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十四章 金染めの赤‐alteration‐(13)

「まあ、そんなところだよ」
 そのぼかすような答えに、ターヤが怪訝そうな顔をした。こう見えて彼女は、意外と他人の心の機微に敏いところがある。
(彼女にも気を付けないといけないな)
 内心で自分自身に注意する。
 それには気付いていないようで、ターヤは思い出したように話題を変えた。
「あ、そういえば、さっき《隊長》さんが〔方舟〕が依頼を引き受けてくれたから、時間はかかるけど待ってれば来るだろうって――」
 彼女の言葉が最後まで紡がれる、その前だった。
「隊長!」
 突然の大声が聞こえたかと思いきや、一行を二分するようにして一人の男性が〔万屋〕本部の中に駈け込んできたのだ。
 これには一行だけでなく、室内に居た傭兵達もこぞって彼に視線を集中させる。
 そして彼の声に応じて、奥から再びギルドリーダーが姿を見せた。
「何事だ」
「は、はい! それが、表に〔教会〕の連中が……!」
「「!」」
 その言葉に、一行はまさかと思う。そして、互いに顔を見合わせた。
「エマ!」
「ああ」
 不安そうな声に頷き、視線は隣へと移す。
「可能性は高いだろうな」
「やっぱり、ぼく達?」
「『さてはて、真相はいかに』――とある青年の言葉」
 全員で確認し終えるや否、彼らは外へと飛び出した。
「あ、おい――待てよ!」
 ローワンの呼び声も気に留めず、一行は外へと向かう。
「……!」
 そしてその先で見たのは、思わずエマが眉根を寄せる程の数の〔教会〕の僧兵と、その先頭に立つ《司祭》ソニア・ヴェルニーの姿だった。
 一行の姿を視認すると、彼女は口を開く。
「《暴走豹》アシュレイ・スタントンはどこですの?」
 アシュレイに用があるのだとは、その言葉で解った。
 だが、それにしてはあまりに僧兵の数が多すぎる。もしや彼女に一対多の戦闘を仕掛けるのではないかと危惧したエマは、一歩前へと進み出た。
「貴女には悪いが、彼女はここには――」
「ここよ」
 しかし、エマの言葉を遮るようにして颯爽と現れたのはアシュレイだった。
 彼女の後ろからは、アクセルも姿を見せる。
 彼を目にした瞬間ぱぁっと顔を輝かせたソニアだったが、アシュレイと一緒だという事を認識した途端に眉根を寄せた。先程までの事務的な態度とは異なり、今度は私怨の籠った瞳で彼女を睨み付けた。
「《暴走豹》、私と勝負なさい」
 相手の発言にアシュレイは予想通りだとでも言いたげな顔をしていたが、これにはアクセルが慌てた。
「おい、ソニア! おまえ――」
「アクセルは黙っていて!」
 ぴしゃりと叱られるような怒気で遮られ、青年は言葉を無くした。
 その間、アシュレイは僧兵達を見渡していた。
「あたしに決闘を申し込みに来たって言う割には、余計な奴らが居るようだけど?」
「あら、勘違いしないでいただきたいですわ。彼らはこれから赴く任務の為の人員ですの。まさか、あなた如きの為に連れてきたとでも思いまして?」
 嘲笑うかのような声と物言いだった。

「いいえ。あたしの相手に用意したにしては、随分少なすぎると思っただけよ」
 だが、それをアシュレイは見事に上乗せして撥ね返してみせた。
 この相手よりも何枚か上手な切り返しに、レオンスは賞賛の代わりとして口笛を吹き、ソニアは余裕の笑みを一変させて表情を歪ませる。
「おい、おめぇら待てって――」
 そこに乱入してきたのは、ローワンだった。
「の……!?」
 彼はソニアの姿を目にするや否や、まずいとでも言いたげな顔になる。そして慌てて隠れる場所を探そうとするかのように、周囲に忙しなく視線を向けたのだった。
 けれども既にソニアの視線は彼を捉えていた。
「何をやっているのですの、サザーランド僧侶?」
 逃れきれないと理解したのか、彼はようやく彼女と目を合わせると、誤魔化すように頭を掻いた。
「お、おぅ、ヴェルニー司祭じゃねぇか。こんなところで奇遇だなぁ」
 するとソニアは呆れたような目を彼に向けたのだった。
「サザーランド僧侶、私はあなたを迎えにも来たのでしてよ? 仕事の時間になってもあなたが帰還しないと僧兵達に言われまして、こうして彼らを連れて迎えに来ましたの。どうせあなたは妹に会いに、この〔万屋〕に来ていると思いまして」
 完璧に見通されているローワンの行動と思考である。彼女の言から誤魔化す事は難しいと察した彼は、潔く認める事にした。ただし、その余韻だけは少し残し、困ったような笑みとなっている。
「いやぁ、可愛い妹を見てたら仕事のことをすっかりと忘れちまってなぁ」
「そのような事だろうと思いましたわ」
 ふぅ、と溜め息を一つ零してから、ソニアはローワンへと続ける。
「とにかく、あなたは即急に彼らを連れて仕事に――」
「ソニア!」
 またもや割って入ってきたその叫びに、ソニアは素早く首を動かした。邪魔をしてきた相手に現在持ちうる怒りをぶつけてしまいそうな勢いだったが、
「……!」
 邪魔者の正体を把握した彼女の顔を染めたのは、怒りではなく驚きであった。
「ザカライアス兄様……!」
 第二の闖入者は、アバーロことザカライアス・エダレンだった。
 彼女に本名で呼ばれた彼はといえば、途端に嬉しそうな表情になる。
 むぅ、と遅れて〔万屋〕本部から出てきたシュゼットが、不満そうに両頬を餅の如く膨らませた。その頭を、よしよしとでも宥めるかのように、瞬時に隣に移動したローワンが撫でる。
 対して、ソニアはといえば驚きと喜びと懐かしさと葛藤とがごちゃごちゃに入り混じった面をしていた。導かれるように何事かを口にしかけて、けれど直前で呑み込むように堪える。
「構えなさい、《暴走豹》」
 そして彼の存在になど気付かなかったかのように頭から振り払うと、再びアシュレイだけを真っすぐに見据えたのだった。その手に握られた杖の先が、眼前の恋敵へと向けられる。
 何よりも恋い焦がれ、誰よりも会いたかった筈の相手にそのような反応をとられてしまったザカライアスは、驚愕を顕にして呆然とする。
 今までの様子とは打って変わった彼を一瞥しつつ、アシュレイもまたソニアに向けてレイピアを構えたのだった。その眼に、剣呑な光が宿る。
「上等よ、《司祭》」
 彼女の答えが合図だった。
「『確率が導きたる円陣』――」
 ソニアが早口詠唱を開始すると同時、アシュレイもまた相手へと向かって一直線に突進していた。
「おい、アシュレイ!」
「待て、ソニア!」
 そんな二人を止めようと、慌ててアクセルとアバーロもまた戦闘へと乱入していく。

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