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十四章 金染めの赤‐alteration‐(2)

「なるほど。それならば、貴方に渡された地図も信用できそうだな」
 話を聴くと同時に熟考していたらしきエマが出した結論には、一瞬抜き打ち試験を行われたような顔になってから、すぐに複雑そうながらも笑みを取り戻すヴォルフガングである。それは言い方こそ無礼に値しそうなものの、彼なりに気を使っての発言のようだった。
 隠された気遣いに内心で感謝しながらも、顔には苦笑いが浮かんだ。
「今までは信用されていなかったのか。けれど、易々と信用されてしまうよりは良いかもしれないな」
「けど、あの後から今まで、何があろうと余計な事は口にしなかった〔十二星座〕が、どうして今はいろいろと話してくれるのかしら?」
 心の奥を見透かそうとしているかのようなアシュレイの鋭い眼光を受け、ヴォルフガングは困ったように笑い、そしてターヤを見た。
 いきなり視線を向けられた彼女はといえば、間の抜けた顔になる。
 その表情をどこか懐かしげに見つめながら、元《世界最強》ギルドの長であった青年は、成長して巣立ってしまった娘を見る父親のように、寂しそうに微笑んだ。
「彼女が、ルツィーナによく似ているから……それだけでは、理由にならないかな?」
「ルツィーナ……《消失の天秤座》ね」
 淡々と呟いたアシュレイには、非難するような、悲しげな瞳が向けられた。
「君は、その呼称を使っているのか」
「あたしは軍人だから」
「それも、そうか」
 二人のやり取りからから生じた、仕方が無いとでも言わんばかりの空気に気圧されつつ、ターヤはかねてから気になっていた疑問を尋ねた。
「わたしは、そんなにその『ルツィーナ』って人に似てるの?」
「ああ、よく似ているよ。性格と口調と表情は違うようだが、容姿も背格好もそっくりだ。今までも間違われたり似ていると言われたりしなかったかい?」
 彼の問いに、ターヤは今まで『ルツィーナ』という名を聞いた回数を思い起こす。最初はトランキロラで声をかけてきた女性、次はフィールドで出会った〔自動筆記〕の記者ユルハ、そしてペルデレ迷宮で相対したウォリック。整理してみればたった数回の事だったが、自分に似ているという事実のせいか、その名は脳内に深く刻み込まれているようだった。
「うん。間違われたりとか、似てるって言われたりとか、何回かあったよ」
「だが、おまえは彼女を、その『ルツィーナ』という子とは間違えなかったみたいだな」
 ヴォルフガングが現れてから今の今まで、基本的には事の成り行きを見守る事に徹していたレオンスが、そこで再び口を開いた。彼はターヤを横目で見つつ、ヴォルフガングに答えを求める。
 それに気付いているヴォルフガングは、しかし知らない振りをした。
「俺は、ユルハさんから連絡を受けた時に聞いていたからな。待ち合わせる一行の中に、ルツィーナに酷似している子が居ると」
 難無くかわした相手に、レオンスはさもそこで思い出したかのような声を上げた。
「そうそう、それともう一つ気になってたんだが、俺達がミーミル報道本社を出てから、まだ一時間弱しか経っていない。それなのに、おまえはわざわざ地図を持ってきた。連絡が来てから用意したにしては早すぎないか?」
 ここまでくれば、流石に元〔十二星座〕のギルドリーダーには相手の真意が読めていた。
「君は、軍人の彼女以上に疑い深い人のようだな」
「悪いな、これが性分なんでね」
 わざとらしく肩を竦めてみせるレオンスに、あくまでヴォルフガングは苦笑するだけだ。
 ほぼ最初から気付いていたアクセルとエマとアシュレイの三人と、元々何を考えているのか解らないスラヴィはともかくとして、ターヤとマンスは二人の青年のやり取りに互いに顔を見合わせ、そして首を傾げた。
 その様子にまた苦笑してから、ヴォルフガングは答えを呈する。
「たまたま〔戦神の万屋〕に用があって、家族とそこに居ただけだよ。元々その後に神話の研究をするつもりでいたから、地図はその為の道具だ。それでもまだ疑うのなら、そこに行ってみると良い。彼はまだそこに居るだろうから」

「家族? けど、あんたの家族は確か、もう全員居ない筈じゃ……」
 彼の経歴を知っているのか、怪訝そうな顔をしたアシュレイとは対照的に、ターヤはその脳裏に閃くものがあった。
「あ、それってもしかして、元〔十二星座〕の人達のこと? 確か『十二の星々』って本に書いてた気がするような……」
 途端にヴォルフガングから笑みが消え失せる。
「ああ、その本か。確かにその通りだが、俺はその本があまり好きではないな。彼女も、あの子も、決して裏切ってなど――」
 そこまで言いかけて、彼は一行の存在を思い出したように、口を噤んだ。一度深呼吸をしてから、何事も無かったかのように話を戻す。
「すまない、脱線させてしまったな。彼女の言う通り、俺達〔十二星座〕はメンバーを家族のように認識していたんだ。皆、何かしら『家族』に思うところのある者ばかりだったからな。その時の名残でつい、今でも『家族』と呼んでしまうんだ」
「そうなんだ……でも、素敵だね。そう呼べる人が居るのは」
 思ったままに呟かれたターヤの感想に、今度は泣き出す前兆のような顔ができる。
 その顔に、息が止まるかと思った。
「ありがとう」
 くしゃりと笑ってから、彼は一行に向き直った。
「俺は用事があるから、もう行くよ。二度目になるが、先程言った『家族』は、まだ〔戦神の万屋〕に居るだろうから、もし気になるのなら会ってみると良い」
 そう言って会釈すると、再びフードを被ったヴォルフガングは踵を返し、素早く元来た獣道を戻り、瞬く間に一行の前から去っていった。
 彼の背中を見送りながら、ターヤは靄がかかったような感覚を胸中に覚える。
「行っちゃった」
 後味の良い会話の終わり方と別れ方ではなかったからかと思ったが、どうやらそれとはまた別件のようだった。
(何だろ、これ)
 胸に手を当てて考えてみても解る筈も無く、考えれば考える、程それは複雑化するように感じられた為、思考が絡まってきたところで、これ以上は無理だと判断してターヤは止めた。
 彼の気配が完全に消え失せたとみたのか、しばらくしてからアシュレイが口を開く。
「それで、どうするの? 《水瓶座》の言う『家族』とやらに会いにでも行ってみる?」
「おまえなぁ、その言い方、棘があるぜ」
 呆れたようにアシュレイを見るアクセルだが、逆に睨み付けられた。
「あたしがこういう奴なのは、あんたもよく知ってるでしょ?」
「けどな――」
 そうアクセルが反論しかけて、
「――〈聖なる断罪〉!」
 突如として、木々の向こうから凛とした声が響き渡った。


「――〈聖なる断罪〉!」
「!」
 発そうとした言葉を遮るかのように聞こえてきた声に、アクセルは過敏に反応した。
「何、今の声?」
「なんか、魔術っぽかったような……」
「この付近で魔術とは……まさか〔暴君〕か?」
「さあな」
 ターヤが驚いて周囲を見回し、マンスが引っかかるような顔で考え込み、エマが最悪のケースに思い至り、レオンスが肩を竦めてみせた、その横で。

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ホーリーカンデム

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