The Quest of Means∞
‐サークルの世界‐
十四章 金染めの赤‐alteration‐(3)
アクセルが、唐突に傭兵街道とは別の方に向かって駆け出した。
「アクセル!?」
「ちょっ……どこ行くのよ、このバカ!」
しかし、ターヤの更なる驚き声もアシュレイの怒声も、今のアクセルの耳には届いていなかった。彼はただ一心不乱に、声が飛んできたと思われる方向へと全速力で走る。
(間違いねぇ、この魔術にあの声……あいつだ!)
それは確固たる確信だった。昔からよく知っていて、いつでも一緒だった、聞き間違える筈の無い声。
その主の下へと、アクセルは木々を蹴散らすように掻き分けながら進んでいく。そうして開けた場所に飛び出した時、そこには一人の女性の後ろ姿があった。
「ソニアッ!」
「! ……アクセ、ル……?」
名を呼べば女性は反射的に振り返り、そして驚きに凍り付いた。
アクセルもまた、相手が『彼女』であった事に驚きを隠せず、けれど少しの安堵も覚えていた。
「アクセ――」
互いを知っているらしきその態度に、ようやく追い付いた一行は驚愕を隠せず、声をかけることも忘れて傍観者の立ち位置になってしまう。名を呼びかけたアシュレイも、それはまた然り。
少し離れた場所に立つ一行には気付かず、二人の言葉は交わされる。
「おまえ、どうしてここに居んだよ」
「どうして、って……勿論、闇魔を駆逐する為でしょう? それにしても、あなた……随分と変わりましたのね」
当然と言わんばかりに告げられた言葉を聞き、一行が個々の反応を見せる間に紡がれた次の句にこそ、アクセルは眉根を寄せた。僅かに視線が逸らされる。
「おまえには、関係ねぇだろ。それに、家はとっくに――」
「関係無い、ですって?」
途端に女性が激しく眉根を寄せた。
「勝手に家を出ていったかと思えば、次に現れた時には別人のようになっていて、しかも私には言えないですって!? あなた、何様のつもりですの!?」
いきなり女性が激昂の如き激しい怒りを顕にした為、気圧されるようにアクセルは後退を余儀無くされる。
「お、俺はだな――」
それでも反論はしようとしたのだが、それさえも女性は許さなかった。
「お黙りなさい! 当主としての使命さえも全うに果たせなかった、ア、アクセルなんかっ……もう、知りませんわ!」
今度は突如として泣き出した女性に、アクセルはただ狼狽するしかない。どうにかして彼女を落ち着けようとはするものの、結局どうして良いのか解らず、挙動不審な動きで彼女を見ているしかない。
そして、後方でその様子を見ていたターヤ達も唖然としていた。
「あの人、凄いね」
「あのアクセルを、あそこまでやり込めるとは……」
感嘆したターヤの横で、エマもまた同様の意見を提示した。
「えー、赤はもともとそんなのでもないよー」
「『ないよー』――とある少年の言葉」
逆に、マンスとスラヴィは二人の発言に難色を示す。とはいっても、スラヴィの場合はマンスの反復でしないのだが。
「彼女、アクセルの何なんだろうな?」
そこに落とされたレオンスの一言は、まさしく『波紋』だった。
瞬間、今の今まで会話に加わろうとせず、アクセルと女性を眺めていたアシュレイの眼が、更に鋭さを増した。加えてその雰囲気が一変し、隣に居たマンスが悲鳴を上げてレオンスの後ろに逃げ込み、彼を苦笑させた程だ。
エマが何度も目を瞬かせる。
「え、ア、アシュレイ?」
「何?」
そして、ほぼ反射的に恐る恐る声をかけてみるターヤだったが、返事は返ってきたものの、顔は前方の二人に向けられたままで、声からは明らかに不穏さが滲み出ていた。その様子に思わずターヤは口を噤みかけるが、エマの袖を握る事で何とか堪える。
実際はその行為さえも、普段ならば火に油を注ぐ結果となるのだが、幸か不幸かターヤもアシュレイもその事には気付いていなかった。
「えっと、大丈夫?」
「何が? あたしは別にいつも通りよ」
言葉自体に問題は見受けられないものの、その声と目付きと発せられるオーラは、明らかに何かありますと公言しているも同じだった。
しかしターヤは彼女の雰囲気に気圧されてしまい、それ以上話しかける事ができない。
そうして一行の会話は途切れたのとは反対に、軽い膠着状態と化していた前方の二人の会話は動き出す。
「お、おい、ソニア……俺が悪かった、だから、泣き止んでくれよ」
しばらくおろおろとしていたアクセルだったが、遂に女性を泣き止めようと行動に出た。彼女の頭に手を置き、そこを優しく撫でる。
アシュレイの足元から、不穏な音が聞こえた気がした。
一方、撫でられている方の女性は、次第に涙は止まってきてはいたが、同時に咎めるようなな目付きになってくる。
「アクセル、私を子ども扱いしていますの?」
「違ぇよ、俺なりの慰め方だっつーの」
軽く溜め息を吐き、呆れ顔でアクセルが答えると、女性は手の甲で涙を拭って微笑んだ。
「全く、あなたって本当に不器用ですわよね。でも、あなたのそういうところが好きですわ」
アシュレイの足元から、不穏な音が聞こえた。
「おまえこそ、そういうところは変わってねぇよな」
アクセルもまた微笑んで、すぐに真剣な顔付きになった。
「ソニア、これだけは信じてくれ。俺は別に家を出てった訳じゃねぇし、闇魔の退治を止めた訳でもねぇ。昔と変わったのは認めるけど、俺の本質は何一つ変わってねぇよ」
真剣な表情で告げられ、女性はゆっくりと頷いた。
「そうですわね。確かにあなたは変わってしまったけれど、考えてみれば本質は同じなのですもの。それに、今までの会話から、あなたはあなたのままなのだと解りましたわ。理由を話してもらえないのは、残念ですけれど」
「悪いな」
アクセルは申し訳なさそうに笑い、頭を掻く。
すると彼女は表情を一転させ、嬉しそうな顔で彼に歩み寄った。
「それにしても、久しぶりね! 元気にしてた? 自炊はできた? アクセルったら、まともに家事さえもできないんだから!」
あどけない表情で話す様子は、女性と言うよりも少女のものに近い。
そのかなりの変わりようにぎょっとしたのは一行だったが、その発言の方に慌て出したのはアクセルだった。
「お、おい、ソニア! どうして俺の欠点ばっか言うんだよ!」
「だって、アクセルったら剣術以外はてんで駄目なんだもの!」
「そう言うおまえこそ、光属性の魔術しか使えねぇじゃねーか!」
「あら? 夜中に怖くて眠れないから一緒に寝てほしい、なんて言ったのはどこの誰?」
幼馴染みの口から次々と発される自身の欠点に、その場に自分達二人しか居ないとはいえ、アクセルは慌てて彼女の口を塞ぎにかかる。しかも相手はあろう事か、素の状態でからかってくるので、余計に性質が悪かった。
「そ、それは八歳の時だろ!?」