、楽しそうに、それぞれの様子でアクセルを見たものの、結局は彼女の後に続いた。
 置いてけぼりにされる形となったアクセルは、誰にも届かないと知りながらも呟く。
「俺、何かしたか?」


 木々の間に作った道から忘れられた茶屋の前を通って傭兵街道まで戻ってきた一行は、そのままそこを抜けてゼルトナー闘技場に向かった。
 無論、アシュレイが一人でに向かった訳ではなく、主に彼女とエマと時々レオンスとが歩きながら話した結果、一度ゼルトナー闘技場に寄っておいた方が良い、との結論に至ったからである。ヴォルフガングから貰った地図で霊峰ポッセドゥートの位置を確認するには、荒れている元茶屋や、血気盛んな者達の集う傭兵街道ではなく、宿屋の完備された闘技場都市の方が最適だとの判断からだ。
 宿屋にて二つ部屋を取ると、その片方でエマは机に地図を広げた。
 皆もそれぞれの位置から地図を覗き込むが、アシュレイは一人、離れた壁に背を預けて傍観を決め込んだ。それに対してアクセルが何か言いたげに口を開きかけるが、結局は彼女を見るだけに止まる。彼女の行動をエマとレオンスは知っていたのか、驚いたふうも無かった。
 ターヤとマンスは互いに見合い、こっそり言葉を交わす。
「アシュレイ、やっぱりアクセルと顔合わせたくないのかな」
「たぶん、ぼくもそう思う。赤ったら、ほんと鈍感だよね。だって、さっきのひと、アシュラのおねーちゃんの――」
「この地図によると」
 遮るように紡がれたエマの声に、慌てて二人は密会を終了した。
 それを横目に確認すると、エマは続ける。
「どうやら霊峰は、ここゼルトナー闘技場から北西の位置にあるようだ」
 地図上に滑らせた指が示したのは、ある一点。
 そこを注視したレオンスは、少し考え込んでからエマを見た。
「北西と言うと、まさかリンクシャンヌ山脈か?」

「おそらく、その通りだろう。ここからはそれ程遠くないが、必ず[ツィタデーリ峡谷]を通らなければならないようだ。徒歩では厳しいな……〔方舟〕に頼めないだろうか」
「報酬を支払えば大丈夫だよ。けど、彼らは惑星中を移動しているからな。カンビオの本拠地に行けば誰か一人は捕まえられるだろうけど、そこまで戻るか?」
「そうだな……」
 エマが再び考え込むと、それを待っていたかのようにマンスが元気良く片手を挙げた。
「はい! カレルとレテルにお願いするのは?」
 その表情には友人に会いたいという純朴な想いがありありと表れており、思わず苦笑するエマとレオンスだった。
「マンスは双子龍に会いたいのだな。だが、残念ながら今回は彼らには頼めないんだ」
 その瞬間、えーっ、という声が上がったのは言うまでもない。至極残念そうな顔になった少年へと、エマは申し訳なさそうに理由を話す。
「霊峰の付近には彼らが姿を隠せそうな場所は無い上、何より聖都が近い。もしも〔教会〕の者に見つかると、以前のような事にもなりかねないんだ。それに、この地図によれば霊峰の入り口は平野に面しているので、リンクシャンヌ山脈側から入れるかは解らないからな」
「そっかぁ」
 明らかに気落ちした様子のマンスに、青年二人は困ったように顔を見合わせた。
 ターヤはそんな少年の頭を撫でる。
「でしたら、〔戦神の万屋〕に行ってみませんか、エマ様?」
 そこにかけられた声はアシュレイのもので、皆の視線が集中した彼女は少々眉を潜めるも、口を閉ざす事はしなかった。
 そもそも、なぜ彼女がそのような発言をしたのか、即座に察知できた者が居なかったのだ。
「ああ、〔万屋〕も〔方舟〕も〔同盟〕に参加してるし、あそこ二つは提携してるもんな。その伝手を頼るんだろ?」
 ただ一人を除いては。
 今度は、思い付いたように軽い口調で言ってみたアクセルに視線が集う。
 そして、読み取られたかのように己が思考を口にされてしまったアシュレイはといえば、すばやくアクセルへと首を回し、先程以上の鋭さで睨み付けたのだった。それに比例してか、彼女の言葉もまた不穏さを増す。
「何で、あんたが、あたしの台詞を、取るのかしら?」
「ちょっ、顔が怖ぇっての!」
 向けられた怒りを阻むように、アクセルは顔の前に両方の掌を突き出した。
 普段通りのようで、しかし未だどこか不機嫌なアシュレイの様子を見かねていたエマは、そうだ、とさもいま思い付いたと言わんばかりに口を開いた。
「アシュレイ、これから私達は〔戦神の万屋〕を尋ねてみようと思うが、貴女はアクセルとここで待っていてくれないか」
「どうしてですか?」
 普段のように即座に頷く事は無く、怪訝そうな顔でアシュレイが問う。
 当事者達を除いた面々の間では、これに対してどう答えるのか、という密かな注目がエマに対して集まっていた。
「今、貴女とアクセルの間に存在している不和が、私達も気がかりだからだ。アクセルも、なぜ貴女が怒っているのか理解してはいないようだからな。これからの為にも、できれば一度二人で話し合ってほしい」
 実に直球である。
 これには野次馬だけでなく、アクセルも唖然とせざるを得なかった。
 特にアシュレイは、珍しい事に変なものを見るかのようにエマを凝視している。
「無論、話が終われば私達と合流してほしいのだが」
「エマ様の頼みとあらば」
 だが結局、最後は驚きを仕舞い込み、彼の言ならばと受け入れたのだった。その表情は未だ、納得できないとでも言いたげに、渋っていたが。

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