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十四章 金染めの赤‐alteration‐(14)

「見たか! あやつらはヴェルニー司祭の決闘を邪魔しようとしている! 俺達も加勢するぞ!」
「「おぉ!」」
「〔教会〕の連中共め! 俺らも加勢すんぞ!」
「「あぁ!」」
 それを見た僧侶達が好機とばかりにソニアに加勢するかのようにして雪崩れ込んでくれば、アバーロと共に本部から出てきていた傭兵達もまた対抗すべく飛び出した。
「あれはまずい!」
「俺達も加勢した方が良さそうだな」
「『てな訳でいってみよー!』――とある少女の言葉」
 あの大人数が入り乱れては大変だと、かの二大勢力を制止すべくパーティも渦中へと飛び込む。無論、後衛であるターヤとマンスはその場に残ったのだが。
 かくして、本部前の広場は一気に大乱闘場へと化した。
「ちょっと! 何なのよあんた達!」
 せっかくのソニアとの一対一の勝負だったというのに、気付けばアシュレイはなぜか僧兵を相手取っていた。周囲に素早く視線を回せば、どこもかしこも僧兵と傭兵が乱闘を繰り広げていた。
「先に加勢してきたのは貴様らの方だろう!」
 答えた眼前の僧兵が、長刀を垂直に振るってくる。
 だが、アシュレイは難無くかわすと、彼の足を引っかけて転倒させた。起き上がろうとする彼の腹部を踏みつけて、呆れた目で見下ろす。
「あたしは知らないわよ。だいたい、これはあたしとあの女の決闘で――」
「《暴走豹》覚悟!」
 言い終わる前に背後から強襲される。
 だが、そちらもまた即座に横に移動して避けると、今度は前のめりになったその背中に踵落としを叩き込む。彼が先程転倒した僧兵を潰すようにして倒れるのも気にせず、踵を返して今度こそソニアを捜そうとする。
 しかし、そこには既に次ぐ相手が待っていた。次から次へと現れる僧兵に、彼女の怒りが募る。
「あぁ、もう! しつこいわね――」
「何ですの、あなた方は」
 一方、ソニアもまた本来の相手ではない敵と対峙していた。
 彼女を取り囲むのは、敵意を隠しもせずに放出する傭兵達だった。
「てめぇら、ここに何しにきやがった!」
「ですから、私はサザーランド僧侶を迎えにくるついでに《暴走豹》に――」
「とぼけんな! それならあの大量の僧侶は何だ! それにあいつら、襲ってきてんじゃねぇか!」
「それは彼らが勝手に――」
「黙れ! 〔教会〕の奴らの言い分など聞くか! かかれ!」
 眼前の傭兵がそう叫べば、彼女を取り囲んでいた傭兵達が一気に襲いかかってきた。
「全く、人の話を聞かない方々ですのね」
 零れ落ちるは溜め息、構えられるは杖。
 そして、その足元に顕れたるは、自らを中心として彼ら全員を範囲内に置いた魔法陣。
「なっ……! いつの間に!?」
「〈異常領域〉」
 瞬間、傭兵達を急激な睡魔が襲った。立っている事さえもすぐに困難になり、一人、また一人と倒れ込むようにして地に臥していく。
 その様子を見たソニアは、若干安堵したようだった。
「あら、今回は『睡眠』でしたのね。この支援魔術はランダムですから、『毒』が出てしまったらどうしようかと思いましたわ」
「く、そっ……!」
 足掻きながらも、結局は範囲内に居た全員が眠りに落ちてしまう。
「まさか、この私が何も準備も行わずにあの《暴走豹》を相手にするとでも思いまして? 詠唱しておいた魔術を留めておいたのですわ。とは言いましても、もう聞こえてはいないようですけれども」

 それから、彼女は周囲を見渡した。
 思った通り、僧兵達はまるでこの時を待っていたとでも言わんばかりに、好き勝手に暴れている。彼らは決してソニアに加勢しようとした訳ではなく、それを口実にして自分達が戦いたかっただけなのだろう。
 貴族が構成員の多くを占める〔聖譚教会〕だが、無論中にはそうでない者達も居る。だが、その大半は僧兵や僧侶にしかなれない。基本的に〔教会〕の上層部に入れるのは、貴族や闇魔に対して有効な手段を持つ少数の有能者くらいだからだ。その為、僧兵僧侶達の中には不満を抱えている者が少なくはなく、その発散を暴れる事で解消しようと次第に考えるようになっていくのだ。
 しかし、これでは駄目だ、と彼女は思う。彼女は貴族ではないものの有能者として上位を賜ったので、彼らの気持ちは完全には理解できない。
 それでも、これでは駄目なのだ。
 その頃、アクセルもまた思うように動けていなかった。アシュレイを止めるべく捜しているのだが、主に僧兵の妨害に遭っているのだ。
「あぁ、くっそ! 邪魔だ!」
 進路に現れた僧兵を、衝動のままに殴り飛ばす。その力に負けて思いきり吹っ飛んでいった僧兵だったが、その時には既にアクセルの意識はアシュレイ捜しに戻っていた。
(何でこんな大乱闘になってんだよ!)
 内心で悪態を吐くが、それで状況が変わる訳でもない。
「!」
 と、その視界の先に、大勢の僧兵に取り囲まれたアシュレイの姿が見えた。ちょうど前方数人の対応に追われている彼女の背後からは、更なる伏兵が迫っている。
 思考が吹き飛んだ。
「アシュレ――」
「お止めなさい!」
 だが、ソニアの一喝によって僧兵達は強制停止を余儀なくされる。
 彼らは渋々といった様子で攻防の手を止めると、不満そうにソニアを見た。だが、自分達よりも地位の高い彼女に申し開きをしようとする者は一人も居ない。そもそも、上司に対して異議を顕にするだけでも処罰されてしまう組織もあるのだ、その点〔教会〕はまだ寛大と言えよう。
 連動して動きを止めた傭兵達や一行もまた、彼女の言動を見守る。
「これでは、フェアではないですわ」
 それでは駄目なのだと、その表情が語っていた。どうやらソニアは、あくまでもアシュレイと一対一の戦闘を望んでいるようだ。
 そんな様子の彼女を、アシュレイは睨み付けようとはしなかった。
「仕事に向かいますわよ」
 態度を改めると、ソニアは僧兵達とローワンへと向かって事務的な声で言い放つ。
 未だ不安そうな顔の僧兵達だったが、渋々と彼女に従った。ローワンもまた、シュゼットの頭を一度撫でてから、彼らの後についていく。
 部下達を先に行かせてから、ソニアは一行を――もといアシュレイを見た。この勝負は預けると、その眼が言外に語っていた。
 彼女もまた、その視線を受け止めて返す。
 しばらく視線を交えてから、ソニアは次にアクセルを見た。切なさそうに一瞬だけ表情を動かしてから、振り払うようにして即座に踵を返す。頑なに、アバーロの方を見ようとはしなかった。
 その背中を、彼は複雑な面持ちでずっと眺めたのだった。


 何とも口を開きづらい微妙な空気のまま〔万屋〕に戻った一行を出迎えたのは、またもギルドリーダーだった。
「どうかしたのか?」
「朗報だ。あと数分程で〔方舟〕の者がこちらに到着するそうだ」
 問うたエマに返ってきたのは、確かに『朗報』だった。この報せに皆の表情も明るくなる。

 それから数分後。本部の外で待機していた一行の目の前に一台の馬車が訪れ、横向きに止まる。その馬車と二頭の馬に、ターヤ達四人は見覚えがあった。
「久しぶりだのう、嬢ちゃん達」
「スコットさん!」
 御者台から顔を見せたのは、タイロ・スコットその人だった。

  2013.03.25
  2018.03.11加筆修正

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フューラープラハイツ

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