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十三章 喪う者達へ‐ordeal‐(10)

「待って、アクセル」
 けれども、その腕はターヤの声に制止された。
「大丈夫、わたし達の『試練』が終わったから、みんなも解放されてるよ。変だと思われるかもしれないけど、わたしには解るの」
 文句を口にする前に先制され、紡ぐ言葉を失う。その言葉に信頼性を持たせる何かが、今のターヤにはあった。
『そう言うところは、ルツィーナに、そっくりだな。これも、この場所の、影響か?』
 表情こそ不動でありながら、声には若干の驚きを垣間見せて、初めてウォリックは作為的ではない疑問を零した。
 問われた方のターヤはといえば、曖昧な笑みを浮かべるだけだ。
「よく解らないけど、多分そうなんじゃないかな?」
『ふん、そうか。なら、達者でな……とでも、言っといてやるよ……《ケテル》』
「うん、ウォリックも」
 そう言った瞬間、一気に彼女は魔法陣の中へと消えた。
「ターヤ!」
 慌ててアクセルがそちらを振り向くも、そろそろ肩の沈みそうな彼には、完全に沈んだ彼女を助けられる筈も無かった。
 彼の様子にウォリックが嗤う。
『調停者、それを……手放すなよ?』
 揶揄するような声に怒号で返そうしたアクセルだったが、そうする前に彼もまた、完全に魔法陣へと呑み込まれた。
 一気に静まり返った空間の中、また独りになった青年は呟く。
『さて、ここからは、高見の見物を、させてもらうぜ……オルナターレ』


「――うおっ!?」
 魔法陣に呑み込まれた、と思った瞬間、アクセルはどこかへと放り出されていた。突然の事すぎて受け身を取る暇も無く、背中から地面に衝突する。
「っててて……」
「アクセル、大丈夫?」
 かけられた声に瞼を押し上げて視線を動かせば、そこには座り込んだ姿勢で覗き込んでくるターヤが居た。
「ターヤ! 大丈夫か!?」
 驚いて弾かれるように上半身を起こして彼女の両肩を掴むと、逆に目を丸くされた。
「う、うん……大丈夫だけど、それはわたしの台詞だよね?」
 特に外傷も問題も無いようで、安堵の溜め息を吐く。
「それはこっちの台詞だっての。つーか、ここどこだよ?」
「えっと、ダンジョンの外みたいだけど……」
 アクセル同様つい先程送られてきたばかりのターヤも、彼と一緒になって首ごと視界を動かす。
「御帰りなさい、御二人とも」
「『お帰りんりーん』――とある少女の言葉」
 そして、そこに《情報屋》だけでなくスラヴィの姿をも見つけた。
「スラヴィお帰り! と、二人とも、ただいま!」
「おまえ、いつ来たんだよ?」
 ターヤに手を貸して起こしつつ自分も立ち上がりながら、アクセルが彼に問う。
「『最初から居たよー』――とある女性の言葉」
「は? 最初からっつー事は、俺らが中に入ってく時には来てたのかよ?」
 思わず眉根を寄せたアクセルには、スラヴィと少し離れた場所に立っていた《情報屋》が頷いた。
「はい、ラセターさんは皆さんが中に入ったと同時に、こちらに来られましたよ」

「んだそりゃ! ならとっとと追いついてこいよ!」
「『それはカンベン~』――とある少年の言葉」
「御一人でペルデレ迷宮に入られるのは危ないと、私が止めたのです」
「てめぇの仕業かよ!」
 戻ってきて早々突っ込みまくるアクセルに苦笑するターヤだったが、ふと自分達の横に現れた魔法陣に気付く。その数は、四つ。
「アクセ――」
 そちらに気付いていない青年に声をかける前に、魔法陣が光を放った。
「!」
 それで気付いた彼がそちらを振り返った時、そこには四人の人間が座り込んでいた。皆、随分と精神的に疲弊しているように窺えた。
 その中の一人、アシュレイは周囲を見渡して外に出た事を確認してから、片手で顔を覆う。
「本当、ひっどい悪夢だったわ」
 そしてそのまま、大きく長い溜め息を吐いた。
「みんな! 大丈夫だった!?」
 我に返ったターヤは四人に駆け寄り、アクセルもその後に続く。
 それで皆も二人とスラヴィと《情報屋》に気付いたらしく、驚いたようにそちらを見た。
「ターヤとアクセルこそ、大丈夫だったか?」
「うん、大丈夫だったよ。お帰り、レオン」
 手を差し伸べると、彼は目を伏せながらその手を取った。
「ただいま」
 そうして立ち上がると《情報屋》が居る方に向かった彼を見送ってから、今度はマンスに手を貸しに行く。
「ほれ」
「何よ」
 一方、アシュレイに手を差し出したアクセルはといえば、胡散臭いと言わんばかりの目付きで見られていた。応じる気配は、今のところ無い。
 勿論、そうなれば怒りを覚えないアクセルではなく。
「何だよその目は! 俺がおまえに手を貸すのはおかしいのかよ!?」
「誰もそうは言ってないわよ! あんたの事だから最初にからかってくるのかと思ったのよ!」
「明らかに精神的に疲れてそうな奴にそんな事するかよ!」
「それもそうね」
 短い押し問答の末、今回はアシュレイが折れた。彼女は渋々ながら彼の手を借りて立ち上がると、未だ微動だにもしないまま座り込んでいるエマの下に向かう。
「エマ様、大丈夫ですか?」
 手を貸そうとするアシュレイだったが、雌らしい事にエマは無反応だった。意識が無いという訳ではないようだが、アシュレイが居る事には気付いていないらしい。
 どうしようかと困り顔になった彼女の後ろから、ひょこりと顔を覗かせたアクセルは、相棒の様子を見て溜め息を吐いた。
「ったく、しょうがねーなぁ」
 アシュレイの横に来てしゃがみ込むと、肩を叩こうと手を伸ばす。
「おい、エ――」
 その手は、触れる寸前で強く振り払われた。他でもない、エマ自身の手によって。同時に顔がアクセルの方へと動き、その鋭い眼が僅かに垣間見える。
「エマ様――」
 だが、続けてアシュレイを捉えた時、そこでようやく気付いたかのように見開かれた。
「アシュレイ、か?」
 見上げてきた顔は普段通りのエマで、その事に驚くもアシュレイはすぐさま強く頷いた。
「は、はい! アシュレイです! 大丈夫ですか、エマ様?」

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