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十三章 喪う者達へ‐ordeal‐(7)

 そこに浮かんだのは、ある光景だった。


「道、どこにも無いわね」
 苦々しげな顔でアシュレイは一人呟いた。
 あれからしばらく隠し扉などを探してみた四人だったが、それらしき物は何一つとして見付からなかったのだ。
「そうだな。これは、手詰まりだ」
 口の端から零れたエマの応えるような独り言も、珍しく歯切れが悪い。
「確かに、これは困ったな」
 レオンスは表情こそ変わらないものの、声には焦りが滲み始めていた。
「ターヤのおねーちゃんと赤が通った道しかないんだね」
 かの二人以外は通さなかったその壁に、マンスは触れる。それから足元に視線を向けた。
 そこで残りの三人も少年同様の方向を見る。そこには一匹の白猫が居た。いったいいつから居たのだろうか、と感じた彼らはさておき、契約者はしゃがみ込んで精霊と視線の位置をなるべく合わせ、率直に問うた。
「ねぇ、モナト。ここ以外に通れそうなところってないかな?」
『いえ、無いです』
「じゃあ、むりやり道を作っちゃうのは?」
『それも無理です。ここは〈世界樹〉の管轄ですから、資格の無い者は絶対に通れません』
「そっかぁ」
 途端に残念そうな顔になったマンスを見て、そこでモナトは直前の自身の発言に気付いた。その言い方が、受け取りようによっては非常に失礼である事にも。
『あ! い、いえっ! 決してオベロン様に資格が無いとかそういう事は無くて、じゃなくて、オベロン様は凄い方で、でもここではその、えっと、あの……!』
 失言をしてしまったとして慌てて混乱しているモナトの姿に苦笑すると、マンスはその頭に手を置いて優しく撫で始めた。
 うにゃぁ、と申し訳なさそうに彼女は鳴いた。
「いーよ、モナト、ちゃんとわかってるから。つまり、ぼく達の中だとおねーちゃんと赤しか通れないってことなんだよね?」
『は、はい……うぅ、すみません、オベロン様』
 頭を撫でてもらっている事に最上級の幸せを感じつつも、失言による後悔と罪悪感で涙目になっているモナトである。
「へぇ、本当にマンスールは精霊と契約してたんだな」
 その様子を眺めながら呟いたレオンスを、むっとした顔でマンスは振り返る。
「何それ! さっきは信じてなかったの?」
「はは、ごめんな。目で見ない事には信じられなかったんだよ」
 顔の前に両手を持ち上げて、レオンスは降参のポーズを取る。
 それを見たマンスは即座に機嫌を良くした。腰に両手を当てる程のようだ。
「うん、ならいーよ!」
「そうか、その白猫が《月精霊モナト》か。間近で見るのは初めてだな」
 ふむ、といつの間にか膝を折っていたエマは興味深そうに猫を見つめた。その視線に驚いたのかモナトがマンスの影に隠れてしまうと、エマは若干残念そうにさりげなく視線を外す。
「怖がられてしまったようだな」
「ごめんね、おにーちゃん。モナトは人見知りだから」
「いや、こちらこそ不躾に見つめてすまなかった、と伝えておいてくれ」
「マンスール以外には人見知りをするみたいだな」
「そうなんだよねー」
 先程までの空気から一転、なぜか和やかな会話がなされている男性陣三人を遠目に見て、アシュレイは深刻な雰囲気を醸し出していた自分が馬鹿のように思えてきた。その表情は既に阿呆らしいと言わんばかりで、その身体はとうに探索を放棄している。

(まぁ、あの精霊の言う通り、他に何も奥に行く方法が無いのなら、ここで待ってるのも一つの手でしょうしね)
 そして彼女もまた、皆に近付こうと足を一歩踏み出した。
「え?」
 そして次の瞬間には、彼女は『その場』に立っていた。
「え……」
 何が起こったのだとか、どうのようにしていきなり別所に移動したのだとか、そういう事を考える暇も無く。
「……え?」
 一瞬にして、視界がそこに映し出されている光景を認識する。
「……ぁ」
 細部までぼやかす事無く、ただ無情なまでに鮮明に。
「あぁ、」
 あの日の、彼女のそれまで全てをあっさりと覆してしまった記憶を。
「あぁぁぁぁぁぁぁ!!」


「アシュレイ!」
 眼前の壁に大きく映し出された光景を目にして、必死の形相となったアクセルが彼女の名を叫ぶ。
 彼女だけではない。エマ、レオンス、マンス――この場に居るアクセルとターヤ以外の面々は皆、一瞬にして場所を移され、どのような光景を見せられているのかまでは解らないが、その表情からして各々のトラウマを抉られるような体験をしている事は一目瞭然だった。
「ウォリック、これって……!」
 青年の隣では、ターヤが血の気の引いた顔で『秘宝の守り人』を見つめている。
 震えながら、けれど確信を持った響きで発せられた声に対し、ウォリックは肯定するように嗤った。
『あの女から、聞かなかったのか? ここでは、大切なものを一つ失う、ってなぁ』
 芝居がかった声と身振りで、彼は審判対象を煽る。
『資格無き者には、最大級の試練を、くれてやるよ』
「てめぇ」
 背中に伸ばされた右手は剣の柄を掴み、全身が戦闘態勢へと移行する。まるで呼吸するかのように一瞬にして姿勢どころか纏う空気までもを一変させて、アクセルは『秘宝の守り人』を睨み付けた。
 その切っ先の尖った一本の剣のような視線を受け止め、ウォリックは――《背徳の牡羊座》は――『秘宝の守り人』は、嗤って告げた。
『秘宝が、欲しいのなら……俺と、戦えよ』
 瞬間、音も無く高速でアクセルがウォリックに迫る。
「!」
 いつ抜いたのか、既に大剣の切っ先を相手の喉元へと向けて肉薄するアクセルに、ターヤは驚きを隠せない。
 その間にもアクセルの容赦無い攻撃はウォリックの喉元を貫いた。
「っ……!」
 ターヤがぎょっとして口元を押さえたのも束の間、そこからは何も流れ出なかった。
『もう、忘れたのか? 幽霊かと、訊いてきたのは……御前だろう?』
 茶化すようなウォリックの言葉に答えず、アクセルはそこから大剣を一閃する。無駄な行為だと知りつつ行ってから、彼は素早く後退した。
 ここで何かしらの声をかけようとしたターヤだったが、彼の放つ鋭い怒りの雰囲気に気圧されて躊躇してしまう。
 しかし、その矛先を向けられている筈のウォリックは至って平常だった。

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