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十三章 喪う者達へ‐ordeal‐(9)

「それに、嫌な気配もしやがるしな」
 先刻の激怒の比ではないものの、アクセルの両目が細められた。青年の背後に佇む龍を一睨み、声を放つ。
「そいつ、闇魔だろ? ま、本物よりは全然毒々しくねぇけど」
「!」
 弾かれたように龍を見上げたターヤとは対照的に、ウォリックは悪戯が露見した子どものように笑みを浮かべた。
『よく、気が付いたな』
「あったりめぇだ。さっきはあいつだと思って解んなかったけど、冷静になりゃ俺には一発で解るっての。で、ここが〈世界樹〉の管轄だってのに闇魔が居るのは何でなんだよ? てめぇの仕業かよ?」
『正解だ、調停者』
「え? ちょうてい、しゃ?」
 その呼び方に目を瞬かせたターヤとは対照的に、アクセルは途端に面倒臭さそうに眉根を寄せた。ついでに後頭部に片手を当てる。
「何だ、知ってたのかよ、俺のこと」
 え? え? とターヤは二人の青年を見比べるが、二人は彼女には構わず話を続けた。
『今の俺は、世界樹とやらの、手駒だからなぁ。加護を受けてる奴は、見れば解る』
「そうかよ。そんじゃまぁ、第二ラウンドと行きますか!」
 一度大きく伸びをすると、アクセルは大剣を構える。
「ターヤ、サポート頼むぜぇ!」
「あ、うん! 解った!」
 彼女も慌てて戦闘態勢へと移行し、杖を構えて詠唱の準備に入る。
「何でてめぇが闇魔を操れんのかは知らねぇし、ぶっちゃけどーでもいいけどよぉ、目の前に出してくんだったら遠慮無く倒させてもらうぜ!」
『面白い。やれるものなら……やってみろ!』
 珍しく語調が強まった声を合図とし、龍と《龍殺しの英雄》は同時に動き出した。
「――〈能力上昇〉!」
 数秒遅れて、ターヤの支援魔術が発動。アクセルの全身が一瞬光に包まれた。その効果で速度が一気に上昇し、振り下ろされる鉤爪や尾を難無くすり抜けて、必殺の刃が龍へと迫る。
 けれどもそれに大きな動揺は見せず、手足や尾では最大の脅威を拒みながら、放たれた吐息が狙うは、後方の支援者。最も御しやすそうな相手から潰す、最善の策だった。
 しかし、アクセルは、振り向かなかった。
 ターヤも、それは望んでいなかった。
「『審判の光今ここに具現す邪なるもの全てを拒み悪を許さず滅する光の守護を我に与えその眩きを以て悪しきを浄化せよ』――」
 区切りに構わず早口で詠唱を紡ぐ。その魔術を選択したのは、最早本能のなせる業だった。
「〈裁きの光〉!」
 どうしてか、この場所でなら普段は絶対に使用不可な上級攻撃魔術も可能だと、自らの奥底が叫んでいる気がしたのだ。
 そして、その通り、火炎の剛速球が少女を呑み込む直前で、それは発動した。
 突如として発生した眩い光が火炎を一瞬にして浄化し、勢いもそのままに跡を辿って闇魔へと向かって逆流する。
「そのまま――」
 だが、自信を持ったターヤの声とは裏腹に、光は龍へと届く前に勢いを失って霧散した。
「そんな……!」
『それを、使いこなすには……今代の《ケテル》は、まだまだ、力不足だな』
 嘲笑交じりのウォリックの言葉が真実だった。
 そんな、ともう一度呟きかけて、片足が絶望に踏み込みかける。
「十分だ!」
 だがしかし、いつの間にかアクセルが闇魔の目前に肉薄していた。

「さんきゅう、ターヤ! 後は、俺に任せろ!」
 言うや否、彼は跳び上がる。相手が反応できない速度で頭上まで行き、そのままの勢いで大剣を振り下ろした。
「これでも……喰らえーっ!」
 その斬撃は上から下まで一直線に、対象を一閃する。そして《龍殺しの英雄》が着地すると同時、龍を象った闇魔は二つに割れ、最後は溶けるようにして消滅した。
 それを見届けてから、アクセルはウォリックに向き直る。大剣を肩口で叩きながら、得意げな顔を浮かべた。
「へっ、どんなもんだ!」
『なるほど、な』
 何かを確かめたように軽く頷くと、青年は片方の掌を背後へと向け、手招きした。すると祭壇の上から何かが飛来し、その手の中に収まる。
『《ケテル》は……及第点だ。この場所に救われた、な』
 はっきりと言われたターヤは事実故、図星を付かれて何も言い返せない。
『だが、調停者に免じて……こいつを、くれてやる』
 そう言ってウォリックが差し出してきた掌に乗っていたのは、四角い箱だった。
 背中の鞘に武器を収めながら、アクセルはその箱を凝視する。
「その中に秘宝が入ってんのか」
『正解、だ』
 嗤って、そしてウォリックはあろうことか秘宝の入った箱を放り投げてきた。
「え、ちょっと!」
「うおっ!?」
 箱自体は問題無くアクセルが掴んだものの、受け取る側であった二人の内心はそれどころではなかった。ターヤは驚いて箱とウォリックを交互に見るだけだが、アクセルに関しては怒りを顕にしている。
「何投げてんだよてめぇ! 番人ならちゃんと普通に渡せよ!」
『ふん、煩い奴だ。そろそろ……お帰り、願おうか』
 煩わしそうにウォリックが片手を振った瞬間、
「ふえっ!?」
「うぉっ!?」
 足元が抜けたような感覚に襲われたかと思いきや、本当に二人は足元に現れた魔法陣の中に呑み込まれていた。驚いて咄嗟にもがくものの、その強固な力には全く敵わなかった。
「何すんだよ、てめぇ!」
 案の定キレるアクセル。
 それに対してウォリックは嗤う。わざとらしく、肩まで竦めてみせて。
『さぁ、な。俺は、何もしちゃいない……そういう、仕掛けなんだ』
「何だとこらぁ! 明らかに、さっきてめぇが手を振ったからだろ! つーかその喋り方いいかげん止めろ! うっとーしぃんだよ!」
 更に怒りを増したアクセルだったが、その身体は腰辺りまで呑み込まれている。
 彼よりも身長の低いターヤは、既に肩から上しかなかった。しかし彼女は先程の慌てっぷりはどこへやら、それを享受しながら無言でウォリックを見上げている。
「つーか、秘宝をくれたらそれで終わりじゃねぇだろ! アシュレイ達はどーなったんだよ!」
 尚も抜け出そうともがきながら、アクセルはずっと気になっていた事を問い叫ぶ。
 眼前に映し出されていた光景は現れた闇魔の巨体に隠され、それとの戦闘が始まった時には既に消え失せていたのである。
 その言葉で、ようやくウォリックは他の四人の事を思い出したらしい。
『あぁ、あいつら、か。それは……戻ったら、己の目で、確かめてみれば……良いさ』
「てめぇ……!」
 自分には関係の無い事だと言わんばかりの声が頭に来たアクセルは、再び抜刀しようと背中に手を伸ばす。

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